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今宵も、君と千鳥足  作者: 花曇り


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17/31

愛知・名古屋『黄金のシャチホコと、茶色い美食(グルメ)帝国』

一、モーニング・小倉トーストという甘い罠

 三月某日。新幹線「のぞみ」で新大阪からわずか五十分。二人は名古屋駅(通称・名駅)のホームに立っていた。大都会である。高層ビルが林立し、地下街は迷宮のように広がっている。

 午前八時半。湯達 直は、駅のコンコースで周囲を見渡した。

「……すごい人や。大阪とも東京とも違う、独特の忙しなさがあるな」

 隣を見ると、相棒の安木 亮が、とんでもない格好をしていた。全身金色のスーツ(通販で購入)、金色のサングラス、そして首からは金メダル(おもちゃ)を下げている。

「……何やその成金趣味は。マツケンサンバか?」

 直が呆れて突っ込む。

「フッ……直君。郷に入っては郷に従え。名古屋といえば『金』です。シャチホコです。派手婚です。私は今、この街の経済を象徴する『歩くGDP』となっているのです」

「ただの『歩く不審者』や。目が痛い」

 二人はまず、名古屋の朝の儀式「モーニング」を体験すべく、老舗喫茶店『コンパル』へ。席に着き、コーヒーを二つ注文する。

「……コーヒー代だけで、トーストとゆで卵が付いてくる。……これは資本主義のバグでしょうか?」

 亮がメニューを見て震える。

「名古屋の喫茶店経営者は、全員サンタクロースなのですか?」

 さらに、追加で名古屋名物「小倉おぐらトースト」を注文。厚切りのトーストに、バターが染み込み、その上にどっさりと「あんこ」が乗っている。

「……背徳的です」

 亮がサングラスをずらす。

「パンにバター(脂)と、あんこ(糖質)。これは朝食に見せかけたスイーツ爆弾です」

 ガブリ。サクッ、ジュワッ。

「……!!」

 直が目を見開く。

「……うまっ! 塩気のあるバターと、甘いあんこのハーモニーが完璧や! 誰や、最初にこれを合わせた天才は! ノーベル平和賞もんやぞ!」

 亮も一口食べ、恍惚の表情を浮かべた。

「……名古屋人は知っているのですね。甘さと塩っぱさの無限ループこそが、平和の味だと。……コーヒーの苦味が、この甘さを洗い流して、また一口食べたくなる……恐ろしいシステムです」


二、名古屋城・尾張名古屋は城で持つ

 カロリーを摂取した二人は、地下鉄に乗って名古屋城へ。徳川家康が築いた名城であり、天守閣に輝く「金のシャチホコ」がシンボルだ。

 城門をくぐり、広大な敷地を歩く。本丸御殿の煌びやかな襖絵や彫刻に圧倒される。

「……豪華絢爛や」

 直が感嘆する。

「徳川御三家筆頭、尾張徳川家の威光を感じるわ。派手好きのルーツはここにあったんやな」

 天守閣を見上げると、太陽を反射して二匹のシャチホコが輝いている。

「……直君、見えますか」

 亮が金色のスーツをキラキラさせながら指差す。

「あれは私です。私のソウルブラザーです」 「魚類になった覚えはないぞ」

「あのシャチホコは、火事の時に水を吹いて城を守る守り神。……私もいつか、直君が炎上した時に、酒を吹いて守ってあげましょう」 「酒吹いたら余計燃えるわ!」

 城内には、「おもてなし武将隊」の織田信長や豊臣秀吉(の演者)がいて、観光客と写真を撮っていた。亮は信長公の前に進み出ると、深々と頭を下げた。

「……であるか」

 亮が真似をする。

「余は、未来から参った酒飲みである。……うつけ者で候」

 信長公は苦笑いしながらも、

「うむ、見事な金ピカじゃ。茶の湯ではなく、酒の湯に溺れるがよい」

 とノッてくれた。

「……感激です、直君。天下布武ならぬ、天下布酒の許可を頂きました」


三、ひつまぶし・四段階の味の階段

 正午。名古屋メシの横綱、「ひつまぶし」の名店『あつた蓬莱軒ほうらいけん』へ。開店前から長蛇の列だが、この味のためなら並ぶ価値がある。

 一時間待ちで通された座敷。運ばれてきたのは、木のお櫃にぎっしりと敷き詰められた鰻。炭火焼きの香ばしい匂いが鼻腔を直撃する。

「……これは、茶色の宝石箱や」

 直が蓋を開けて息を呑む。

「タレの照りが美しい……。関西の腹開き・直焼きと、関東の背開き・蒸し焼きの中間、名古屋流の『地焼き』や。皮はパリパリ、身はフワフワ」

 ひつまぶしには、厳格な(?)作法がある。お櫃の中を十文字に四等分するのだ。

 一膳目:そのまま食べる。

「……んんッ!」

 直が唸る。

「パリッパリや! 香ばしさがすごい! タレが濃厚やけど、鰻の脂も負けてない。……白飯が進む!」

 二膳目:薬味(ネギ、わさび、海苔)を乗せて。

「……味変です」

 亮がわさびを乗せて口へ。

「……爽やか! 濃厚なタレの甘みを、わさびの辛味が引き締める。ネギのシャキシャキ感がリズムを生む。……これは『鰻の協奏曲』です」

 三膳目:出汁だしをかけて、お茶漬けに。

 熱々の出汁をかけると、ジュワッと音がして、脂がスープに溶け出す。

「……これや。これが最強や」

 直がサラサラとかき込む。

「……ああっ、旨味が全部スープに溶け込んで、五臓六腑に染みる……。鰻の脂って、なんでこんなに出汁に合うんや……」

 四膳目:一番好きな食べ方で。

 亮は迷わず、再び出汁をかけた。

「……直君、私はこの『鰻茶漬け』のプールで泳ぎたい。来世は鰻になって、このタレの海に沈みたいです」


四、味噌カツ・茶色は正義の色

 鰻でスタミナをつけた二人は、午後の大須商店街を散策した。サブカルチャーと下町情緒が混在する、名古屋のカオスな中心地だ。

 食べ歩きも名古屋の醍醐味だが、ここで避けて通れないのが「味噌みそ」である。名古屋人は、何にでも「豆味噌(赤味噌)」をかける。

 名店『矢場やばとん』の前を通ると、香ばしい味噌の香りに吸い寄せられた。昼に鰻を食べたばかりだが、二人の胃袋はブラックホールだ。

「……直君、おやつです」

 亮がメニューを指差す。

「『わらじとんかつ』。わらじのような大きさです」

「おやつにしてはヘビー級すぎるやろ!」

 運ばれてきたトンカツに、店員さんが目の前でドバドバと味噌ダレをかける。茶色い滝。

「……茶色い。すべてが茶色いです」

 亮が呟く。

「お洒落なカフェ飯の『映え』など関係ない。ここにあるのは、圧倒的な『茶色の暴力』です」

 一切れ食べる。サクッとした衣に、甘辛い味噌ダレが染み込んでいる。

「……! くどくない!」

 直が驚く。

「見た目は濃厚やけど、豆味噌の渋みと酸味があるから、意外とさっぱり食える! ……これはビールや! ビール持ってこい!」

 ビールを流し込む。

「……最高や。味噌と豚の脂とビール。……名古屋人は天才か」

 亮は口の周りを味噌だらけにしながら言った。

「直君。茶色は『大地のいろ』です。私たちは大地の恵みを食べているのです。つまり、これはサラダと同じです」 「絶対違うわ!」


五、手羽先・骨まで愛して

 夜。名古屋随一の繁華街・栄~錦エリアへ。ネオンが輝く街を歩き、今夜のメイン会場『世界の山ちゃん』へ。名古屋メシの代表格、「手羽先」で飲むためだ。

「……すごいスパイシーな匂いがする」

 店内に入ると、コショウの刺激臭が充満している。

 山盛りの手羽先唐揚げ「幻の手羽先」が到着。一皿に五本。とりあえず五人前(二十五本)注文した。

「……山です。手羽先の山脈です」

 亮がジョッキを構える。

「直君、ここからは『解体ショー』の時間です」

 名古屋人直伝の食べ方がある。関節をポキっと折り、肉の部分をガブッと口に入れ、骨だけをスッと引き抜く。

 直が実践する。

 ガブッ、スルッ。

 手には綺麗な二本の骨だけが残る。

「……気持ちええ!」

 直が笑う。

「この成功体験がクセになる! そして辛い! コショウが効きまくってて、唇がヒリヒリする! ……ビールが進んで止まらん!」

 亮も挑戦するが、下手くそで口の周りがベタベタになる。

「……むぐぐ。骨が抜けません。……直君、この鶏は生前、相当な筋トレをしていたようです」

「下手なだけや。……しかし、この辛さは中毒性があるな。一本食ったら、すぐ次が欲しくなる」

 合わせるのは、愛知の地酒『醸し人九平次』。ワインのような酸味と果実味が、スパイシーな手羽先に意外なほど合う。

「……エレガントです」

 亮がグラスを揺らす。

「ジャンクな手羽先と、洗練された日本酒。……『美女と野獣』のようなカップリングです」

 さらに、「どて煮(ホルモンの味噌煮込み)」や「味噌おでん」も追加。茶色いメニューのオンパレード。

「……直君、視界がセピア色です」

 亮が酔っ払って言う。

「でも、幸せな色です。茶色は裏切らない」


六、台湾ラーメン・激辛のフィナーレ

 手羽先と味噌で満腹のはずだが、名古屋の夜は終わらない。シメのラーメンが必要だ。向かったのは、台湾料理店『味仙』。名古屋発祥の激辛ラーメン、「台湾ラーメン」の聖地だ。

「……台湾にはないのに台湾ラーメン。ナポリにはないのにナポリタン。日本人の想像力はすごいです」

 着丼。小ぶりな丼に、ひき肉とニラ、そして大量の唐辛子が浮いている。

「……赤ッ!」

 直がスープをレンゲですくう。

「匂いだけで汗が出てきたわ」

 ズズッ。 ブフォッ!!

「……辛ッ!! 痛ッ!! でも……うまいッ!!」

 直が咳き込みながら叫ぶ。

「ニンニクと唐辛子のパンチ力が半端ない! 酔いが一瞬で覚める衝撃! でも、レンゲが止まらん!」

 亮は顔を真っ赤にして、滝のような汗をかいていた。金色のスーツが汗で張り付いている。

「……直君、口の中が火事です! 金のシャチホコさん、水を吹いてください! ……でも、この辛さが……生きてるって実感をくれます!」

「マゾか! ……水飲め!」

 結局、二人はヒーヒー言いながら完食し、その後の杏仁豆腐で天国を見た。


七、テレビ塔の下で

 店を出ると、深夜。久屋大通公園を歩く。ライトアップされた「中部電力 MIRAI TOWER(旧・名古屋テレビ塔)」が、夜空に突き刺さっている。

 二人はベンチに座り、コンビニで買ったお茶を飲んだ。

「……強烈な街やったな、名古屋」

 直が息をつく。

「朝から晩まで、味が濃い。キャラも濃い」

「ええ。独自の生態系です」

 亮がタワーを見上げる。

「でも、嫌いじゃありません。自分の好きなものを、周りに何と言われようと貫き通す強さがある。『味噌が好きだから全部味噌にするんだ! 文句あるか!』という潔さ……。ロックです」

「……お前のその金ピカスーツも、名古屋なら馴染んでたかもな」

「でしょう? 私は名古屋の親善大使になれるかもしれません」

「それは無理や。ただの酔っ払いやからな」

 風が吹き、桜のつぼみが揺れた。三月の夜風はまだ冷たいが、二人の体は味噌と唐辛子とアルコールで燃えるように温かかった。

「……さて、明日はどうする?」

「直君、次は西へ戻りましょうか。それとも……」

「まあ、明日のことは明日考えよう。とりあえず、今は胃薬が欲しい」

 名古屋の夜景の中に、二人の笑い声が溶けていく。茶色くて、熱くて、どこか懐かしい「濃い味」の思い出を胸に刻んで。


(第17話 了)

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