第24話:破産という名の救済、あるいは「規格」の統一
帝都を数十年間にわたって支配してきた『金歯の歯車』ギルドの本部が、差し押さえの赤い封紙で埋め尽くされるまで、そう時間はかからなかった。
粗悪な模倣品の大量返品。それによる莫大な負債。そして何より、知性派貴族たちを敵に回したことによる、皇宮からの「推奨公認」の取り消し。
巨大な歯車は、油を失ったのではなく、レンが作り上げた「静寂」という名の砂を噛まされて、自ら粉々に砕け散ったのだ。
北地区、静まり返った『値札なき商会』のサロン。
かつて傲慢にスラムの工房を検分した監査員が、今は幽霊のような顔で、俺の前に跪いていた。
「……レン商会長。我々は、負けました。……どうか、どうかこれ以上の追及はご勘弁を。ギルドは解体されます。ですが、残された何千人もの職人たちには、明日からの食い扶持がないのです」
俺は、ヴァーンが淹れてくれた最高級の茶を一口すすり、冷徹に男を見下ろした。
「追及? 勘違いしないでいただきたい。俺は復讐者ではない。ただのマーケターですよ」
俺は、あらかじめ用意しておいた一枚の契約書を、彼の前に滑らせた。
「これは……? 合併案、ですか?」
「いいえ。『下請け構造の再定義』です。……貴方がたが持っている三型ヒーターの原版特許、および帝都内に点在する数百の工房網。それをすべて、我が『値札なき商会』の管理下に置く。……今後、貴方がたは『黄金のぬくもり』のようなゴミを作ることは許されない。俺たちが提示する『不死鳥規格』に基づいた、基礎パーツの量産だけを担当してもらう」
監査員の目が、驚愕に揺れた。
「……我々を、生かしてくれるというのですか?」
「三流はライバルを殺し、二流はライバルを吸収する。……一流は、ライバルを『システムの一部』に変えるんです。……爺さんのような天才職人が、ネジ一本の鋳造に時間を取られるのは非効率だ。これからは、貴方がたが『弾薬』を作り、俺たちがそれに『魂』を込める」
かつて俺たちを材料封鎖で苦しめた巨大組織は、今、その巨大なインフラごと、俺たちのブランドを支える「土台」へと作り変えられた。
これにより、『値札なき商会』は一つの課題をクリアした。
スラムの工房という「点」での生産から、帝都全体の工房網を支配する「面」での供給体制への移行だ。
「……レン、本当にいいのか? あいつら、俺たちのことを散々……」
監査員が震える手で署名し、部屋を去った後、ヴァーンが不安げに尋ねてきた。
「いいんだよ、爺さん。……彼らが汗を流してパーツを作るほど、俺たちのブランドは強固になる。……それに、これでようやく『次の仕掛け』に、すべてのリソースを注ぎ込めるようになった」
俺は、サロンの壁に刻まれた真円の不死鳥を見つめた。
帝都の熱、音、光、そして言葉。
個人が愛用する道具の市場において、もはや『値札なき商会』に比肩する存在はいない。
「さあ、爺さん。……帝都の『外』が、俺たちの沈黙を待っている」
不死鳥の羽ばたきは、もはや帝都という鳥籠の中だけでは収まらなくなっていた。
旧勢力を解体し、その残骸を肥料にして、新たな秩序が芽吹く。
第1章の幕が下りるその足音が、すぐそこまで聞こえていた。




