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今宵も、君と千鳥足  作者: 花曇り


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22/31

福井・越前『恐竜の咆哮と、禅とへしこの塩辛い夜』

一、福井駅・ジュラシックおじさん

 三月某日。特急「サンダーバード」が滑り込んだのは、北陸の玄関口・福井駅。ホームに降り立った瞬間、どこからともなく「グオオオオ……」という野太い鳴き声が聞こえてきた。駅前の広場には、実物大の恐竜ロボットたちが首を振って咆哮している。ここは「恐竜王国・福井」なのだ。

 午前十時。湯達 直は、動くティラノサウルスを見上げながら苦笑した。

「……すごいな。駅前がジュラシック・パークや。自治体の本気を感じるわ」

 直は今日、北陸の変わりやすい天候に備え、防水の効いたマウンテンパーカーにデニムという実用的な装い。だが、隣にいる相棒・安木 亮は、時空どころか生物の分類を超越しようとしていた。

「……生命は、必ず道を見つける(Life finds a way)……」

 亮は、カーキ色の探検隊シャツにショートパンツ、首にはスカーフ、頭にはサファリハット(ピスヘルメット)を被り、手にはピッケル(おもちゃ)と虫眼鏡を持っていた。完全に映画『ジュラシック・パーク』のアラン・グラント博士のコスプレである。

「……おい、博士。これから発掘にでも行くんか」

 直が冷ややかに声をかける。

 亮は虫眼鏡で直の顔を覗き込みながら、重々しく頷いた。

「直君、ここは化石の聖地です。しかし、私が発掘するのは骨ではありません。……一億年の地層に眠る『琥珀色の液体ビール』と、太古のロマン(つまみ)です」

「地層にビールは埋まってないぞ。……あと、その半ズボン、寒くないんか? 日本海側の風は冷たいぞ」

「……心頭滅却すれば火もまた涼し、ならぬ、アルコール摂取すれば風もまた暖かし、です」

「やかましいわ。行くぞ、まずは心を清めるんや」

 二人はレンタカーを借り(もちろん運転は直だ)、山深い聖地へと車を走らせた。


二、永平寺・杉木立の静寂と煩悩の塊

 福井市街から車で約三十分。曹洞宗の大本山、永平寺。七〇〇年以上の歴史を持ち、今も多くの雲水(修行僧)たちが厳しい修行に励む、禅の道場である。

 参道に足を踏み入れると、空気が一変した。樹齢数百年を超える杉の巨木が立ち並び、苔むした石垣が緑に輝いている。聞こえるのは、風が梢を揺らす音と、遠くで響く鐘の音だけ。

「……空気が、痛いほど澄んでる」

 直が思わず背筋を伸ばす。

「滋賀の比叡山とも、京都の寺とも違う。ここは観光地というより、生きた修行の場やな」

 亮も、さすがにふざけるのをやめ、サファリハットを脱いだ。

「……直君。この静寂……。私の頭の中のノイズ(昨夜のカラオケの残響)が消えていきます。……ここでは、呼吸一つが修行なのですね」

 回廊を歩く。磨き上げられた床は鏡のように黒光りしており、塵一つ落ちていない。すれ違う修行僧たちは、無言で深く一礼し、風のように音もなく歩いていく。

「……すごい」

 亮が小声で囁く。

「彼らの歩き方、無駄がありません。……私のように、千鳥足で右往左往する人生とは対極にあります」

「自覚はあるんやな」

 法堂で参拝し、少し座って目を閉じてみた。ただ、座る。只管打坐。

 シーン……。

 五分後。亮の腹が「グゥ〜〜〜ッ」と盛大に鳴り響いた。静寂の回廊に、空腹のファンファーレがこだまする。

「……ッ!」

 直が吹き出しそうになるのを必死で堪え、亮の脇腹を突いた。

「お前、煩悩の塊か!」

 亮は真っ赤な顔で言い訳した。

「ち、違います直君! これは腹の虫が『悟りを開いた』と歓喜の声を上げたのです!」

「嘘つけ! 腹減っただけやろ!」

 結局、二人は修行僧のようなストイックさには程遠く、逃げるように寺を後にした。門を出た瞬間、亮が言った。

「……直君。悟りました。空とは、胃袋が空であることです。……つまり、何かを詰め込まねばなりません」


三、越前おろしそばとソースカツ丼・辛味と甘味の無限ループ

 正午。永平寺の門前町でランチタイム。福井グルメの二大巨頭、「越前おろしそば」と「ソースカツ丼」のセットを狙う。老舗の蕎麦屋『古都』へ。

 運ばれてきたのは、二つの丼。まずは「越前おろしそば」。冷たい出汁の中に、大根おろしがたっぷり入っており、その中に黒っぽい田舎蕎麦が浸かっている。上にはカツオ節とネギ。

「……大根おろし、たっぷりやな」

 直がズルッと啜る。

 ブフォッ!!

「……辛ッ!!」

 直が目を白黒させる。

「……なんやこの大根! めっちゃ辛い! 鼻にツーンと抜ける刺激が、ワサビ以上や! ……でも、蕎麦の香りが強くて、噛みごたえがあって……美味い!」

 福井の大根(辛味大根)は、ピリッとした辛さが特徴だ。これが蕎麦の甘みを引き立てる。

 亮も涙目で啜った。

「……直君、これは『食べる往復ビンタ』です。辛さで目が覚めます。……永平寺で眠りかけた私の精神を、大根が叩き起こしてくれました」

 口の中がヒリヒリしたところで、「ソースカツ丼」へ。福井のカツ丼は、卵とじではない。薄く叩いたカツを、ウスターソースベースのタレに潜らせ、ご飯の上に乗せたものだ。

 ガブリ。サクッ。

「……!」

 直が笑みを浮かべる。

「……優しい。ソースが甘酸っぱくて、細かいパン粉に染み込んでる。……さっきの辛さが嘘のように中和されるわ」

 亮は、交互に食べる「三角食べ」ならぬ「往復食べ」を始めた。

「……そばで殴られ、カツ丼で慰められる。……アメとムチ。ツンデレです。このセットは、完全にDV彼氏の構造ですが、離れられません」

「例えが悪いわ! でも確かに、この無限ループは止まらん」

 辛味でリセットされ、また揚げ物が欲しくなる。二人はあっという間に完食した。最後に蕎麦湯を飲むと、大根の辛さがまろやかになり、胃がぽかぽかと温まった。


四、恐竜博物館・少年の心を取り戻せ

 腹を満たした二人は、勝山市にある「福井県立恐竜博物館」へ。世界三大恐竜博物館の一つに数えられる、巨大な施設だ。銀色に輝く卵型のドームが見えてくる。

「……秘密基地や」

 直がハンドルを握りながら興奮気味に言う。

「山の中にいきなり現れる未来都市みたいやな」

 館内に入り、長いエスカレーターで地下へ降りていく。まるでタイムトンネルだ。

 メインホールに出ると、巨大なティラノサウルスの全身骨格や、動くロボットが出迎える。

「……おおおおお!!」

 亮が(コスプレをしているため違和感なく)駆け寄る。

「……ブラキオサウルス! トリケラトプス! 会いたかったぞ、太古の友人たちよ!」

 亮は、展示ケースに張り付いて、子供たちに混じって解説を読み耽った。

「……直君、知っていますか? 最近の学説では、ティラノサウルスには羽毛があったかもしれないそうです。……つまり、彼は巨大な焼き鳥(原材料)だった可能性があるのです」

「すぐ食べ物に結びつけるな」

 さらに、フクイラプトルなどの福井で発見された恐竜の展示を見る。

「……日本にも、こんなのが歩いてたんやなあ」

 直が骨格標本を見上げる。

「一億年前、ここで彼らが狩りをしたり、寝たりしてたんかと思うと、なんか自分の悩みがちっぽけに思えるわ」

 亮は、ティラノサウルスのロボットの前で、真剣な顔で語り始めた。

「……直君。恐竜たちは滅びました。しかし、彼らは鳥へと進化し、空を飛んだ。……私たちも、今はただの酔っ払いですが、いつか進化して……」

「何になるんや?」

「……アルコールをエネルギーに変えて飛ぶ、バイオエタノール人間です」

「それはただの可燃物や。燃えるゴミや」

 結局、二人はミュージアムショップで恐竜フィギュアを買い込み、童心に帰って大はしゃぎした。


五、東尋坊・サスペンスと夕陽

 夕刻。日本海に面した断崖絶壁、東尋坊へ。サスペンスドラマのクライマックスでおなじみの場所だ。柱状節理と呼ばれる、六角形の岩柱が海面から突き出している。

 強い風が吹き荒れている。波が岩に砕け、白い飛沫を上げている。

「……怖い怖い怖い!」

 直がへっぴり腰で崖を覗き込む。

「柵がない! 落ちたら一巻の終わりやぞ!」

 亮は、風に帽子を飛ばされないよう押さえながら、海に向かって叫んだ。

「……犯人はお前だーーッ!!」

「誰も聞いてへんわ!」

 夕陽が水平線に沈もうとしている。荒々しい岩肌が、赤く染まっていく。

「……でも、綺麗やな」

 直が風に吹かれながら言う。

「厳しい自然やけど、圧倒的な美しさがある。……日本海側の夕陽って、なんか哀愁があるよな」

 亮はポケットからスキットル(中身はウイスキー)を取り出した。

「……直君。この荒波が、美味しい魚を育てるんです。厳しさが旨味を作る。……私たちの人生も、この荒波のような社会に揉まれて、きっと良い『出汁』が出ているはずです」

「出汁が出る前に干からびそうやけどな。……さあ、冷えてきた。街へ戻って、その『荒波の恵み』を食うぞ」


六、越前がにとへしこ・発酵と鮮度の饗宴

 夜。福井市随一の繁華街・片町へ。地元の食通が通う割烹居酒屋『越前 浜の台所』の暖簾をくぐる。

 カウンターには、新鮮な魚介類がずらりと並んでいる。だが、今夜の王様は決まっている。「越前がに(ズワイガニ)」だ。(※季節が三月なので、水ガニか、名残のズワイか、あるいは冷凍技術の粋を集めたものか、そこは物語の魔法で極上のものを!)

 大皿に乗った、茹でたての赤い宝石。黄色いタグがブランドの証だ。

「……神々しい」

 亮が手を合わせる。

「カニ様。貴方に会うために、ここまで来ました」

 無言の時間が始まる。カニを食べる時、人は寡黙になる。

 パキッ。ポキッ。

 身をほじくり出し、口へ運ぶ。

「……あまッ!!」

 直が目を見開く。

「……繊維が繊細で、口の中でほどける。そして、噛むと濃厚な甘みがジュワッと広がる……。カニ酢なんていらん。そのままで完成された味や」

 そして、甲羅の中の「カニ味噌」。直が少し炙ってもらった味噌を、箸の先ですくう。

「……これはアカン。犯罪的な旨味や。……濃厚な海のチーズ。磯の香りと、独特の苦味とコク。……日本酒! 日本酒持ってこい!」

 合わせる酒は、福井の至宝『黒龍』の大吟醸。龍のように力強く、かつ絹のように滑らかな酒だ。

「……合わないわけがない」

 亮が味噌を舐め、酒を含む。

「……味噌のコクを、酒が洗い流し、また味噌が欲しくなる。……これは『味覚の永久機関』です」

 しかし、福井の夜はこれで終わらない。次に現れたのは、「へしこ」の刺身と炙り。鯖を塩漬けにし、さらに糠に漬け込んで長期熟成させた、福井の伝統保存食だ。

「……これが噂のへしこか」

 直が恐る恐る箸を伸ばす。

「鮒ずしよりは食べやすそうやけど……」

 パクり。

「……!!」

 直が衝撃を受ける。

「……塩辛ッ!! でも……美味ッ!! なにこれ、塩気の中に、魚の旨味が凝縮されすぎて、爆弾みたいになっとる!」

 亮は、炙ったへしこをかじった。

「……直君。これは『和製アンチョビ』を超えています。糠の香ばしさと、熟成されたアミノ酸の結晶。……これ一切れで、酒が一合飲めます。いや、白飯なら三杯いけます」

 たまらず「白飯」を注文。熱々のご飯に、へしこを乗せて食べる。

「……最高や」

 直がかっこむ。

「塩辛いへしこと、甘い白飯。日本人に生まれてよかったと思う瞬間ランキング、堂々の一位や」

 さらに「甘エビ」の刺身も追加。福井の甘エビは、とろけるような粘りと甘さが特徴だ。青い卵(子持ち)がついている。

「……青い宝石です」

 亮がエビの頭をチュウチュウ吸う。

「味噌が甘い。身がねっとりと舌に絡みつく。……福井の海は、どれだけ私たちを甘やかせば気が済むのでしょう」


七、屋台のラーメン・北陸の夜風に吹かれて

 宴を終え、店を出てもまだ食べ足りない(飲み足りない)二人。福井の夜の締めといえば、駅前などで見かける「屋台ラーメン」だ。チャルメラの音が聞こえてきそうな、昔ながらの中華そば。

 赤提灯に誘われて、屋台の席に座る。

「……おじちゃん、ラーメン二つ」

 湯気の向こうで、店主が麺を茹でる。出てきたのは、透き通った黄金色のスープのラーメン。具はチャーシュー、メンマ、ネギ、ハム。シンプル・イズ・ベスト。

 ズズッ。ハフハフ。

「……染みるぅぅぅ……」

 直が天を仰ぐ。

「……あっさり鶏ガラ醤油。飲んだ後の胃袋に、優しく染み渡る。……カニやへしこの濃厚な味の後に、この素朴さが泣けるわ」

 亮はコショウをたっぷり振って啜った。

「……直君。このラーメンは『家』です。どんなに遠くへ行っても、最後に戻ってくる場所。……北陸の寒空の下で食べるからこそ、この温かさが身に沁みます」

 食べ終える頃には、体もポカポカになっていた。ホテルへの帰り道。夜空を見上げると、星が綺麗に見えた。

「……福井、ええとこやったな」

 直が息を白くさせながら言う。

「恐竜にロマンを感じて、禅で心を洗って(洗えてないけど)、最高の魚を食う。……バランスが良い」

「ええ。心技体、すべてが整いました」

 亮が探検隊の帽子を被り直す。

「さて、直君。北陸道はまだ続きます。次は『加賀百万石』の城下町です」

「……石川・金沢か」

 直がニヤリと笑う。

「黄金の茶室に、日本三名園・兼六園。そして回転寿司のレベルが日本一と噂の街や」

「望むところです。……私の胃袋ゴールドラッシュは、まだ始まったばかりですよ」

 二人の影が、恐竜のモニュメントの下で長く伸びる。  静まり返った駅前で、ティラノサウルスが「また来いよ」と言うように、小さく唸った気がした。


(第22話 了)

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