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夜明けのマーメイド  作者: 滝沢美月
前半戦
2/33

理解できない男



「瑠花、私も教えてほしいっ!」


 今まさに、断ろうと口を開いた私に、思いもよらぬところから声が上がる。それは私のすぐ後ろに立つ菫だった。


「えっ、菫、泳げてるじゃん……」


 驚きと困惑が混じって言うと、菫は申し訳なさそうに苦笑する。


「うーん、なんかこれでいいのか自分では分からなくて、バタフライって難しいから……」


 まぁ、確かに……。

 バタフライはこう泳ぎます、はいやって! って言われても、すぐにできるものではないのは分かる。

 一応、この手順で教えればいいっていうのは頭の中にあるけど……

 ちらっと視線を柳の取り巻きの女子生徒に向けると、お互いに顔を見合わせて何かを囁きあっている。それから一人の子がすっと視線をこっちに向けた。


「じゃあ……東雲さん、お願い」


 渋々っていう感じの言い方だけど、柳に言われて仕方なくって感じではないから私も了承するしかなかった。


「うん、わかった……」


 諦めに近いため息をつきつつ、私は頷く。

 自分の練習ができないのは本当は嫌だけど、菫のお願いは断れないし、それなら一人教えるのも多人数教えるもそれほど変わらないから仕方ないと腹をくくる。

 そんな私を見て、柳はもう一度、軽く私の頭を撫でながら、ふっと人懐っこい笑みを浮かべる。


「頼むな、東雲」

「……わかりました。じゃあ、一コースをバタフライ練習用に使ってもいいですか?」


 初めにプールサイドで説明して、次に……そんな風に頭の中で計画を立てながら、柳に言う。


「ああ」


 ちょうどその時、入り口から顔を出した他の体育教師に呼ばれた柳はプールを出ていった。


「んー、じゃあ、バタフライの泳ぎ方を聞きたい人は一コースに来て。一コースの人は悪いんだけど、他のコースに移動してくれるかな」


 一コースにいた生徒もこっちの会話が聞こえていたみたいで、私の言葉に素直に従ってくれた。謝りお礼を言う私に、他のコースで泳いでいた子が声をかけてくる。


「あの……私達三組なんだけど、一緒に教えてもらってもいいかな?」


 謙虚に声をかけてきた女子生徒二人組に続き、ぱらぱらと「私も」という声があがる。

 教えるのは決定事項だから、別に人数が増えるのは構わない。


「うん、いいよ」


 私は笑顔で答えて一コースに移動し、まずはプールサイドに沿って一列に並ぶように指示をだした。

 教えてほしいという子たちがプールサイドに沿って座るのを確認してから、私はプールサイドからするりと一コースに入る。


「じゃあ、まず、バタフライの簡単な説明をします」


 本当は人前に出て話すのとか得意じゃないけど、慣れてしまったというのもある。

 もうここまで来たら、仕方ないと覚悟を決める。

 やるならとことんやりましょう!


「基本、バタフライは一ストロークで二キック、二拍子のリズムで練習していきます。足はずっとドルフィンキック、手はこういう動きで、一、二で呼吸。基本はこれなのでだいたいの流れは覚えておいて」


 言葉で説明しながら、手を使って動きを説明する。


「で、これからドルフィンキックをプールサイドに手をついてやってもらって、できてる人はドルフィンキックで二十五メートル泳ぐ練習をしてもらいます。実際は手がつくけど、とにかくドルフィンキックだけの練習。最初はビート板を持って、それが出来るようになったら、グライドキックって言って腕を前に伸ばして指の先から足先までうねらせながらキックする練習をします。それも完璧になったら手をつけます。じゃ、プールに入って」


 一通り説明を終えて、プールサイドに手をついて体をまっすぐ浮かせてドルフィンキックをする女子生徒を端から確認していると、頭上から声がかけられる。


「なぁ、東雲……、バタフライ教えてるんだよな? 俺らにも教えてもらえるかな……」


 躊躇いがちに声をかけてきたのは同じクラスの男子だった。

 私は視線を上にあげて男子を確認すると、すぐに頷いた。


「いいよ。じゃあ……八コース開けて、プールサイドで座って待ってて」


 教えてほしいって言われたのはちょっと驚いたけど、柳から教えるように言われてるし、これ以上教える人数が増えようが今の状況に変わりがないことから、私はすぐに了承する。

 それから一通り女子のドルフィンキックを確認してから、ビート板を持ってドルフィンキックで二十五メートル泳いでいるように指示し、八コースに向かった。

 そこには、男子の三分の一くらいが集まっていて、私は気付かれないくらいの小さいため息をつく。

 あーあ、これじゃほんとに自分の練習する時間はないなぁ……

 そんなことを考えて嘆息する。今日の部活は残って自主練していこう。

 私はプールサイドから八コースに入ると、女子と同じように説明し、プールサイドに捕まってドルフィンキックする男子を端から確認していった。

 力んで、教えるように足を動かせない男子がいて、ちょっと苦戦しながらも半分ほど見終わったとき、真上から名前を呼ばれた。


「東雲、なにやってるんだ!?」


 声はわずかに上ずり早口でぎょっとした柳の叫びに、私は怪訝に眉根を寄せる。


「なにって……見てわかりませんか? バタフライの指導しているんですけど……」


 自分がやれっていったじゃない……、そう思ってため息が出る。

 柳は僅かに瞠目し、さっきよりは落ち着いた口調で尋ねてくる。


「女子は……?」

「この人数一緒には教えられないので、女子はあっちでドルフィンキックの練習してもらってます」


 そう言って、くいっと首を一コースに向けると、柳は無言で私を見つめ、言葉を選ぶようにゆっくりと口を動かした。


「大丈夫なのか……?」


 その質問に対して、私は首をかしげる。意味が分からなくて、不愉快だという視線を向けた。

 なにがですか? その言葉を飲み込んで、ちょっと睨んでやった。

 大丈夫も何も、指導しなさいって言ったのは柳でしょ……?

 それとも、そんな教え方でちゃんと泳げるようになるのか、大丈夫なのか? ってこと!?

 答えない私に、柳が呆れたようにため息をつくから、いらっとする。


「男子はいいから、女子の方を頼む」

「はぁ……、いいんですか?」


 いま少し見た感じだと、みっちり教えないと一学期中に泳げるようになるとは思えない人が数人いる。男子の中に水泳部いないし、どうするのだろうか?


「男子は男子が見ればいい。誰か泳げるやつに教えさせる」

「でも、泳げるイコール教えられるとは限らないですよね?」


 そっけなく言われた言葉に、間髪入れずつい反論してしまった私を、柳がちょっと険しい顔で見据える。


「それなら、俺が教えるからいい。とにかく、東雲は一コースに戻りなさい」


 その口調は有無を言わせない威圧感があって、いろいろ文句は言いたかったけど、ぐっと言葉を飲み込む。


「……わかりました」


 ちょっと唇を尖らせてそう言うと、私は水中からプールサイドに上り、柳の横を素通りして一コースに向かった。




バタフライ……たぶんこんな感じです。

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