表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今宵も、君と千鳥足  作者: 花曇り


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/31

京都・前編『千本鳥居の迷宮と、先斗町のあやかし』

一、京都駅・新選組、未来に降り立つ

 三月某日。京都駅。巨大なガラスと鉄骨で構成されたその駅舎は、古都の玄関口というよりは、宇宙ステーションのようだった。  行き交う人々は多国籍。英語、中国語、フランス語が飛び交い、キャリーケースの車輪音が轟音のように響く。

 午前九時半。湯達 直は、中央改札口の人混みの中で、眉間を押さえていた。

「……人が多い。奈良の鹿の数どころじゃない。これは『人酔い』しそうや」

 直は今日、京都の格式に負けないよう、ネイビーのジャケットに白いシャツ、革靴という、少し気取った「よそ行き」スタイルだ。  だが、隣にいる男は、またしても時空とTPOを粉砕していた。

「……御用改ごようあらためである!!」

 相棒の安木 亮である。鮮やかな浅葱色の羽織。背中には白く染め抜かれた「誠」の文字。腰には大小二本の(模造)刀を差し、頭には「新選組」と書かれたハチマキを巻いている。

「……おい、局長。もとい、変質者」

 直が冷徹な声で呼びかける。

「ここはお前の屯所じゃない。令和の京都駅や。通報される前にその刀をロッカーに入れろ」

 亮は刀の柄に手をかけたまま、鋭い眼光(サングラス着用)で周囲を威嚇した。

「直君、油断してはなりません。京の都は魑魅魍魎が跋扈する魔都。不逞浪士たちが、美味しい酒を独り占めしようと狙っているのです。私は『酒選組』一番隊組長として、京の治安と酒瓶を守らねばなりません」

「酒選組って何や。ただのアル中集団か。……行くぞ、まずは伏見や」

 直は亮の背中を押し、JR奈良線へと向かった。周囲の外国人観光客が「Oh! Samurai!」と喜んで写真を撮っている。亮は満更でもない顔で「イエス、アイ・アム・ラスト・サムライ」とピースサインを返していた。京都の旅は、開幕からカオスの予感がした。


二、伏見稲荷・あかいトンネルと狐の誘惑

 電車で約五分。稲荷駅に降り立つと、目の前には鮮やかな朱色の鳥居がそびえ立っていた。全国に三万社あるといわれる稲荷神社の総本宮、伏見稲荷大社である。

 参道は凄まじい混雑だったが、一歩境内に入ると、どこか張り詰めた空気が漂う。狛犬ならぬ「狛狐」たちが、鋭い目つきで参拝者を見下ろしている。

「……見てください、直君」

 亮が狐の像を指差す。

「あの狐さん、口に稲穂をくわえています。……あれは『米』です。つまり、日本酒の原料です。彼らもまた、酒の神の使いなのです」 「五穀豊穣の神様やからな。あながち間違いではないけど、思考回路が全部酒やな」

 本殿で参拝を済ませ、いよいよ名物「千本鳥居」へ。朱色の鳥居が隙間なく並び、終わりのないトンネルを作っている。一歩踏み入れると、世界が朱色に染まる。

「……異界やな」

 直が息を呑む。

「外の光が鳥居を通して赤く変わり、平衡感覚がおかしくなりそうや」

 亮は刀を押さえながら、鳥居の中を歩く。

「……直君、これは産道です。私たちは今、母なる神の胎内を歩いています。……このトンネルを抜けた時、私たちは二日酔いのない新しい人間に生まれ変わるのです」

「さっき奈良でも似たようなこと言うてたな。全然生まれ変わってへんけど」

 奥へ進むにつれ、観光客の数は減り、静寂が増していく。おもかる石を持ち上げ(二人とも「重ッ!」と叫んだ)、さらに山を登る。三ツ辻あたりまで来ると、息が上がってきた。

「……ハァ、ハァ……。直君……新選組の活動限界が……」

 亮が鳥居に寄りかかる。

「……水分補給が必要です。……命の水(酒)を……」

 茶屋で休憩。甘酒を注文した。

「……!」

 亮が甘酒をすする。

「……沁みる! 生姜の辛味と、麹の甘みが、疲れた筋肉に直接点滴されているようです。……直君、これは『飲む点滴』ではありません。『飲むガソリン』です」


三、伏見酒蔵界隈・名水と焼き鳥の昼餉

 山を降り、京阪電車で少し移動して伏見桃山エリアへ。ここは、かつて豊臣秀吉が城下町として整備し、江戸時代には水運で栄えた場所。そして何より、日本有数の酒処である。

 壕川沿いの柳並木を歩く。白壁の土蔵、黒い板塀。酒蔵の煙突からは、ほのかに蒸米の香りが漂ってくる。

「……嗅いでください、直君」

 亮が鼻を大きく広げる。

「この空気中のアルコール濃度。……呼吸するだけで酔えそうです。ここは私にとっての酸素カプセルです」

 向かったのは、老舗酒蔵『山本本家』が直営する鳥料理店『鳥せい』。酒蔵を改装した店内は、太い梁と高い天井が印象的だ。店の中央には、湧き水が出るタンクがある。伏見の仕込み水「伏水」だ。

「まずは水を飲め」

 直がコップに水を汲む。

「伏見の酒が美味いのは、この水のおかげや。ミネラルバランスが絶妙な中硬水。……これが、あの柔らかい『女酒』を生むんや」

 亮が水を飲む。

「……まろやかです。喉に引っかからない。……まるで絹のようです。この水で顔を洗ったら、新垣結衣になれそうです」

「なれるか!」

 注文したのは、「焼き鳥の盛り合わせ」と、名物「蔵出し生原酒」。タンクから直接注がれた生原酒は、淡い琥珀色をしている。

 乾杯。カチャン。

「……くぅぅぅ……ッ!」

 直が唸る。

「……フレッシュ! 加熱処理してないから、酵母が生きてる感じがする。フルーティーやけど、後味はスッキリ。……これが水の力か」

 焼き鳥を頬張る。炭火の香ばしさと、甘辛いタレ。

「……直君、鶏肉がプリプリです。このタレ、ただの醤油ではありません。酒の旨味が凝縮されています。……焼き鳥を食べて、酒を流し込む。これは、鶏と米の感動の再会です。親子丼ならぬ、他人丼の奇跡です」

 さらに「酒粕汁」を啜る。

「……はふぅ。……温まる。体の芯からポカポカしてくる。……酒粕は、酒造りの残りカスではありません。神様が私たちに残してくれた『ギフト』です」

 二人は、昼から四合瓶を空けてしまった。新選組の羽織が、心なしか赤らんで見えた。


四、清水寺・舞台からの決死のダイブ(気分)

 ほろ酔いで電車に乗り、祇園四条へ。そこからバスに揺られ、清水道で下車。急な坂道「茶わん坂」を登り、目指すは世界遺産・清水寺。

 観光客の波をかき分け、仁王門をくぐる。随求堂の「胎内めぐり」は行列だったのでパスし、本堂へ。

 そして、有名な「清水の舞台」。高さ十三メートル。釘を一本も使わない「懸造り」の木造建築。眼下には、京都の街並みが一望できる。

「……絶景やな」

 直が手すりから身を乗り出す。

「遠くに京都タワーが見える。……こうして見ると、京都は盆地なんやなってよくわかるわ」

 亮は、少し腰が引けていた。

「……直君、高いです。高所恐怖症の新選組には厳しい任務です。……足元の板の隙間から、地獄が見えます」

「『清水の舞台から飛び降りる』って言うやろ。覚悟を決めて何かをする時のことわざや」

「……私にとっての『飛び降りる』は、高級寿司屋で『おまかせ』を頼む時です」 「スケールちっさ!」

 参拝を終え、音羽の滝へ。三筋の滝があり、それぞれ「学問」「恋愛」「延命長寿」のご利益があると言われている。長い柄杓で水を汲む。

 亮は迷わず真ん中の水を飲んだ。

「……恋愛成就ですか?」

 直が聞く。

「いいえ、真ん中が一番水圧が強そうだったので。……勢いのある人生を送りたくて」

「意味不明な選び方すな。しかも欲張って全部飲もうとしてたやろ」

 帰りは三年坂(産寧坂)を下る。「ここで転ぶと三年以内に死ぬ」という恐ろしい言い伝えがある坂だ。

 亮は慎重に、ペンギンのように歩いていた。

「……直君、手を繋ぎませんか。私が転んで三年後に死んだら、誰が君と酒を飲むのですか」

「俺は一人で飲むから大丈夫や。あと、おっさんと手は繋がん」

 途中、「八ッ橋シュークリーム」を食べ歩き。ニッキ(シナモン)の香りが効いたカスタードクリームが、甘く切なく広がる。

「……ニッキの香り。これが京都の香りですね」

 亮が口の周りにクリームをつけながら言う。

「古臭いようで、新しい。……温故知新の味がします」


五、先斗町・細路地の魔力

 夕暮れ時。鴨川沿いにカップルたちが等間隔で並び始める頃(通称「鴨川等間隔」)、二人は四条大橋の袂に立っていた。目指すは、京都一の風情ある花街・先斗町。

 鴨川と木屋町通の間にある、幅二メートルほどの細長い路地。両側には、紅殻格子の茶屋や料理店がひしめき合い、軒先には千鳥の紋が入った提灯が揺れている。

「……雰囲気あるなあ」

 直が路地に足を踏み入れる。

「一気に空気が変わった。湿り気を帯びた、大人の夜の匂いや」

 亮は羽織の襟を正した。

「……直君、ここからは戦場です。『一見さんお断り』という結界が張られた店も多い。……私たちの酒飲みとしての品格が試されます」

「お前のその格好が一番品格下げとるけどな」

 路地を進むと、三味線の音色がどこからか聞こえてくる。舞妓さんらしき姿が、ふわりと横切った。

「……! いました! 今、天使が!」

 亮が小声で叫ぶ。

「白塗りの妖精が! 直君、追いかけましょう。彼女の簪になりたい!」

「やめろ、ストーカーで捕まるぞ」

 二人が選んだのは、路地の中程にある、京町家を改装したおばんざいの店『京あかり』。幸い、「おこしやす」と優しく迎え入れられた。

 通されたのは、カウンター席。目の前には、大鉢に盛られた色とりどりのおばんざい(惣菜)が並んでいる。

「……壮観です」

 亮がうっとりと鉢を眺める。

「宝石箱です。煮物、和え物、焼き物……。どれも茶色や緑色で地味に見えますが、それぞれが主役級のオーラを放っています」


六、京のおばんざい・出汁の海に溺れる

 まずは京都の地酒『澤屋』で乾杯。シュワっとした微発泡感があり、酸味が心地よい。

 料理の第一弾は、「万願寺唐辛子とじゃこの炊いたん」。京野菜の代表格、大きくて甘い万願寺唐辛子を、ちりめんじゃこと出汁で煮含めたもの。

 パクり。ジュワッ……。

「……優しい!」

 直が目を細める。

「唐辛子なのに全然辛くない。肉厚な果肉から、お出汁が溢れ出してくる……。じゃこの塩気がアクセントになって、酒が進むわぁ」

 次は、「鰊なす」。身欠き鰊とナスを炊き合わせた、京都の伝統料理。

 亮がナスを口に運ぶ。

「……とろけます。ナスが、鰊の旨味を全部吸い込んで、トロトロになっています。……これは『旨味のスポンジ』です。鰊のほろ苦さが、大人の階段を駆け上がらせます」

 そして、真打ち「だし巻き卵」。京都のだし巻きは、関東の甘い卵焼きとは違う。出汁の量が半端ではない。皿の上で、ぷるぷると震えている。

 箸を入れると、出汁がじゅわっと染み出す。

「……飲み物や、これ」

 直がハフハフと言いながら食べる。

「卵の味より、出汁の味が強い。カツオと昆布の香りが口いっぱいに広がる……。これは、食べるスープや」

 亮は、カウンターの奥にいる女将さんの所作に見惚れていた。

「……直君。京都の料理は『引き算』ですね。余計な味付けをせず、素材と出汁の力だけで勝負する。……私の新選組コスプレのような『足し算』とは対極にある美学です」

「わかってるなら脱げよ」

 シメには、「鯖寿司」を注文。分厚い鯖の身に、薄い昆布(白板昆布)が乗っている。奈良の柿の葉寿司とは違い、棒寿司スタイルだ。

 一切れが大きい。大口を開けて頬張る。

「……!!」

 二人同時に動きが止まる。

「……脂が! すごい!」

 直が悶絶する。

「肉厚な鯖の脂が、酢飯と混ざり合って……濃厚! でも昆布の旨味が全体をまとめてるから、しつこくない。……これは酒泥棒や! 逮捕する!」

 亮は涙ぐんでいた。

「……鯖さん。君は海で泳いでいた時、こんなに美味しくなると知っていましたか? ……ありがとう。私の血となり肉となって、明日の二日酔いと戦ってください」


七、BAR・鴨川の夜風と本音

 おばんざいで腹を満たした二人は、少しクールダウンするために、先斗町の奥にあるオーセンティックバー『K』へ入った。薄暗い店内。バックバーには世界中の洋酒が並び、窓の外には鴨川の夜景と、対岸の南座の灯りが見える。

 直は「マティーニ」、亮は「季の美(きのび・京都のクラフトジン)」のジントニックを頼んだ。

 カラン……。

 氷の音が響く。

「……今日はよう歩いたな」

 直がグラスを傾ける。

「伏見の山登りから始まって、清水寺、そして先斗町。……京都は狭いようで深いわ」

 亮はジントニックの柚子の香りを楽しみながら、静かに言った。

「……直君。『一見さんお断り』の本当の意味を知っていますか?」

「なんや、急に」 「あれは、意地悪じゃないんです。『馴染みのお客さんを大切にしたい』『信頼関係のない人を入れて、場の空気を壊したくない』という、店側の誠意であり、防衛本能なんですよ」

「……ほう。お前がそんな真ともなことを言うとは」

「京都の人は『いけず(意地悪)』だと言われますが、それは『ぶぶ漬け(お茶漬け)でもどうどす?(=早く帰れ)』のような、遠回しの配慮でもあるんです。……直接言って傷つけないための、高度なコミュニケーション技術なのです」

「なるほどな。……で、何が言いたいんや?」

 亮はニヤリと笑った。

「つまり、私たちが今日、どの店でも追い出されなかったのは、私たちの『酒飲みとしての品格』が、京都の結界を突破したということです! 私たちは選ばれし勇者なのです!」

「……単に観光客慣れしてる店やっただけやと思うけどな」

 店を出ると、夜風が少し冷たかった。二人は鴨川の河川敷に降りた。等間隔に座るカップルたちの隙間に、おっさん二人が座り込む。

 川のせせらぎ。遠くに見える街の灯り。

「……ええ夜や」

 直が足を伸ばす。

「明日はどうする? 嵐山か? 金閣寺か?」

 亮は、懐からコンビニで買った缶チューハイ(まだ飲む気だ)を取り出した。

「明日は【後編】です。嵐山の竹林で『かぐや姫』を探し、夜は祇園の奥座敷で舞妓さんと野球拳をする予定です(妄想)」

「野球拳はせんわ。……でもまあ、明日も楽しみやな」

 乾杯。缶がぶつかる軽い音が、鴨川の闇に吸い込まれていく。千年の都の夜は、酔っ払い二人を、深く静かに飲み込んでいった。  新選組の羽織が、夜風にはためいていた。


(第19話・京都前編 了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ