そんな簡単に婚約破棄ができるわけないでしょう?
____一体、私の身に何が起こっているのかしら。
三年間通った学園の卒業パーティーの真っ最中。
グラス片手に友人と思い出話をしながら楽しんでいた時、その瞬間は訪れた。
「この場で皆に伝えたいことがある!」
突如会場に響いたその大声に、会場はシン……と静まり返る。
会場中の皆が、その声の主を見た。
もちろん、私も。
そして視線の先にいたのは、テオドール・ルシアン・フォン・アルカディア殿下。
アルカディア王国の王太子で……私の婚約者だ。
テオドール様は、皆が注目しているのを確認してからすぐに、再び大きく口を開いて宣言した。
「ベアトリス・マリア・フォン・グランツェルト! お前との婚約は今日この場で破棄させてもらう!」
「……殿下、一体何を仰っているのですか?」
困惑する私を余所に、テオドール様は私の近くに立っていた、とあるご令嬢の方向へ優しく手招きをした。
そのご令嬢……いえ、ニーナはパァ、と顔を明るくさせてから、テオドール様の隣へ駆け寄る。
二人は愛おしそうな瞳で数秒見つめあった。
それから、テオドール様がニーナの腰に手を回して寄り添い合う。
誰がどう見ても、仲の良い恋人同士の姿がそこにあった。
次第に皆の注目が、今度は私に集まり始めるのがわかる。
当たり前だ。テオドール様の婚約者は私だと、同じ学年の生徒達は皆知っているのだから。
「……テオドール様、どういうことですか?」
私は一歩前に出てから、彼に問いかける。
すると、私の姿を確認したテオドール様は鼻でフン、と笑ってから……顔を歪ませて再び口を開いた。
「白々しい女だな……。ベアトリス、お前がニーナに対して嫌がらせをしたことは知っている!」
「……嫌がらせ? そんなこと、しておりませんけれど」
「ふざけたことを言うな! ニーナから何度も話は聞いているんだ! 可哀想に、今だってこんなにお前に怯えているじゃないか!」
私がニーナに嫌がらせをした?
全く心当たりがない。本当に、何を仰っているのかしら。
確かに私はニーナとはクラスメイトだし、何度か会話をしたことだってある。
でもそれは、ニーナが婚約者がいる男性に対してあまりにも……なんというか、ベタベタするものだから。
その姿を見兼ねて、極力優しく注意をしたことはあるけれど……。
決して、嫌がらせをしたことなんて一度もない。
一体何を言っているのかしらと思いながら、ニーナ様の顔を見る。
すると、ニーナはわかりやすく身体を震わせながら、上目遣いでテオドール様に囁きかけた。
「テオドール様……わたくし、こわいです……! またベアトリス様がわたくしを睨んできて……」
「あぁ、しっかり見ていたよ。全く、ひどい悪女だな」
悪女ですって?
もしかして、私のことを言っているのかしら?
「テオドール様、私には本当に身に覚えがございません。それに、なぜそんなにニーナ様と距離が近いのですか?」
半ば呆れながら私が問いかけると、テオドール様はハァ……とため息をついてから、呆れたように私へ問いかけた。
「お前はまだわからないのか? 私とニーナは愛し合っている」
「……」
「つまり、悪女のお前の役目はもう終了ということだ。まぁ、ニーナと私の絆を深めてくれたことだけは感謝してやろう。ベアトリス、私とお前の婚約は今日で終わりだ!」
再び婚約破棄を堂々と宣言したテオドール様を見て、私はため息を一つ溢す。
それから、持っていたグラスをテーブルに置いて、会場内に響き渡るように声を出した。
「テオドール様、あなたは昔っから本当におバカさんですわね」
「…………へ?」
私の言葉に、テオドール様が間抜けな声を漏らす。私はそれに構わず続けて言い放った。
「先ほどから婚約破棄と仰られていますけれど……私とあなたの婚約はこの国の未来に大きく関わるものですのよ? 言ってしまえば、王家と公爵家の結びつき……そんな大事なことを、王太子のあなたの一存でひっくり返せるなどと本当に思ってらっしゃるの?」
「え、いや、それは……」
「ほら、後ろを見てくださいませ。あなたがあまりにも突飛なことを言い出すものですから、あなたのお父様とお母様……いえ、国王陛下と王妃様が苦笑していらっしゃるわ」
「なっ……!!」
テオドール様の顔が真っ赤に染まっていく。
私はヒールの音をコツコツと鳴らしながら、テオドール様のもとへ近付いた。
「そんなおバカさんな王太子殿下を、一体だれが支えてあげられると……いいえ、支えてあげたいと思うのかしら?」
テオドール様が俯く。私は彼の顎を掴んで、強引に顔を上げさせた。
「そんな令嬢……私しかいないでしょう?」
「…………は、へ?」
「だってあなたは私のことが大好きで、私もあなたを可愛いと思っているんですもの。私のことを悪女だなんて、本当はちっとも思っていないくせして……」
テオドール様が目を見開いた。その瞳は、心なしか先ほどよりも潤んでいる。
不安になって涙目になってしまったのね。ほんと、おバカさんでお可愛らしいこと。
「そもそもテオドール様は昔からワンパターンすぎますわ。私が騎士団長を素敵だと言えば、次の日から筋トレを始めたり、頭の良い人が好きだと知れば、勉強の時間を増やしたり……」
「な、な、な……!」
「今回は……そうね、ニーナさんの双子のお兄様と私が会話しているところを見て、嫉妬で暴走してしまったのかしら? でも安心してくださいませ、彼とは委員会の話をしていただけで、私が可愛がっているのはテオドール様だけですわ」
私がそう告げると、テオドール様は先ほどよりも更にお顔を真っ赤に染め上げた。どうやら図星だったらしい。そんなことしなくても、私はテオドール様しか見ていないというのに。
周りの生徒たちからは「顎クイ……」「顎クイだわ……」なんて声が聞こえるけれど、さて、なんのことかしらね?
「まぁ、そういうことですから……婚約破棄は白紙、ということで……」
「ちょ、ちょっと! じゃあ私はどうなるの!? 真実の愛は!?」
「あら、あなた……まだいらしたの?」
「ずっといましたけれど!!」
ニーナが額に青筋を浮かべながら、私に詰め寄ってきた。さてどうしましょうかと考えていた、次の瞬間。
「も、申し訳ございません!! 私の妹がとんだ醜聞を……! ニーナ、帰るぞ!!」
ニーナの兄……セドリックが飛び出してきたのである。
「お兄様!? 邪魔しないで! 私はこの国の王太子妃になるんだから!」
「馬鹿なこと言うな! テオドール様がベアトリス様一筋すぎて、事あるごとにこのような茶番が繰り広げられているのは有名な話だろう!? お前は所詮当て馬でしかないんだから、さっさと帰るぞ!」
「は!? ちょ、お兄様、どういうこと!? 説明しなさいよ~~!!!」
……ニーナがセドリックに担がれた状態で、会場を後にする。
「……邪魔者がいなくなりましたわね。では、改めて確認させていただくとしましょうか。テオドール様、婚約破棄の話はなかったことにいたします。それでよろしいですね?」
「…………あぁ」
「では、もう一点確認させていただきます。テオドール様は、私のことを愛しておられますね?」
「……う、あ、愛している、が……」
真っ赤になって涙を溢しながら、テオドール様がお答えになる。
「ふふ、合格ですわ」
私は気分がよくなって、テオドール様の唇にそっと口づけをしたのだった。
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ちなみにこの二人、将来は誰もが羨むおしどり夫婦となるのであるが……まぁ、それはまた別の話である。




