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今宵も、君と千鳥足  作者: 花曇り


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23/31

石川・金沢『黄金の回転寿司と、百万石の酔っ払い』

一、金沢駅・鼓門の下で、殿様、降臨

 三月某日。北陸新幹線も停車する、北陸最大のターミナル・金沢駅。その東口広場には、能楽の鼓をイメージした巨大な木造建築、「鼓門」が鎮座している。世界で最も美しい駅の一つにも選ばれた、圧倒的な威容。観光客たちがカメラを向けるその中心に、一際異彩を放つ男がいた。

「……苦しゅうない。面を上げい」

 午前十時半。湯達 直は、巨大な門の下で頭を抱えていた。相棒の安木 亮が、とんでもない格好をしていたからだ。

 全身金色の羽織袴パーティーグッズ。頭には、長いナマズの尾のような飾りがついた兜(前田利家の兜の模造品)。そして手には、金色の扇子と、なぜか金色の折り紙で作った手裏剣。

「……おい、成金野郎。もとい、バカ殿」

 直が呻くように言った。

「お前、福井の探検隊から、随分と出世したな。加賀百万石の大名気取りか」

 亮は金色の扇子を優雅に開いた。

直衛門なおえもんよ。ここは加賀百万石の城下町。前田家が築き上げた富と文化の結晶都市じゃ。……この煌びやかな衣装こそ、この街への礼儀。私は今、令和の前田利家として、民(観光客)に笑顔を振りまいているのじゃ」

「ただの不審者や。その金色の袴、歩くたびにシャカシャカうるさいねん」

 周囲の外国人観光客が「Oh! Golden Samurai!」と歓声を上げている。亮は「イエス、アイ・アム・ミリオネア・ボーイ」と適当な英語で応えていた。

「行くぞ。まずは庭園や。心を落ち着けんと、俺の血圧が上がって死ぬ」

 直は亮の背中を押し、周遊バスに乗り込んだ。金色の侍がバスに乗るシュールな光景に、車内が一瞬静まり返った。


二、兼六園・雪吊りの幾何学と松の哲学

 バスで十分ほど。日本三名園の一つ、兼六園へ。広大な敷地には、計算し尽くされた池、築山、そして松の木々。三月とはいえ、北陸の風はまだ冷たい。冬の風物詩である「雪吊り」(雪の重みから枝を守るために縄で吊る技法)が、まだ残されていた。

 円錐状に張られた縄の幾何学模様が、松の緑と空の青に映える。

「……見事やな」

 直が立ち止まる。

「機能美やな。木を守るための縄が、これだけのアートになるなんて。職人の技を感じるわ」

 亮は、兜のナマズ尾を揺らしながら、松を見上げた。

「……直衛門。これは単なる園芸ではありません。『愛』です」

「愛?」

「はい。重い雪から枝が折れないように、一本一本、丁寧に縄で支える。……これは束縛ではありません。包容力です。……私も、誰かにこうやって縄で支えてほしい。『飲みすぎても倒れないように』と、私の肝臓に雪吊りをしてほしい」

「肝臓に縄かけても意味ないわ。自制心を持て」

 園内を散策し、霞ヶ池のほとりへ。有名な「ことじ灯籠」の前で記念撮影(亮は扇子を広げてポーズ)。

 茶店で一休みし、「納豆餅」を食べる。金沢では、お正月に納豆餅を食べる風習があるらしい。

「……!」

 直が餅を伸ばす。

「意外やけど美味い。納豆のネバネバと餅のモチモチが、喧嘩せずに融合しとる。……素朴やけど、力が出る味や」


三、近江町市場・海鮮の迷宮と生牡蠣

 昼時。「金沢の台所」と呼ばれる近江町市場へ。狭い路地の両側に、鮮魚店、青果店、飲食店がひしめき合う。威勢のいい掛け声。氷の上で光る魚たち。カニ、甘エビ、ノドグロ、ブリ……。日本海の宝石箱がひっくり返されている。

「……活気がすごい」

 直が人波をかき分ける。

「ここに来ると、腹が減る魔法にかかるな」

 亮は金色の衣装で目立つため、店のおばちゃんたちから

「あら、お殿様! カニ安いよ!」

 と声をかけられまくっている。

「……モテ期到来です、直衛門。やはり男は『ゴールド』を身につけるとモテるのです」

「カモにされてるだけや」

 店頭で「生牡蠣(真牡蠣)」を一つずつ購入。その場で殻を剥いてもらい、レモンを絞ってつるりといただく。

 ジュルッ。

「……んんっ!!」

 直が天を仰ぐ。

「……海! 口の中が完全に日本海! 濃厚なミルクと、キリッとした磯の香り。……飲み込んだ後の余韻だけで、酒が飲める!」

 さらに「ドジョウの蒲焼き」の串もつまみ食い。金沢のドジョウは、開かずに丸ごと串に刺して焼くスタイルだ。甘辛いタレと、独特の苦味がたまらない。

「……これは大人のスナックです」

 亮が串をかじる。

「ビールを呼んでいます。いや、ここは地酒『加賀鳶かがとび』を呼ぶべきか……」


四、回転寿司の劇場・回る至宝たち

 そして、本日のランチのメインイベント。金沢に来てこれを食べずに帰るわけにはいかない。「回転寿司」である。

 ただし、金沢の回転寿司は、全国チェーンのそれとは次元が違う。近海で獲れた超新鮮なネタ、職人が目の前で握る技術。「回る割烹」と言っても過言ではない。

 人気店『もりもり寿し』あるいは『金沢まいもん寿司』へ(長蛇の列だったが、亮の金色の輝きで時間が潰せた)。ようやくカウンター席へ。

「……いくぞ、亮。値段を見るな。欲望のままに取れ」

「御意。……戦の始まりじゃ!」

 タッチパネルなど無視し、板前さんに直接注文する。

 まずは、北陸の赤い宝石「ガスエビ」。甘エビよりも甘いと言われるが、鮮度落ちが早いため県外にはあまり出回らない幻のエビだ。

 パクり。

「……甘ッ!!」

 直が目を見開く。

「なんやこれ、ねっとり感が半端ない! 舌に吸い付いて離れへん。そして噛めば噛むほど、濃厚な甘みが……。甘エビが『子供』なら、これは『魔性の女』や」

 次は、金沢の王様「ノドグロ(アカムツ)」の炙り。「白身のトロ」と呼ばれる高級魚だ。皮目が炙られ、脂がパチパチと音を立てているような照り。

 亮が口に運ぶ。……。亮の動きが止まった。兜のナマズ尾も垂れ下がった。

「……溶けました」

 亮が震える声で言う。

「……直衛門、事件です。魚が口の中で蒸発しました。……脂の旨味だけを残して。これは魚ではありません。海が産んだバターです」

 直も食べる。

「……うわぁ……。炙った香ばしさと、溢れ出る脂。でも全然しつこくない。……これが回転寿司で食えるんか? 金沢市民は普段からこんなもん食ってるんか? 舌が肥えすぎてバカになるぞ」

 さらに、「バイ貝」、「ホタルイカ」、「能登牛の炙り」……。皿が積み上がっていく。ここは回転寿司ではない。味覚のジェットコースターだ。

「……幸せです」

 亮がお茶をすする。

「私、ここに住みます。このレーンの上で暮らします。回ってくる寿司を永遠に食べ続ける妖怪になります」

「営業妨害や」


五、ひがし茶屋街・金箔ソフトと唇の輝き

 満腹の腹を抱え、バスでひがし茶屋街へ。石畳の道、紅殻格子の町家が並ぶ、江戸時代の風情を残すエリア。着物姿の女性たちが行き交う中、金色の甲冑男(亮)が歩く。違和感しかないが、色は馴染んでいる。

 ここでは、伝統工芸品である「金箔」を使った体験やグルメが人気だ。二人は、名物「金箔ソフトクリーム」の店へ。ソフトクリームの上に、10センチ四方の金箔が、贅沢に一枚ペラリと貼られている。

「……豪華すぎる」

 直がソフトクリームを受け取る。

「891円……。味はせえへんはずやけど、気分が高揚するな」

 亮は、自分の金色の衣装に合わせて、ドヤ顔でソフトクリームを掲げた。

「……見よ、これぞ共食い。黄金の騎士が黄金を食らう。……私の体内純度が上がっていくのを感じます」

 ガブリ。

 亮の唇に、金箔がべったりと張り付いた。まるでツタンカーメンのような、黄金の唇になった。

「……ぶっ!」

 直が吹き出す。

「お前、唇が! 叶姉妹もびっくりやぞ! ゴージャスすぎる!」

 亮は真顔(唇は金色)で言った。

「……直衛門。私のキスは今、時価数千円の価値があります。どうですか?」

「いらんわ! 気持ち悪い!」

 その後、重要文化財の茶屋建築『志摩』を見学。三味線の音色が聞こえる座敷で、静かにお抹茶をいただく。亮は、金色の唇でお菓子(落雁)を食べていたが、その瞳には珍しく真面目な色が宿っていた。

「……粋ですね」

 亮が庭を眺める。

「派手なだけじゃない。陰影がある。……金沢の文化は、暗い冬があるからこそ、室内で華やかに遊ぶ知恵が発達したんですね」

「お前も、ただの派手な酔っ払いじゃなくて、少しは『粋』を身につけろよ」


六、21世紀美術館・プールと現代アート

 夕方。金沢21世紀美術館へ。円形のガラス張りの建物は、公園のように開放的だ。有名なレアンドロ・エルリッヒの『スイミング・プール』を見る。上から見ると水が入っているように見えるが、実際はガラスの上に水が張られているだけで、下は人が入れる空間になっている。

 地下部分に入り、上を見上げる。ゆらゆらと揺れる水面越しに、地上の人々の顔が見える。

「……不思議な感覚や」

 直が上を見上げる。

「水の中にいるのに、息ができる。……まるで俺たちの日常みたいやな」

「どういうことや?」

「酒という海に溺れているようで、ギリギリ社会生活を送っている(息をしている)俺たちそのものです」

「……深いな。いや、浅いか?」

 現代アートの数々に触れ、二人の脳みそは少し柔らかくなった(気がした)。外の広場にある「カラー・アクティヴィティ・ハウス」で、色のついた壁越しに風景を見る。  夕焼けが、シアン、マゼンタ、イエローに染まっていく。


七、片町・金沢おでんの温もり

 日が暮れると、金沢はまた別の顔を見せる。北陸一の繁華街・片町から、少し入った香林坊や木倉町の路地へ。今夜の目当ては、冬の金沢のソウルフード、「金沢おでん」だ。人口あたりのおでん屋の数が日本一とも言われる金沢。その特徴は、上品な出汁と、独特の具材(おでん種)にある。

 赤提灯が揺れる老舗『赤玉』または『三幸』へ。店内は湯気と出汁の香りで満ちている。カウンターに座り、まずは熱燗。地酒『天狗舞』の山廃仕込み。黄金色の酒を、ちろりで温めてもらう。

「……くぅぅぅ……」

 直が猪口を置く。

「……濃い。山廃独特の酸味とコクが、冷えた体にガツンと来る。……これぞ北陸の酒や」

 そして、おでん。まずは絶対外せない「カニめん」。香箱ガニ(ズワイガニの雌)の甲羅に、身と内子・外子を詰め込んだ、贅沢極まりない一品。(※通常は冬限定だが、物語の都合上、あるいは名残の時期として堪能!)

「……芸術品や」

 直が甲羅を持ち上げる。出汁をたっぷり吸っている。箸で崩して口へ。

「……!!」

 直が唸る。

「……カニの全てがここにある。内子のホクホク感、外子のプチプチ感、身の甘み……。それが出汁と一体化して……。これはおでんの王様や」

 次は、金沢特有の「車麩。ドーナツのような大きな麩だ。

 亮が大きな一口でかじりつく。

 ジュワワワワ……。

「……洪水です」

 亮が口元を拭う。

「噛んだ瞬間、出汁のダムが決壊しました。……この麩、ただのスポンジではありません。旨味の貯蔵庫です。優しさが致死量を超えています」

 さらに、「バイ貝」、「赤巻(あかまき・蒲鉾)」、「春菊」。金沢の出汁は、透き通った金色で、ほんのり甘めだがキレがある。

「……いくらでも食える」

 直が出汁まで飲み干す。

「体中の細胞が、出汁を求めてるのがわかる」


八、治部煮と加賀野菜・武家の味

 おでん屋を出て、もう一軒。今度は少し落ち着いた小料理屋『和心』へ。金沢の郷土料理「治部煮」を味わうためだ。鴨肉に小麦粉をまぶし、加賀野菜(すだれ麩、しいたけ、青菜など)と一緒にとろみのある出汁で煮た料理。ワサビを添えていただく。漆塗りの椀で運ばれてきた。

「……とろみがええな」

 直が鴨肉を箸でつまむ。小麦粉がコーティングして旨味を閉じ込めている。ワサビを少し乗せてパクり。

「……あ、上品」

 直が呟く。

「甘辛い出汁なんやけど、鴨の野性味があって、最後にワサビが全体を引き締める。……これは酒のアテであり、ご飯のおかずであり、完成された料理やな」

 亮は、地酒『菊姫』を舐めながら、しみじみと言った。

「……直衛門。金沢の料理は『重ねる』文化ですね。出汁を重ね、手間を重ね、漆を重ねる。……私たちの旅も、こうやって思い出を重ねて、いつか深い味が出るのでしょうか」

「……お前のコスプレは、ただ服を重ねてるだけやけどな」

「む。……しかし、この治部煮。鴨がネギではなく、麩や野菜を背負ってやってきた。……素晴らしいチームワークです」


九、犀川の夜風・男川のほとりで

 深夜。ほろ酔いの二人は、街の中心を流れる犀川の河川敷を歩いた。文豪・室生犀星が愛した川であり、優美な浅野川(女川)に対し、力強い流れから「男川」と呼ばれる。

 川風が冷たいが、酒が入った体には心地よい。亮は、兜を脱いで脇に抱え、金色の袴で座り込んだ。

「……ふぅ。食ったな、金沢」

 直が夜空を見上げる。

「回転寿司の衝撃、おでんの温かさ、治部煮の品格。……加賀百万石、恐るべしや」

 亮は川面を見つめながら言った。

「……直君。百万石というのは、米の取れ高、つまり経済力のことですが、今夜の私たちは、カロリー百万石でしたね」

「やかましいわ。明日はどうする?」

 亮は北の方角、闇の向こうを指差した。

「……北陸の旅はまだ終わりません。次は、富山です」

「富山か。黒部ダム、立山連峰……」

「そして、海です。富山湾の神秘・ホタルイカ。宝石・白エビ。そして……漆黒のスープ『富山ブラックラーメン』が待っています」

「……ラーメンか。また濃いのが来そうやな」

「ええ。胃袋の休まる暇はありません。……さあ、帰りましょう。殿様も眠くなってきました」

 二人は立ち上がり、夜の街へと戻っていく。金色の衣装が、街灯に照らされてキラリと光る。千鳥足の足音が、犀川のせせらぎと重なり、消えていった。

 金沢の夜は、雅やかに、そして満腹感とともに更けていく。


(第23話 了)

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