あの日々に別れを告げても
「素敵だったわ」
真っ白な頬を上気させて、キラキラした瞳でロズがにっこり笑う。
「つれてきてくれてありがとう、アスル」
「どういたしまして」
私は小さく苦笑して、ロズを出口に誘った。
オペラ座の今夜の公演は『仮面舞踏会』。
劇の余韻に浸りきったままのロズをさりげなく急かすと、彼女はきょとんと首を傾げる。
「あら?あのチケットをくださった方には、会わなくてよろしいの?」
「良いの、良いの。早く行きましょう」
むしろ会いたくなくて急いでいるのだから、それは正反対というもので。
「あんな奴は無視して」
「あんな奴、とは失礼ですね」
「ッ」
ふっと耳元で紡がれた言葉に、私は慌てて飛びのいた。
見るまでもない。
其処にいたのは勿論、私が合わずに帰りたかった張本人。
「アスル、来てくれてうれしいですよ」
「まあ、アスルの知り合いの方は、レナート役のジェード様でしたのね」
「はじめまして。美しいお嬢さん。いつも、わたしのアスルがお世話になっています」
「ちょッ 私はあんたのものじゃないッ」
迎えに来た家人に連れられて、ロズは先に帰ってしまった。
私はあいつに捕まったまま。
「この、猫っかぶりッ」
「どこがです?わたしは正直者だと思いますけど」
「本当に正直な人は、そんなこといわない」
ぶすっとしたままそういえば、ジェードは結われたままだった髪を解いて小さく笑う。
「おや。では、誰に対しても毒舌なブランカを見習えと?」
「この、極端ッ 直す気もないくせに」
「流石、よくわかってますね」
「別にあんただけじゃないわ。ブランカもポルポラも、アッズーロだって皆」
服を摘み上げて、私は言葉を飲み込んだ。
昔はこんなもの着られなかった。
寒くて皆で丸まって寝たこともあった。
あそこから一番に出て、仕送りをしてくれたのは他でもないジェードだった。
「帰りたいですか?」
何処に、ともいわなかったけれど、私には解った。
そして同時に、その言葉がおかしいことも判っている。
でも私はいつものように強く否定できなかった。
「キライよ、あんたなんか。全部お見通しって顔して」
泣きそうな私に、あいつは何もいわなかった。
そのかわり、あの頃もよく聞かせてくれたオカリナの音が静かに響く。
その音色は、あの頃と少しも変わらず、優しく穏やかな音だった。
オカリナ、毒舌、仮面舞踏会【三題噺】