旅立つ恋のエキストラ(4)
成田国際空港――
人だけじゃなく、様々な夢や想いを乗せて飛び立っていく、日本の玄関口。
できることなら、俺のこの虚無感もついでに連れていってほしい。
飛行機に乗ったのは高校生の頃が最後だ。
しかも羽田からの国内線。
だから、てっきり成田も東京だと思い込んでいた。
よく考えれば、成田山は千葉だ。
ナビという文明の利器がなければ、今ごろ東京のど真ん中で迷子になっていたに違いない。
――いや、そうじゃない。
そういうことを言いたいんじゃない。
なんで俺が千葉くんだりまで来なきゃならんのだ。
妹の友人の恋のため?
俺からすれば完全に他人だぞ。
京成成田駅の周辺にはいくつかホテルが建ち並んでいた。
これから旅立つ人、逆に着いたばかりの人……色んな人生がここで交差するのだろう。
そのうちの一つに、あやかちゃんが泊まっているらしい。
近くの駐車場に車を停めると、妹と宮本くんが勢いよく飛び出していった。
……ここで、一つ問題がある。
俺はどうしたらいいんですか?
妹はさっきからスマホであやかちゃんと連絡を取っていた。
つまり、ホテルの場所も把握している。
もちろん、宮本くんを案内するつもりで飛び出していったのだろう。
俺は?
当然ながら、あやかちゃんがどこのホテルに泊まっているかなんて知らない。
京成成田駅に来たこともないから土地勘もない。
コンビニの場所すらわからない。
とはいえ、このまま車で待つのは完全に“ただの運転手”だ。
それはさすがに納得いかない。
こんなところまで来たんだ、少しぐらい楽しんでも罰は当たらないだろう。
そう思って、薄暗い駐車場から外へ出る。
左右を見渡す。
……何もわからん。
妹たちがどっちに行ったのかもわからない。
試しに、気の向くまま歩いてみることにした。
少し進むと、歩道の脇に人影が見えた。
宮本くんだった。
ということは、こっちは外れだ。
妹のところに行きたいわけじゃない。
むしろ距離を置きたかった。
彼らの恋愛ごっこに付き合うのもしんどいし、眺めるのも疲れる。
別の場所に行こう――
そう思った矢先、事態は動いた。
━━あやかちゃんがいた。
「……りく」
咄嗟の判断で木の陰に身を隠していた。
もう、自分でも何をしているのかよくわからない。
ただ、一つだけ確かなのは――今は動いちゃいけない、ということだ。
「……会いに来た」
「なんで……?」
短い沈黙が夜気の中に落ちた。
「好きな人に会いに来るのに、理由なんてないだろ」
宮本くんの声が、思いのほか真っ直ぐに響いた。
その瞬間、あやかちゃんがゆっくりと後ろを振り向く。
「本当に行っちゃうんだな」
「……うん」
「……あっちでも、気をつけろよ」
「……うん」
二人の間に、言葉より重い静寂が流れた。
このまま何も起きずに終わる――
そう思った、その瞬間。
宮本くんが突然駆け出し、あやかちゃんの背中から腕を回して、強く抱きしめた。
「……行くなよ」
絞り出すような声だった。
抑え続けていた本音が、ようやく外へ零れ落ちた。
「……なんで、そんなこと言うの」
あやかちゃんの声は、夜気を震わせるほど静かだった。
「離れ離れになるなんて、嫌だ」
二人の影が離れ、向かい合う。
「一年ぐらい待てないの!?」
「俺は……お前が思ってるほど強くないよ」
影は再び重なった。
「……私も……寂しいよ」
「……待ってるから」
宮本くんの声は、今まで聞いたことがないほど力強かった。
「……一年でも……二年でも。あやかが帰ってくるのを、俺はずっと待ってる」
──恋は盲目というが、本当らしい。
いや、人が少ないとはいえ、これ駅前ですよ?
ど真ん中で青春ドラマをされても困るんだけど。
あ、君たち、カラオケで店員が入ってきても平然と歌えるタイプ?
そういう度胸なの?
別に恋に茶々を入れる気はない。
でも、せめて人目のつかない所でやってほしい。
……って、この考えが古いのか?
それにしても、ここまで盛り上がっておいて、万が一、半年後にサラッと別れてたらどうするんだろう。
今日この時間、マジでなんだったのってなるけど。
「ほんと、世話がやけるんだから」
気づけば横に妹が立っていた。
「これが恋って言うのよ? お兄にはちょっと難しいかな?」
よくそんな顔で言えるな。
御高説ありがとう、でもこれ本当に恋?
大丈夫? 自分に酔ってない?
ああ、なるほど。
酔っ払いは迷惑と言うが━━。
”酔っ払い”という言葉にふと腑に落ちた感覚を覚えた。
飲み会で酔っ払いを見る事は多々ある。
酒に酔った勢いかは知らないが、大声で身内ネタを言うやつ。
面白いと思っているのか通行人に絡む奴。
所謂、飲みの席でのノリというものがある。
素面の人間から見ればドン引きだ。
何が面白いのかもわからないし、なんなら馬鹿にしてるまである。
だが、それにノれない奴はこう言われるのだ。
”つまらない奴”と。
恋も同じなのだ。
如何に恋に酔えるか。
そのノリについていけるか。
それが重要なのだ。
それが理解できない素面はこう言われる。
”男らしくない”
”女らしくない”
”冷めてるね”
”恋したことあるの?”
酔っていない人間からすれば大きなお世話でしかない。
恋でも酒でも、酔ってる奴からすれば俺はつまらない男というわけだ。
***
朝の日差しが車内に差し込み、ゆっくりと温度を上げていく。
街を歩く人の数も増え、月曜日独特の倦怠感が道路の空気に混ざっていた。
だが、後部座席だけは例外だ。
ここだけ季節が違うんじゃないかというほど、晴れやかな空気で満たされている。
「……学校サボることになっちゃったな」
「……だね」
宮本くんと妹が、まるで同じ夢を見た後のような声で呟く。
いや、俺も講義出られないんですけど?
「……朝倉さん」
「なに?」
「……ありがとな」
「……うん」
俺には? 俺にこそ言うべきなんじゃないの?
あの後、抱き合う二人は文字通り離れなかった。
好きにすればいいが、人を待たせているという事実は忘れないでほしい。
これだから酔っぱらい──いや、“恋の酔っ払い”は困る。
結局、二人がようやく離れたのは日が昇る少し前。
全員が車に乗り込んだときには、東の空が白み始めていた。
「あーあ。私も恋したいなぁ」
「しようと思えばいくらでもできるだろ。なんなら紹介しようか? 朝倉さんが良いって言う奴は結構多いぞ?」
「えー……」
恋をするのは勝手だが、人を巻き込むのはやめてほしい。
今回の当事者が妹だったら……考えるだけでぞっとする。
家族のあんな姿は見たくないし、迷惑度合いは今回の比じゃ済まないだろう。
「お兄も恋したくなった?」
妹の何気ない問いかけが、やけに静かに響いた。
これが恋なら──
俺も、お前も、当分はエキストラのままでいい。
そう願わずにはいられなかった。
恋愛ものは苦手なので、恋人同士のかけあいの所は大変苦労しました。若干、どこかで見たことがあるような流れなのは御愛嬌という事で。
次の話も書きたいと思っています。




