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第1話 私立夜見崎学園高等学校



プロローグ〜シズの憂鬱〜 


「ヤコ姉さま、今なんとおっしゃいました!?」


 シズこと僕、日ノ月(ひのつき) 静夜(せいや)は、目の前の従姉の発言に耳を疑う。


「だから、月ノ宮グループ次期会長の座はお前に譲る……と言ったんだ。シズ、何度も言わせるな」


 ひとまず情報を整理すると、グループ後継者の最有力候補にして我が従姉のヤコ姉さま、つまり月ノ宮(つきのみや) 夜狐(やこ)姉さまはよりにもよって、自ら次期会長の座を辞退なされたのだ。

 この際、僕が次期グループ会長となる事については別に良いとして、どこをどうしたらそのような結論になるのか全くもって訳がわからない…………

姉さまは何を考えておられるのだ??


「フフフ……、驚愕のあまり宇宙の彼方に飛び出して目の前をプラズマにブチ抜かれたような顔だな?」


 よくわからないけど、なんかわかったという事だろうか?

 細かい比喩表現の部分はひとまず置いといて、概ねその通りでございます姉さま。

 この件は僕にとって、晴天の霹靂どころか頭上から荷電粒子砲の直撃を受けて理解も反応も間に合わぬまま蒸発したようなレベルの衝撃を(もたら)した。


「詳しい説明は後で聞くとして……現会長は、この件についてなんと?」


「安心しろ、既に説得済みだ」


 流石はヤコ姉さま、抜かりはないという事か……

 やはり貴方は僕の憧れの御方だ……(既に盲目気味)

 …………じゃなくて!!!!

 そもそも何故グループ次期会長を辞退する必要があるのか、何故そのような結論に至ったのか納得のいく説明がない以上、認める訳にはいかない。


「僕は反対です。姉さまはいったい、何を目指しているのですか…………」


「そうだな……学校運営がしたい。ちょうど、月ノ宮グループ系列の学園があるだろう?あれが欲しい。もちろん、一時の気まぐれなどではない。やるからには当然、本気だ」


 ヤコ姉さまは、小柄な体格に似合わぬ堂々たる態度でそう言い切った。

 おそらく姉さまは、流されるままに生きるのではなく自分自身が本当にやりたい事を見つけたのだろう。

 僕達、月ノ宮グループの関係者は控えめに言っても世間一般の大多数の人々よりも恵まれた環境にいる。

 そして、その豊かさは社会から与えられた物なのだから僕らは僕らなりに社会をより良くする事が自分達の使命だと思っている。

 こういう考えを何と言ったか——、

 確か、『ノブレス·オブリージュ』……フランス語で、『富める者は義務を負う』と、だいたいこんな意味合いの言葉だ。

 それを前提とした上で、ここから先は僕の想像でしかないが——、

 ヤコ姉さまは自ら教育の現場に関わる事で、ご自分の手の届く範囲だけでも何かを変えようとしておられるのだろう。


「わかりました。その気持ちが本物ならば僕がどれだけ説得しようと無駄な事……()()()の影響というのは少し癪ですが、認めるしかないようです」


 リタと名乗るあの女……かつてヤコ姉さまがとあるネットゲームの中で知り合い、そして今やゲームの中だけでなく現実でも互いに信頼し合い補い合う唯一無二の相棒となったあの女——。

 かつての僕はそれが気に入らなくて、一方的にヤコ姉さまとあの女の関係を断ち切ろうとした。

 正直に白状すると、単なる嫉妬だ。

 結局、それさえも上手くいかなくて今があるのだが。

 そういえば、あの女(リタ)は教師を目指しているのだったか?

 …………やはり断固として反対しておくべきだったかもしれない。

 だが、今更反対したところでヤコ姉さまが意思を曲げる事はないだろう。

 仕方のない事とはいえど、やはりなんとも癪だ。


プロローグ 終



▷▷▷



 ドズルッ!!!ドッゴォラッ!!!メメタァ!!!


 いつも通り、フィットネス系のキックボクシングジムでサンドバッグをひたすら殴打蹴撃。

 前世からの因縁あるいは自らの血筋に関わる宿命を断ち切るかのごとくひたすら打つべし蹴るべし。

 べしべしべし、と無心でサンドバッグを痛めつけている時にふと頭に浮かんだのは、かつての私が教師という職業に対して漠然と抱いていた淡い憧れ………そして失望と後悔だった。

 あの職場(学校)とお別れしたのはもっと、前の事だったような——。

 憧れの教師になったは良いが、理想とは程遠い現実を作り笑いで見送っているうちに夢も希望もすり減った、つまらない自分だけが残った。

 具体的には長時間労働にモンスターペアレント、問題意識はあるのに変化を嫌い現状維持にこだわる教員、それだけでなくいじめや問題児のケアなど、


『それって教員の仕事じゃなくない?』


 みたいな問題まで日常的に発生する。

 いや、そりゃあね……いじめられてる子がかわいそうだから助けてあげたいってのは当然あるし、問題児に対しても何かしらのケアが必要なのはわかるよ?

 だけど、別に私は金○先生のような熱血教師でも人格者でもないんだから、たまに『こんなの寄り添えるか!!』みたいなケースもある訳で……ハイ……

 見ての通り、私はとことん俗物でございます。



▷▷▷



 無心でサンドバッグを殴打する運動を終えて、シャワーを浴びる。

 もしあれがサンドバッグじゃなくて人間だったら、傷害罪もしくは傷害過失致死とかで逮捕されてそうだ。

 そんなしょーもない事を考えながら、汗を洗い流し身体に籠もった熱を気持ち冷ためのシャワーでクールダウン。

 『教師辞めようかな?』とか『次の仕事どうしよう?』とか、静かに忍び寄るその手の不安は思考ごとシャットダウンしながら、今日も身体だけが自動で働いて全自動で日常のタスクを一つ一つ消化していく。

 もう何回、こんな日々を繰り返しただろうか。

 せめて少しでも気分を回復させるべく、帰り道の途中、たまたま近くにあったスーパーマーケットでテキトーな揚げ物系惣菜と、自家製タルタルソースを作る為の材料を買った。

 よし、今日はタルタルソースと揚げ物で豪遊するとしよう。



▷▷▷



 山盛りのキャベツ、タルタルソース、チキンカツ、白米………ごきげんな夕食だ…………

 だからどうした。満足した。

 ……とまぁ、夕食を終えた私が洗い物をしている時、それは訪れた。ちゃぶ台の上に置いたスマホに着信アリ。つまり電話だ。

 今になって思えば、その電話が私の人生における転機だったのだろう。

 私の心の中の天気はいつも曇りだけどね〜……

 聞いてない?あ、そう……



「全く、こんなタイミングで……」



 これがもし、しょーもない勧誘とか詐欺電話なら掛けた奴は箪笥(たんす)に小指ぶつけて骨折すればいいのに……とか思いつつもササッと手を洗い、ハンドタオルで拭く。

 ちゃぶ台まで急いで向かい、発信者を確認するとそこには——、

 『月ノ宮(つきのみや) 夜狐(やこ)』の文字。即座に電話に出た。


「クロツキ〜☆久しぶりーーーー!!!」


 懐かしい親友からの連絡に一気に気分は晴れ模様、テンションも急上昇だ。

 あ、言い忘れたけどクロツキというのはヤコのネトゲのキャラ名。

 私の昔からのマブダチ、と言うよりM.A.Vダチだ。


「久しぶりだなリタ。そういえば、前の職場(学校)辞めたんだったな?」


「うァァァァァァァァァーン!!!そうなんだよォーぅ!!!」


 勢いのままに、今までの不満や漠然とした不安、その他諸々をありったけ愚痴る。



▷▷▷



「そうか、それは大変だったな。ところで話は変わるが、月ノ宮グループが運営している『夜見崎(よるみざき)学園』という学校法人があって、その系列の高校で教師が足りなくなったから来てくれないか?」



「さっきまでの話聞いてました!?」


「ちゃんと聞いてたさ、その上でお前に頼みたい。力を貸してくれ」


 問 親友の信頼が重いです。グレートにヘヴィです。この場合どうすれば良いでしょうか?


 答 我が友の頼み、しかと聞き入れた!!!

          ↑

 というのが理想形だけども、正直こっちは、もう今すぐにでも教師辞めようかと考えてるんだよなぁ……


「えー……、前向きに検討はするよ?前向きに……だけどさ、少しばかりそちら側の事情を教えてくれないかな?」


 前向きと口先では言いながら、いつでも後ろ向きに走って逃げられるように退路を確保しつつ、それとなく我が親友の真意を尋ねる。


「うむ、実は……その学校の2年A組に、学年内の問題児筆頭5人衆が固まってな…………前の担任がノイローゼになって辞めた」


 …………はい?


「お前には、その2年A組の担任を頼みたい。そして可能性なら、そいつら5人の対処もな」


「……………………」


 正直、『できる訳ねェーーーだろ!!!』と投げ出したいのは山々だが、私の心の中の見栄っ張りな部分が邪魔をして断りきれなかった。

 何より、他の誰かに失望されるのは別にいいけど彼女(ヤコ)にだけは失望されたくなかったから。


「一つ確認だけど、私は金○のような熱血教師でも、ましてや人格者でもない。生徒の気持ちに寄り添うなんて既に諦めてるけど、それでもいい?徹頭徹尾私のやり方で問題の解決にあたるけど、それでもいいんだね?」


「任せた。ではな」


 任されました〜……では、もう一度だけ教師、やってみますか〜……

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