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破軍童子

 その日、桜は絃月や瑞陽とともに、所用で白夜城の近くまで来ていた。


 白夜城の大きな城門前には、向かって右に桜の木が、左に橘の木が植えられていた。


「あ……絃月、瑞陽、あれ見て。桜と橘。私たち双子の名前ってここから取られたらしいんだけど、父様の命名感覚って案外安直よね」


 桜の言葉に、絃月は無言で頷き、瑞陽は苦笑する。すると、桜の中で桔梗の声が響いた。


『そうなんですね。いつ頃植えられたものなんでしょうか?』

「え? 初代の貴女たちの頃はなかったの?」

『……確か、なかったかと。記憶違いかもしれませんが』


 絃月と瑞陽にも確認したが、二人とも記憶にないし、いつから植えられていたのかも知らないということだった。


「天景陛下は御神木だって言ってたけど……」

『そうでしたね。御神木は、ときには『封じ』と対で用いられることもあるものですが……』


 なぜ、なんのために、ここに御神木を植えたのか。それも二本も。


「ねぇ、桔梗」

『はい』

「これって怪しくない?」

『同感ですね。あるいはこの地下に……』


 人鬼が隠されているのかもしれない。


『探ってみましょうか?』

「え? でも、透視の術は通用しないって……」

『えぇ。なので、地面に直接霊力を作用させて、その反響を感知します。術ではないので、少しは探れるはずですよ』


 さっそく桜から桔梗に交代すると、桔梗は桜の木の下に歩み寄った。


「絃月と瑞陽は見張りをお願いします。万が一、怪しまれそうだったら教えてください」

「承知しました」


 桔梗は桜の木の根元にしゃがみ込むと、地面に手を当てた。そこから少しずつ霊力を流し込んで、様子を見つつ探っていく。


(思ったよりも深い……でも、ある……)


 箱型の空間が地面の下に存在した。場所はちょうど城門の真下の位置。やがて地面を伝わる霊力が、何者かの存在を感知した。


 フッ、となにかが嗤った『気がした』。


(……笑った……?)


 桔梗が疑問に思った、その次の瞬間だった。


──ドンッ


 足元から突きあげられるような揺れが、まるで地面そのものに意思があるかのように、王都・嘉京全体を襲った。揺れは一回きり。それでも、地震などめったにない久世国では、大騒ぎになるのも当然の強い揺れだった。


「桔梗姫」

「……屋敷へ戻りましょう」


 そそくさとその場を離れた三人だったが、桔梗は笑った何者かの存在が頭から離れなかった。


***


 翌日、橘は白夜城へと呼び出されていった。


「で、結局どうだったの?」


 尋ねる桜に、桔梗は端的に答えた。


『いましたね。何者かが』

「本当? 当たりじゃない」


 桜は単純に予想が当たったことを喜んだが、その一方で、桔梗は嫌な予感を拭えなかった。もし桔梗の予想通りなら、あの地震は。


『桜……この人鬼、想像以上に厄介な相手のようです』

「どうして?」

『実は昨日、交代している間に地震が起きたのですが……』

「そうなの!?」


 知らなかった桜はひどく驚いた。この久世国で地震とは珍しい。


『わたくしには、あの地震はその何者かが起こしたものだと感じるのです』

「どうして?」

『おそらく、ですが……自己主張のようなものかと……自分はここにいる、と』


 桔梗が探っていたことは筒抜けだったわけだ。


「信じられない……」


 思わず桜が絶句していると、橘が慌てて屋敷に戻ってきた。


「桜! 桔梗!」


 声が、わずかにうわずっていた。


「おかえりなさい、橘。そんなに慌ててどうしたの?」

「ただいま……って、そうじゃない。今すぐ俺と一緒に白夜城へ来てくれ。天景陛下がお呼びだ」

「!」


 桜はすぐに察した。


「桔梗も呼んだってことは、鬼退治って認識で合ってる?」

「当たりだ。絃月と瑞陽も呼んでくれ。今すぐ」

「わかった」


 絃月と瑞陽を呼んだら、いつもの巫女姫の装束に着替えるよう橘に言われたので、二人に着付けてもらった。もはや慣れたものだ。


「事情の説明はしていただけるのですか?」


 絃月が問うと、橘は静かに頷いた。


「陛下御自身がご説明なさる」

「わかりました」


 すべては白夜城へ着いてから、ということだった。



 久しぶりに訪れた王城は、心なしか張り詰めた空気をまとっていた。


 謁見の間で所在なげに待っていると、ようやく天景が姿を現した。


「よく来てくれた、巫女姫とその従者たちよ。楽にするがいい」


 挨拶もそこそこに、天景は本題を切り出した。


「巫女姫は知らないだろうが、この白夜城には地下牢が存在する。実はそこに……人鬼がいる」

「──!」


 予想通りの言葉に、桜は顔つきを引き締めた。


「地下牢の罪人が鬼化した成れの果てだ。時の真神家当主・まさきが、その命と引き換えに結界へ封印した。これまでは代々の真神家当主がみ月に一度、封印の結界を強化するだけでよかった。だが……昨日の地震のせいで、結界が壊れかけているらしい。もはや完全に壊れてしまうのも時間の問題だろう」


 天景の顔には疲労よりも、不安と焦燥の色が濃かった。


「そこでだ。巫女姫とその従者たちよ、そなたらにこの人鬼の討伐を命じる」

「!?」


 かつての真神家当主が、その命と引き換えに封印することしかできなかったほどの存在を『倒せ』とは、簡単に言ってくれるものである。


「封印された人鬼の正体は破軍はぐん童子。すべてを破壊する災厄の鬼だ」


 ついに、王都に隠された人鬼の正体が明らかになったのだ。


***


 橘の案内で、桜、絃月、瑞陽は地下牢へと向かった。その場所は、確かに城門の真下に位置していた。


 地下牢に張り巡らされた結界には大きな亀裂が入っていた。確かに、これはもう限界だ。


 鉄格子の向こうに、人影が見えた。その人影を目にした瞬間──。


「え……?」


 一瞬で桜から桔梗に切り替わった。


『ようやく来たか……待ちくたびれたぞ』


 懐かしい声。懐かしい面差し。記憶の中にあるそのままの姿で、その人鬼は牢の中で胡座をかいていた。


 そこにいるのは、破軍童子のはずだった。


「葵、兄様……?」


 桔梗がその名を呼ぶと、破軍童子は凄絶に嗤った。


「──!」


 その瞬間、全身が総毛立った。桔梗は悟った。破軍童子を倒すことは、不可能だと。


(霊力の桁が違いすぎる……)


 なんだ、これは。こんな、まるで無慈悲な暴力そのもののような、力の権化が存在するとは。


 上手く息ができない。何故、橘も、絃月も、瑞陽も、平気な顔をしているのだろうか。


『……我が力の片鱗を感じ取るか。さすがだな』


 片鱗。これほどの力を誇示しておいて、これが片鱗だというのか。ならば、彼の本気とは如何ほどのものなのだろうか。おそらく、人間が張った封印の結界など、軽く吹き飛ぶだろう。


「葵兄様……どう、して、そんな……」


 喘ぐように囁く。すると破軍童子はとろけるような笑みをまっすぐ桔梗に向けた。


『そなたが来るのをずっと待っていた……桔梗』

「何故……?」

『この世界を変えるために』

「……!」


 桔梗の脳裏に、あの最期の夜に聞いた葵の叫びが鮮やかに甦った。


『そなたの犠牲で成り立つ世界のほうがおかしいと、何故気づかぬ!?』


 あれからどれくらいの時が経ったのか。もうわからないくらいの時間が流れたはずだ。それなのに、兄はまださまよっていたのだ。


「葵兄様の願いは……世界を破壊すること、なのですか?」

『近いが惜しい……私の望みは、そなたが犠牲にならずとも済む世界を作ることだ。既存の理を破壊してな』

「!」


 それは天に弓引く行為に等しい。既存の理を破壊して、桔梗が犠牲にならずとも済む新たな理を作り出す。もはや神の領域の話だった。


 そんなことが本当にできるというのだろうか。そこまで考えて、桔梗は気づいてしまった。この化け物じみた霊力を片鱗というのであれば、それも可能かもしれない、と。


 真意を問いたいが、頭が混乱して言葉が上手く出てこない。


(今、彼の相手をするのは、得策ではない……)


 なにより桔梗がこの衝撃と動揺から立ち直っていなかった。


 踵を返して、破軍童子に背を向ける。


『どこへ行く? 桔梗』


 桔梗は足を止めたが、振り返りはしなかった。


「日を改めます。まだ……貴方と対話できる状態ではありませんので……また来ます」


 これに破軍童子は満足そうに微笑んだ。


『……なるほど、それなら私は大人しくそなたを待っていよう。大切な妹に嫌われたくはないからな』


 その台詞で、ふと思いついた。今度は振り返る。


「結界を張り直しても?」

『好きにするといい。もっとも、その必要はないが』


 弱きものをいたぶる趣味はない。破軍童子の言葉は、どこか淡々としていた。


 桔梗は無言で破邪退魔の結界を張り直した。だが、その霊力は、底のない深淵に吸い込まれていくような感触しか返さなかった。



 桔梗たちは天景に謁見を願い出て許され、事の次第を報告した。破軍童子を倒すことは不可能だとは、最後まで告げないままだった。王命とは、そういうものだ。


 結界を張り直したため、一時的に持ち直したことを、天景は思いの外喜んだ。帰宅を許されたため、礼を言って退室した。


 真神の屋敷に帰った桔梗たちは、終始無言だった。橘は、まさか破軍童子が初代・桔梗の兄だとは思いもせず、絃月と瑞陽は思わぬ存在に再会して動揺しているであろう主を気遣って、それぞれに口を閉ざしていた。


(葵兄様が……破軍童子……)


 桔梗は一人、グルグルと考えていた。


(やっぱり、どう考えても……倒せない……)


 彼は強すぎた。しかもその強さに気づいているのは桔梗だけ。どうにも、厄介だった。


 ふと、桔梗の脳裏に桜の提案がよぎる。


(人格統合か……できればやりたくなかったけれど……)


 自分が消える分には、まだいい。だが、桜を消したくはなかった。桔梗は、桜という存在に初めて希望を見たのだ。


 これまで何度、輪廻転生を繰り返しても、巫女姫がいないと成り立たない世界は、少しも変わらなかった。桜は七回目の生で初めて生じた、ただひとつの『例外』だった。


 桜が世界を変える鍵になるかもしれない。初めて抱いたその期待を、自らの手で消してしまいたくはなかった。


(それでも……)


 あの日、語り合った桜の言葉が甦る。


『もし掛け算になるんだったら、必要なときは統合してもいいかなって思ったんだけどね』

『簡単に、なんか言ってないよ。私は、私が人格として消滅することも覚悟してる』

『私たちは、いつかきっと決断を迫られる。そのとき悩むのでは手遅れになるわ。私はもう、結論を出した。貴女は? そのときに結論を出せる?』


 その言葉は、今も桔梗の中で、確かに息をしていた。


 結論を、出すしかなかった。桜は自ら消える覚悟をしてでも、未来を信じた。ならば、桔梗も桜の想いに応えなければ。


(人格の統合は……逃げではなく、前進……)


 希望と信じた桜が選んだ未来を、桔梗が信じなくてどうする。


 気持ちはもう定まった。あとは、別れを告げるだけだ。黙って消えるほど、もう子供ではなかったから。


 桔梗は絃月と瑞陽の部屋を訪ねた。二人は桔梗の訪問に驚いていたが、すぐに桔梗が過ごしやすいように環境を整えてくれた。


「相変わらずですね、二人とも」

「それが我々の役目ですから」


 澄まして答える絃月に、桔梗は苦笑した。


「そうですね。絃月と瑞陽には、長らくお世話になってしまいました」


 絃月と瑞陽の表情が強張る。二人がなにか言うよりも先に、桔梗はあっさりと告げた。


「桜とわたくしの人格を統合しようと思います」

「!」


 それは彼ら主従の契約すら書き換える可能性のある決断だった。


「桔梗姫、それは……」

「もう決めたのです。前に進むために、わたくしは統合を選びます。ここまでわたくしについてきてくれた貴方たちには、本当に申し訳ないと思っています。でも……嬉しかった……だから最後にお礼が言いたかったの」


 それは、彼らの主人としての桔梗ではなく、一人の桔梗としての素の言葉だった。


 絃月と瑞陽は思わず顔を見合わせた。もう止められないと気づいてしまったから。


「私……いや、俺は、お前が決めたのならそれでいいと思う」

「……僕もそう思うよ。ていうか、止めても聞かないくせに」


 それは確かに。桔梗は思わず笑ってしまった。


「ありがとう、絃月。ありがとう、瑞陽」

「こちらこそ」

「ありがとう」


 桔梗が立ち去った部屋で、絃月と瑞陽はどこか放心したように宙を睨んでいた。


「これで最後か……」

「ね、今まで楽しかったね、絃月」

「……あぁ、そうだな。瑞陽」


 彼らの主君は、彼らの手を離れ、一人で歩き出した。その道を妨げることはできなかった。たとえどれほど彼女を止めたくても。


「あーあ、二人揃って失恋決定か」

「俗な言い方をするな、瑞陽。俺はお前とは違う」

「えー、ひどいな、絃月。大事な相棒だろ?」


 想い、想われ、振り、振られ。突然訪れた別れに、二人はそれぞれの想いを噛みしめた。

2026/02/23

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