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値札なき商会  作者: 熾火
不死鳥の産声

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24/26

幕間:黄金の沈没、あるいは「安さ」の敗北

帝都中央区、『金歯の歯車(ゴールデン・ギヤ)』ギルドの本部。

 かつては帝国のあらゆる魔導具の利権を握り、金貨が擦れ合う音で満ちていたその大広間は、今や重苦しい怒号と、山積みにされた「ガラクタ」が放つ異臭に支配されていた。


「……説明しろ。なぜだ。なぜ、我がギルドが総力を挙げて市場に投入した『黄金のぬくもり』が、これほどまでに返品されている!」


ギルドマスターの咆哮が、高い天井に虚しく響く。

 彼の前で震え上がっているのは、数ヶ月前にスラムの工房へ乗り込んだあの監査員だった。


「は、はっ……! 発売当初は、確かに市場を独占いたしました。1銀ソルドという破格の安さは、市民にとって魔法のような魅力でしたから……。しかし、数ヶ月経つと、客たちが口々に言い始めたのです。『これは、あの不死鳥ではない』と……」


「当たり前だ! あれは旧式の三型を流用し、外側だけを飾り立てた代物だ。だが、機能は同じはずだろう!」


「……それが、違うのです。客たちの『感覚』が、もう以前とは別物になってしまっているのです」


監査員は、床に散乱した修理依頼書の一枚を、震える手で拾い上げた。


これが、レンが仕掛けた「心理的な罠」の正体だった。


もしレンが最初から安売りをしていれば、それは単なる価格競争で済んだだろう。だが、彼は「20金ソルド」という、常識外れの価格を最初に提示した。

 

 人々は最初、その価格を「狂気」だと笑った。しかし、皇太子やカシム卿がそれを認めたことで、20金ソルドという価格は、帝都における「至高の静寂」を手に入れるための唯一の基準として、人々の心に深く突き刺さったのだ。


その後に現れた1銀ソルドの模倣品は、客の目には「お得な商品」ではなく、「理想の静寂から、19金99銀分も質を落とした、救いようのない妥協品」として映ってしまった。


「客たちは一度、あの商会が提示した『本物の静寂』という味を知ってしまいました。我がギルドの製品が発する、これまで『当たり前』だったはずの駆動音や魔力の焦げ臭い匂いを、彼らは今や『耐え難い欠陥』だと認識しているのです。……1銀ソルドを払って不快感を買うくらいなら、一銭も払わずに寒さに耐えたほうがマシだ、とまで……」


「……さらに追い打ちをかけたのが、材料の独占です」


監査員は、もはや絶望的な声で続けた。

 

「我々が市場の材料を押さえたことで、あの商会は『製作停止』を余儀なくされました。……普通なら、それで彼らは潰れるはずでした。しかし、あのアトリエが沈黙すればするほど、市場に残った我がギルドの騒々しい製品への苛立ちが加速したのです。……客たちは、手に入らない『本物』への憧れを募らせ、その鬱憤を我々の店にぶつけ始めました」


皮肉な話だった。

 『金歯の歯車』が彼らの息の根を止めようとした「材料の封鎖」は、結果として、レンたちに「品質を追求するための完璧な休業期間」を与えてしまった。

 

 そして今、その沈黙の期間を経て、客たちはもはや「安さ」に魅力を感じない、飢えた獣へと変貌している。


「……ギルドマスター、最悪の報告が入りました。法務院、および大学ギルドの重鎮たちが、我がギルドによる材料独占を『不当な学術妨害』および『公共の利益への侵害』として、皇帝陛下へ直訴する動きを見せています。……あのアトリエの『沈黙』が、我々を社会的な悪に仕立て上げてしまったのです」


ギルドマスターの顔から、血の気が引いた。

 巨大な権力を持っていたはずのギルドは、一人の少年が作り上げた「静寂」という名の美学によって、いつの間にか帝都の知性たちを敵に回し、自らの居場所を失いつつあった。


「……あ、あの小僧……。最初から、こうなることを予見して……」


広間の隅で、一台の『黄金のぬくもり』が、今日も不快な「ブーン」という共鳴音を立てている。

 その音は、かつて帝都を支配した巨大ギルドが、音を立てて崩壊していくカウントダウンのようにも聞こえた。

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