第二話 もっと走りたい
「じゃぁ、俺は帰ります。」
俺が席を立つと母親らしき女の人が俺を止めた。
「あの、お名前は?」
「獅子澤秀二です。」
俺がその時名前を答えたのはほんの気紛れだった。
「秀二君ね。貴方はとてもいい子ね。困ってる人を見捨照られない・・・とっても心の綺麗な子。きょうは本当にありがとう。理恵の事もし迷惑じゃ無かったら、また来てあげてくれる?」
俺がいい子?
毎晩喧嘩に明け暮れて、拳を振り回しているような人間が・・・?
「俺は、いい子なんかじゃありません。じゃぁ、お大事に・・・。」
俺は病室をでた。いつもと同じ空。同じネオンの色。でもなにかが違う。心の中で何かが動いた。明日またあそこに行こう。彼女と話してみたいと思った。
次の日、俺はまた病院に行った。白く長い廊下を進み、あの病室の前、俺は足を止めた。
「お姉ちゃん・・・私、もっと走りたい。走りたいよ。」
彼女は泣いていた。彼女の姉さんは困ったように俯いた。
俺は病室に入ることが出来なかった。
・・・走る。
思い出した。あの人達は陸上一家と呼ばれる人だ。俺がまだ優等生を演じてた頃に初めてひとが走るさまを美しいと思った人だ。『福原理恵』それが彼女の名前。
走るとはどんな気分だろう。ちょっと、走ってみるか・・・。
そう、俺が今ココにいるのはあの時の彼女の綺麗な涙に心奪われてしまったからかも知れない。俺は走る。君がもう走れない分俺が走ってやる。
君がもう一度この世界に帰ってくるまで・・・。