孤独なキッチン
トラッシュに投げ込まれた料理は無惨だった。
何時間か前には丁寧に作られただろう
料理は今は唯のゴミになっている
唯の生々しいゴミ
シンクは丁寧に洗われていて水垢一つない。
洗われた器具も、皿も、鍋も綺麗に洗われてあるべき場所に片付けられていて、他者を寄せつけない。
それは、この場所の持ち主のようだった。
「桐子」
リビングの電気をつけると黒い髪を背中に艶やかに流した女がソファで寝ていた。
「桐子」
再度呼びかけても返事がない。
彼女はいつも頑だ。
「桐子」
「可哀想だわ」
彼女は小さな声で呟いた。
「そうだね」
「美味しそうに出来たの、でも食べる人がいない」
「僕に置いといてくれたら良かったのに」
桐子はようやく半身を起こしたが、でも背中を向けたまま。
「あの人に食べて欲しかったの」
彼女が作る料理はいつも誰か、違う人のためにある。
「貴方が食べてもきっと美味しくないわ」
そうだろう、彼女は僕のためではなくて彼のために作ったのだから。
「桐子、彼はいないよ」
「……それでもよ」
彼女は頑だ。
「ご飯は君もまだ食べてない?」
「…欲しくない」
小さな子供のように彼女は呟いた。
「駄目だよ、作るから食べるんだ」
彼女は彼のために料理をつくる
僕は彼女のために料理をつくる
キッチンは片付けられていて
汚されるのを孤独に待っている。
よそよそしいキッチンはただただその時を待っている