第五話 君しか見えない
紅葉の咲き乱れる秋の裏庭。理恵と秀二は無言のまま冷たい石段の上に座っていた。その沈黙を破り口を開いたのは理恵だった。
「秀二君は私なんかのどこを好きになってくれたの?」
「なに?急に・・・。」
秀二は驚いたように目を大きく見開いた。
「急じゃない。私はいつも考えてた。もしかしたら秀二君は私なんて・・・本当はなんとも思ってないんじゃって・・・もう一年も経つのに私の事どう思ってるとか言ってくれないし不安なんだもん。秀二君がどんどん上に行くのに、私は一人取り残されてるみたいで・・・。それでも私は秀二君の走ってるところに恋をして・・・もう諦めたはずの陸上から逃げられないの・・・。」
理恵の目には涙が浮んでいた。
「俺は、本当に理恵の事好きだよ。でもお前も一度も好きだって言ってくれたことないから・・・俺も言わなかった。・・・いや、言えなかった。理恵の事が好きだ。可笑しい位に理恵しか見えない。」
俺の言葉に理恵はまた泣き出してしまった。
「なんで?今まで一度もそんなコト・・・。」
「理恵は知らないかも知れないけど、俺本当はこの高校に入れるほどの成績は無かったんだぜ。でも、俺の人生を変えてくれた理恵と同じ学校に行きたくて、一ヶ月間必死で勉強して・・・合格した。俺は中二の時から、お前しか見てないよ。」
理恵はまだ泣き止まない。秀二はため息を吐いて理恵を抱きしめた。
「私は秀二君の人生を変える力なんてない。」
「あるよ。当時の俺は喧嘩なんか毎日で、だけどそんな自分が嫌だった。理恵に初めて会った時、自分の中で確かに何かが変わった気がしたんだ。理恵はさっき走ってる俺に恋をしたって言ってたけど、それよりずっと前に俺は風を斬って走る理恵に心奪われてたんだよ。ねぇ理恵もう一度一緒に走ろうよ。少しずつでいいからさ。」
「無理だよ。私は一度逃げ・・・。」
「逃げてしまった事を後悔しているのなら、もう一度立ち上がって後悔しないように頑張るのも一つの手じゃないか?それとも俺と一緒に走るのは嫌か?」
理恵は首を横に振った。そしてあの時と同じ顔で「私、本当はもっと走りたい。」と言った。理恵はずるいよ。そんな簡単に俺を君に釘付けにしてしまうんだから。もう一生手放してなんかやるもんか・・・。理恵はもう俺のものだ。そう思った。
でも俺達の別れはとても早くやってきた。