王子様に恋したマーメイド
「なんか最近いいことあった?」
突然の浅葱の質問に、私は飲んでいたシェイクを思わずふきこぼしてしまった。
ケホケホとむせる口元を手で押さえながら浅葱を上目づかいで見上げる。
季節は移って夏休みも残り数日を残し、この日も部活を終えた帰り道に地元の駅前にある大型ショッピングセンターの地下のフードコートに浅葱と寄り道をしていた。
今日の練習は午前中だけで、時刻は十三時を回って少し遅めのお昼にとファーストフードに入って注文した商品を受け取り、席についてすぐのことだった。
「なんで? なにもないけど」
私は注意深く浅葱の表情を見て、真面目な顔で答える。そんな私を、浅葱は片目を眇めてじぃーっと見つめ返してくる。
どうして浅葱が急にそんなことを聞くのか、少し心当たりがあるから。
でも、これは誰にも――幼馴染の浅葱にも、話せないことだからなんでもないと言うしかない。
「じゃ、質問かえる。最近、柳と仲良いよな。なんかあった?」
真面目な顔でそんなことを言うから、私は今度は口の中いっぱいにほおばってたエビバーガーを思いっきり飲み込んでしまって、むせてしまう。
「ケホケホッ……、なっ……」
ここで、なにもないって言えればよかったんだけど、あからさまに動揺してしまった後では、いくらぼけてる浅葱でも誤魔化されてはくれないだろう。
「そ、そうかな……」
でも、やっぱりはぐらかす路線で答えてみる。
「瑠花、自分で気づいてないのか? 前はあんなに柳のこと毛嫌いして話す時は無表情だったのに、最近の柳と話している瑠花はすごくいい笑顔だよ?」
すごくいい笑顔――それを想像してしまって、自分でも分かるくらいかぁーっと顔が赤くなってしまう。ぱっと両手で頬を隠すように押さえ、俯く。それからちらりと、恐る恐る浅葱の方に視線だけを向けると、にやにやしていると思った浅葱は真剣な光を宿した瞳でまっすぐに私を見据えていた。
「自覚はしてるんだ……」
Lサイズの炭酸飲料を一気に飲み干し、ズズズッ……と音を立てたストローからぱっと唇を離した浅葱がぼそっと呟いた。その表情はどこか寂しげで、なんだか胸が締め付けられる。
「柳のこと……好きなんだろ……?」
からかってるとかそんなんじゃなくて、真剣な表情尋ねてくる浅葱に、もう誤魔化すのはやめようと決意する。
「うん……」
私は小さく、だけどはっきりと首を縦に振って答えた。
瞬間、ぱっと浅葱がいつもの無邪気な笑顔を浮かべるから、ちょっと苦しかった胸が軽くなる。
「やっぱなぁ~」
「そんなにバレバレ……?」
清々しい顔で笑う浅葱を私は情けない顔で見上げる。すると、眉尻をちょっと下げて苦笑する。
「うーん……バレバレってことはないと思うけど、柳に対する刺々しさはなくなったって女子部員が噂してたよ」
「とげとげ……」
確かに柳のことは嫌っていたけど、刺々しいとまで言われるような態度だったの――!?
客観的にみた自分のいままでの態度を知らされて、噂とかよりもそのことの方がショックだった。
「うーわぁ……、私、最低……」
私は両肘を机について頭を抱えこむ。自分では普通にしていたつもりなのに、そんな態度をとっていたのなら……柳が珍しく歯切れ悪い口調で話しかけにくかったって言ったのが今なら納得できる。
柳のこと好きだって自覚して、これからは普通に話したりできたらいいなって思ってたけど、今までの自分の態度を考えると、柳は私とはもう話したいとか思ってないかなってへこんでくる。
頭を抱えたまま机につっぷして唸る私の頭上からちょっと能天気な声がかけられる。
「おーい、瑠花?」
その声に、机に頬をつけたまま視線だけを浅葱に向ける。
「なに……?」
「なにをそんなに悩んでるんだ?」
キョトンとして首をかしげる浅葱の顔をまじまじと見つめてしまった。
「なにって……、好きって気づいたのに身動きできないから悩んでるんだよぉ」
頬を膨らませて文句を言う。それでも浅葱は分からないと言うように尋ねてくる。
「どうして?」
「どうしてって……」
そう言った私の言葉は続かない。
そんなの色々ある。歳の差だって、生徒と教師だっていうことだって。完全に私の片思いじゃ、告白なんてできっこない。
しばらくの間、私と浅葱の視線が重なったまま沈黙が流れる。それから、私は悩ましげに眉根を寄せて、ふっと視線をそらす。
どうしようもできないんだよ……
そう心の中で呟く。
正直、告白したいって思ってるわけじゃない。だって柳にとって私が恋愛対象外だって分かりきってるし、別に両思いになりたいとか、付き合いたいとか思うわけじゃない。
私の気持ちを知られて柳と気まずくなるくらいなら、生徒と教師としてでもいい関係を築けたらそれで満足。
その証拠に、最近は柳と話せるだけで頬が緩んじゃうし、幸せなんだよ。
だけど――
このままでいいって思っているのに、話せば話すほど、とろけるような甘い笑顔を自分に向けられるほど、よくばりになっていく気持ち。好きって気持ちが自分でも押さえられないくらい大きくなっていって、心のどこかでは好きの先を望んでいる――
柳に好かれたら嬉しいし、付き合うことになったらどんな感じなんだろうと想像してみたり。
女子生徒に優しい笑みを向けてるのを見ただけで胸の奥がじくじく締め付けられてイライラして。本当はみんなに優しくしてほしくなくて、私だけを見てほしい――
そんな独占欲が私の胸の中にあることを知ってしまったから。
このままでいいって気持ちと、もっとって欲張りになる気持ちの間で葛藤しているのだった。
まるで、海に溺れたところを助けた王子様に恋してしまったマーメイドみたいに。
岩の陰から、砂浜を散歩する姿をみるだけで胸をときめかせて。それで満足って思って。
だけどやっぱりもっと近くに行きたい、そばで声を聴きたいって欲張りになって。
好きになってはいけない相手。想いの届かない恋。
もどかしさに悩まされて、そうしてマーメイドのとった選択は……
黙りこんでしまった私に、浅葱が言いにくそうに問いかけてくる。
「なぁ、もしかして、瑠花にとってこれが初恋……?」
「なにに……?」「どうして……?」
この会話デジャブですね。
瑠花と浅葱は似た者同士かもしれないです(笑)




