第四話 チャンス
今の季節、グラウンドからは美しい山々の紅葉する姿が見える。私は秋の紅葉をバックに走る彼を見るのが本当に大好きだ。
「秀二君・・・。」
私はグラウンドの隅のベンチで一人秀二君が走るのをずっと見ている。タイムが伸びて喜んだり、上手く走れずに落ちだりといろんな秀二君がみれる。一番好きなのは練習の合間に私の名前を呼びながら駆け寄ってきてくれるあの一瞬だ。その時だけは、唯一自分に自身が持てる。
「どうした?」
「わぁ!びっくりした。秀二君か・・・気が付かなかったよ・・・。」
いつの間にか練習は終わっていて首にタオルをかけた秀二が隣りに来たのに声をかけられるまで全く気付かなかったのだ。今までこんな事無かったのに、どうかしている。
理恵は心配そうに自分を見つめる秀二に笑顔を向けた。
「ごめん。ぼーっとしてた。」
「無理はするなよ。」
秀二も笑った。
「うん。」
秀二君は教室では殆んど笑わないらしい。何か酷く思いつめたように俯き人を決して寄せ付けないのだという。でも私も本当の事はなにも知らなかった。秀二君とは学年も違うため勿論クラスも違うし、普通科と理数科では校舎も違う。二人が会えるのは、部活の時間だけしかない。秀二君は私の前では笑顔を見せるし優しい。何か思いつめているようには見えないのだ。
「あの、秀二君。・・・なんか悩みとかあったらいってね?私・・・。」
秀二君は私の頭をまたクシャッとなで、「なんにもないよ。」といった。
校舎に入っていく秀二を理恵はただ、見ていることしか出来なかった。
「福原さん。あの・・・ちょっといいかい?」
後ろから声をかけてきたのは確か陸上部の部長・・清水君。清水君は申し分けなさそうに、だが何か期待しているように私をみる。
「はい。なんですか?」
「福原さんは陸上部に入る気は無いの?福原さんって中学の時に騒がれてたあの福原さんだろ?毎日そこにいるよりは一緒に走ったりするほうがいいんじゃないかと思ってね。どう?」
彼は本当に純粋に私に走るチャンスをくれたんだと思う。でも・・・。
理恵は俯いたまま答えた。
「私は、もう陸上を捨てました。いえ、諦めてしまったんです。陸上というのは己との戦い。例え一度でも自分に負けた人間にフィールドに立つ資格はありません。少なくとも私は幼い頃そう教えてもらいました。でも声をかけていただいてありがとうございます。失礼します。」
私は早くその場を立ち去りたかった。自分には資格よりも走ることなど出来ない理由があった。なのに、もう一度走りたいなんて・・・。私の足は、もう今までみたいには動かないのに。
胸を張って理恵は長い廊下を進む。
それはまるで理恵自身が負けない為の虚勢の様だ。秀二はいつもそんな理恵を心配そうに見つめていた。
「理恵・・・。」