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今宵も、君と千鳥足  作者: 花曇り


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富山『白き宝石の甘美と、漆黒ラーメンの塩分地獄(インパクト)』

一、富山駅・立山連峰と薬売りのおじさん

 三月某日。北陸新幹線富山駅に降り立つと、そこは圧倒的なスケールの景色に包まれていた。駅の北側にそびえ立つ、立山連峰。標高三〇〇〇メートル級の山々が、真っ白な雪を戴き、屏風のように連なっている。まるで神々が住まう壁だ。

 午前十時。湯達 直は、その絶景に息を呑んでいた。

「……すごい。壁や。空の半分が雪山や。金沢の繊細な美しさとは違う、大自然の暴力的なまでの美しさやな」

 直は今日、海風と冷気に備えて厚手のダウンジャケットにマフラーという完全防備。しかし、隣の相棒・安木 亮は、またしても時空と職業を間違えていた。

「……さあさあ、お立会い!越中富山の反魂丹、万金丹はいらんかね〜!」

 亮は、古風な「薬売り」の衣装をまとっていた。紺色の法被に股引、背中には風呂敷に包んだ「柳行李」を背負い、手には「紙風船」を持っていた。完全に昭和初期、いや明治時代の行商人である。

「……おい、売人。何を売る気や」

 直が呆れて声をかける。

「富山といえば『薬売り』やけど、お前がやると怪しさ満点やぞ」

 亮は紙風船をポンポンと突きながら、ニヤリと笑った。

「直さんや(急に老人口調)。わしが売るのは薬ではない。『心の処方箋』じゃ。……アルコールという名の万能薬を求めて、わしは東へ西へ……」

「ただのアル中やないか。その背中の箱、何が入ってるんや?」

「……夢と希望と、予備の『ウコンの力』です」

「現実的すぎるわ!」

 二人は駅前の路面電車に乗り込んだ。富山は「路面電車の街」としても有名だ。ガタンゴトンと揺られながら、まずは富山湾の恵みを目指す。


二、富山湾の宝石・白エビの透明な誘惑

 向かったのは、港町・岩瀬エリア、あるいは駅ナカの『きときと市場』。富山に来たら絶対に外せないものがある。「白エビ」だ。  世界でも富山湾でしか大量に獲れない希少なエビで、その美しさから「富山湾の宝石」と呼ばれる。

 二人が注文したのは、ご飯が見えないほど白エビの刺身が敷き詰められた「白エビ丼」。運ばれてきた丼を見て、亮がサングラス(いつの間にか装着)を外した。

「……眩しい。直君、これは丼ではありません。ジュエリーボックスです。光り輝いています」

 淡いピンク色を帯びた、半透明の小さなエビたち。一匹一匹の殻を手作業で剥くという、気の遠くなるような手間がかけられている。

「……いただきます」

 直が箸でエビの山をすくい、口へ運ぶ。わさび醤油を少し垂らして。

 ねっとり。

「……!!」

 直が言葉を失う。

「……甘い。いや、ただ甘いだけじゃない。上品で、儚くて……。口に入れた瞬間にとろけて、旨味の余韻だけが残る。……これは『海の綿飴わたあめ』や」

 亮も、薬売りの所作を忘れてかき込んだ。

「……直君。これは罪です。何百匹もの命を、一口で……。ああ、でも止まらない! このねっとり感、舌に絡みつく愛撫のような食感! ……白エビちゃん、私の胃袋(柳行李)にお入り!」

 さらに「白エビの唐揚げ」もつまむ。サクサクとした殻の香ばしさと、中の身の甘みが絶妙なバランスだ。

「……ビールやな」

 直が昼からジョッキを傾ける。

「刺身は日本酒やけど、唐揚げはビールや。永遠に食えるスナック菓子の上位互換や」


三、世界一美しいスタバと、ガラスの街

 食後、腹ごなしに「富岩運河環水公園」へ。ここには「世界一美しい」と言われたこともあるスターバックスがある。ガラス張りの店舗、目の前に広がる運河、そして遠くに見える立山連峰。

 テラス席でコーヒーを飲む二人。ただし、亮の格好は「薬売り」のままである。

「……浮いてるぞ、お前」

 直が苦笑する。

「スタイリッシュな空間に、明治時代の遺物が混じっとる」

 亮はコーヒー(キャラメルマキアート・ベンティサイズ)を啜りながら、遠くを見つめた。

「……直君。富山は『ガラスの街』でもあります。薬瓶の製造から発展したガラス産業。……透明で、壊れやすくて、美しい。まるで私の心のようです」

「お前の心は、強化ガラス並みに図太いやろ」

「いいえ。二日酔いの朝は、薄氷のように脆いのです」

 二人はさらに「富山市ガラス美術館」へ。現代ガラスアートの巨匠、デイル・チフーリの作品など、極彩色のガラス芸術に触れる。

「……綺麗やな」

 直が光るオブジェを見上げる。

「光と色が溢れてる。……さっきの白エビの透明感といい、富山は『光』を扱うのが上手いな」


四、ホタルイカと寒ブリ・富山湾の神秘と王者

 夕刻。富山の夜は、魚介の「王者」たちが待ち構えている。地元の名居酒屋『親爺』または『吟魚』へ。

 まずは春の使者、「ホタルイカ」。富山湾のホタルイカは、丸々と太っていて内臓が濃厚だ。定番の「酢味噌和え(ボイル)」と、珍味「沖漬け」、そして贅沢な「しゃぶしゃぶ」を注文。

 しゃぶしゃぶ鍋に、生のホタルイカをくぐらせる。足がクルッと丸まったら食べ頃だ。

 パクり。

「……爆弾や」

 直が熱さに耐えながら言う。「噛んだ瞬間、中のワタがプチュッと弾けて、濃厚な味噌の味が口いっぱいに広がる。……海のフォアグラや。いや、それ以上や」

 亮は「沖漬け」を肴に、富山の銘酒『勝駒』を舐めた。

「……直君。沖漬けは、イカがまだ生きているうちに醤油ダレを飲ませて作るそうです。……つまり、彼らもまた『酔っ払い』の仲間なのです」

「タレは酒じゃないけどな。でも、この塩気とコクは酒泥棒や」

 そして、真打ち登場。「氷見の寒ブリ」。冬の富山湾の王者。一番脂が乗った極上のブリだ。(※3月なので名残の時期だが、富山のブリは別格として描写!)

 分厚く切られた刺身。醤油につけると、パッと脂が広がり、醤油を弾く。

「……見てみ、このサシ」

 直が切り身を持ち上げる。

「マグロの大トロみたいや。でも色がもっと健康的や」

 口に入れる。……。

「……ッ!!」

 二人が同時に目を見開く。

「……歯がいらん!」

 直が叫ぶ。

「シャリッとした歯ごたえが一瞬あって、そのあと体温で溶ける! 脂が甘い! 魚臭さがゼロで、果物みたいな甘みがある!」

 亮は、ブリの切り身を光にかざした。

「……キング・オブ・フィッシュ。……この脂は、日本海の荒波を生き抜いた勲章です。私の腹の脂肪(だらしない生活の証)とはわけが違う。……敬礼!」

 さらに「ブリ大根」。富山のブリ大根は、出汁が真っ黒になるほど煮込まれている店も多い。味が染みに染みた大根は、もはや主役級だ。

「……大根が、ブリになろうとしてる」

 亮がハフハフと食べる。

「大根が、ブリの魂を吸い取って、完全に同化しています」


五、富山ブラックラーメン・漆黒の衝撃

 最高の海鮮と日本酒で、完全に出来上がった二人。しかし、富山の夜はこれで終わらない。むしろ、ここからが「試練」だ。

 深夜十一時。千鳥足で向かったのは、繁華街・総曲輪近くのラーメン店『西町大喜にしちょうたいき』……の本店は閉まっている時間だが、その遺伝子を継ぐ、あるいはインスパイア系の深夜営業店へ。目指すは、ご当地ラーメンの極北、「富山ブラックラーメン」だ。

 元々は、肉体労働者の塩分補給のために作られたという、ご飯のおかずになるラーメン。

 店に入ると、醤油の焦げたような香ばしい匂いが充満している。  

「……直君、覚悟はいいですか」

 亮が水をガブ飲みして準備する。

「ここからは『塩』との戦いです」

 着丼。ドンッ!

「……黒い。闇や」

 直が丼を覗き込む。スープは、コーヒー、いや墨汁のように真っ黒。その上には、粗切りのネギと、山盛りの「黒胡椒」。そして、塩の塊のようなチャーシューと、極太メンマ。

「……行くぞ」

 直がレンゲでスープを一口。

 ズズッ。

「……ぐはぁっ!!」

 直が咳き込む。

「……しょっぱ!!! しょっっっっぱ!!! なにこれ、醤油原液!? ……いや、でも……」

 強烈な塩味の後に、豚骨と鶏ガラの旨味、そして魚醤のような深いコクが追いかけてくる。そして黒胡椒のパンチ。

「……癖になる。なんやこれ、脳が拒否してるのに、舌が欲しがる!」

 亮も麺を啜る。麺はスープを吸って茶色く染まっている。

 ズルズルッ。

「……刺激的! 直君、これはラーメンではありません。口の中で起こる『爆発』です。……塩分が、酔った脳みそを直接殴りつけてきます!」

 ここで必須アイテム「白ご飯」を投入。このラーメンは、おかずとして食べるのが正解なのだ。

 濃いスープを吸ったチャーシューを、白飯に乗せて巻いて食べる。

 パクリ。

「……正解!!」

 直がガッツポーズ。

「これや! この塩辛い肉が、白飯の甘さを限界まで引き出す! 米が美味い! 米が止まらん!」

 亮は汗だくになりながら、黒いスープと格闘した。

「……これは『禊』です。昼間の白エビの甘美な夢を、この漆黒の現実(塩分)で洗い流すのです。……人生は甘くない。辛いのだと教えてくれています」

「いや、塩辛いだけやけどな」

 食べ終わる頃には、唇はヒリヒリし、喉はカラカラ。しかし、不思議な爽快感があった。


六、富岩運河・夜の静寂と次なる旅路

 店を出ると、冷たい夜風が火照った顔に心地よい。二人は再び、夜の運河公園(環水公園)の方へ歩いた。ライトアップされた「天門橋」が、水面に映っている。

 亮は、薬売りの柳行李をベンチに置き、紙風船を夜空に向かってポーンと打ち上げた。

「……富山、濃かったな」

 直が自販機の水を飲みながら言う。

「白エビの白、ブラックラーメンの黒。……天国と地獄を味わった気分や」

 亮が落ちてきた紙風船をキャッチした。

「……直君。白と黒、それが人生です。オセロです。……今夜の私たちは、最後にラーメンで挟んだので、すべてが黒(塩分過多)に裏返りました」

「不健康なオセロやな」

 亮は北東の方角を見つめた。北陸道の旅は終わったが、日本海側の旅はまだ続く。

「……次は、新潟です」

「新潟か。……米と酒の王国やな」

「はい。日本一の酒蔵数を誇る、酒飲みの聖地エルサレム。……そして、へぎそば、タレカツ丼、イタリアン(焼きそば)……。炭水化物のパレードが待っています」

「……胃袋のトレーニングが必要やな」

 二人は顔を見合わせて笑った。富山の夜空には、立山連峰のシルエットが白く浮かび上がっている。その雄大さに見守られながら、二人の千鳥足は、次なる酒と美食の地へと続いていく。

「……その前に、直君」

「なんや?」

「……水、もう一本買っていいですか? 喉が渇いて死にそうです」

「自業自得や!」


(第24話・富山編 了)

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