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無涙葬送  作者: 如月 巽
4/6

盗人猛々しく、罪重ねて疎遠呼ぶ

 旦那と結婚前提に同棲を始めて半年がすぎた頃。

 同市内だから何かあれば普通に実家帰宅していたんだけども、その日はたまたま仕事で必要な物があって帰宅。

そしたら、なんだか家の中の空気がやたら重いわけで。

 リビングに入ると、頭を抱えて座っている母の姿。気配はというと、こっちの背中がゾワつくほどに明らかに怒っている。目元には泣いた痕。


「……何、どうし─」

「テメーが何やったのか分かってんのか!?」

「っ!?」


 近所中に聞こえるんじゃないかぐらいの突然の父の怒号。声の方向は祖父の部屋から。

 この時点で祖父が何かやったことは解ったものの、母の泣き怒り顔の意味までは汲み取れなくて椅子に座る。


「えーっと、とりあえず(じい)が何かしたのは解ったけど、どうしたの?」

「今日、お昼過ぎくらいに職場にN警察署から電話があって、婆ちゃんかと思ったらジジイだったの」


〈婆ちゃん〉というのは母のお母さん、つまり如月にとっての祖母のこと。

《認知症》という言葉が浸透し始めた頃に患い、現在も叔母夫婦がみてくれている。

この頃の進行度は軽中度で、家を出ると方角が分からなくなってしまい帰れなくなってしまうことが多々あり、叔母夫婦以外の保護者として母も登録している。

市内と隣県隣町の警察署で何度か保護してもらっていたため、母の職場は両警察署ともに知っている状態。

なので母はこの日の電話も「祖母を保護した」という連絡だと思ったのだという。


 ところが今回は違って「祖父を保護している」という内容だった。


 保護とは言っているが、それは職場への配慮した言い方であり実際には任意同行。母はすぐさま早退して警察署へ向かい、状況確認と祖父の迎えに行った。

 通報した相手は大手と専属契約を持つ農家の方で、その内容は「()()()()()()()()()()()()()()()()」というもの。

 しかも、()()()()()で。

 

はい、傍点(ぼうてん)部分だけで幾つの刑法に引っかかる可能性があると思います?

[住居侵入]と[銃刀法違反]の2つと思う方もいるかもしれない。

正解は[銃刀法違反]・[軽犯罪法違反]・[器物損壊罪]・[窃盗(未遂)罪]の4つ。

「聞いたことはあるけど、ボンヤリ判る感じかも…」という方もいるかもしれないので、どういった物なのかをざっくり説明させて頂く。


──────────

[銃刀法違反]

刃の長さが6cmを越える刃物は、何かしらの正当な理由がないと携行することは違反となる

正当な理由とは「釣りやキャンプなどに使用する」などの[明らかに必要である事が明確であり、用途が判っている状態]が該当する

※ただし[護身のため]は所持理由として成り立たないため非該当

料理代行などの何らかの理由で携行している際、不必要に出さない・出せない状態であり、理由を明確に出来るのであれば不問となる事もある


[軽犯罪法違反]

建物以外へ侵入した際に適用

畑は住居ではないため[住居/家宅侵入]とは異なり、建築物のない私有地になるので此方に該当する

一般的に言われる[不法侵入]がどちらに該当しているかは、建物の有無で区別をつけやすい

ちなみに〈公道に唾をはく〉なども此処に引っ掛かる案件だったりする


[器物損壊罪]

〈器物〉の文字だけで見ると物品を想像しやすいが、これは【一形状を保持している物品の損壊】を現している訳ではない

本来の在るべき状態だった物を崩した時点で該当する

そのため、作物を荒らしたり畝や土を踏み荒らす行為も見做される


[窃盗罪]または[窃盗未遂罪]

大変に有名すぎる罪なので仔細説明はしないが、[万引]とかいう生温い言葉もこれに該当する

祖父の場合、切り取っている所で土地所有者に声を掛けられて止めたので、状況だけで言うと未遂罪になる

ただこの2つは呼び方が違うだけであって、懲役・科料自体は同じである

──────────


 この時の祖父の外出は「散歩に行く」であり、携行の必要はない上、所持していたのは一般的な万能包丁。

刃部分の長さは6cmを軽く超えているし、なんならタオルに包んだ状態で自転車のカゴに入れていただけ。

 通報を受けて駆けつけた警察官を見て、包丁を持ったまま暴れて、話を聞かれても最初のうちは「知らない」「分からない」の一点張り。

多少落ち着いてから本人が話したのは「畑には下りていないし、手の届く範囲の作物を取っただけだ」と。

 私有地内の作物に傷をつけている時点で軽犯罪法違反に該当する。

だけど、今ほど刑法が厳しくない時代を生きていた彼には、そんな言葉が通じなかったようで。

 警察署へしょっ引かれて事情聴取を始めてまもなく、祖父は「俺は悪くない」と言った内容を並べ立てて、最終的にはまた暴れ出したのだという。


事情聴取は公務になるので、それを阻害しているので[公務執行妨害]も追加。

まぁ、その前に通報された時にも暴れているから、この時には既に罪状5段重ねである。


「本来であれば逮捕になる状況です。ですがその……ご高齢であることと、相手方が[二度と来ないなら被害届は出さない]と仰っていまして。なのでご連絡差し上げた次第です」


 そこまで説明を受けた母は愕然。

 トドメに言われた事実は「今回が初犯というわけではなく、以前から数回にわたって行われていた」ということ。

 他にも何人か同じようなことをしている人間がいるそうだが、祖父の犯行は既に片手回数ほどあったという。

 畑の中ではなく道路脇のものだけを盗って自転車で行ってしまうため、すぐに追いかけることが出来なかったそうだ。


 警察官の一人が祖母の保護でお世話になった方で、母は平謝りするほかなく、恥ずかしい気持ちと申し訳なさに胸が苦しくなったという。


「あんな立派なブロッコリー、残しとく方が勿体無いからもらってやっただけだ」

帰りの車中、祖父はそう言ったらしい。盗人猛々しいとはまさにこのこと。

「取れるところに置いておくほうが悪い」理論と変わらないその一言に、母はブチ切れそうになるのを耐えながら帰宅。

早退してきてくれた父に説明したのち、説教を任せて自分を落ち着かせていたところに私が帰ってきた、と。

【現実は小説より奇なり】とは言うが、まるで本当に物語。

それも加害者側の家族になってしまう日が来るとは思わなかった。


「ご家族は何も悪くないので謝罪はいらない」

「本人からの慰謝料ということだが、受け取りたくない。たとえ謝られても許す気がない。二度と来ないでくれ」


 翌日、両親が被害者農家へ謝罪に行ったが相手方にはそう言われたそうだ。

 正論も正論なので、ただただ頭を下げてくるしかなかったという。

 ちなみに、突然出てきた慰謝料は、互いに相談して取り決めたものではなく、祖父が一方的に「金を払えば問題ないだろうから」と出かける前に渡されたらしい。

 都合が悪いと金で解決。どの時代にも根付いてしまっている悪習だよホント。


これが一番のきっかけとなって、本当の意味での《家庭内疎遠》が始まった。

旦那には結婚前から「祖父と家族は仲が良くない」とは話していたが、この当時は窃盗事件を起こしたことを話せなかった(※現在は知っています)

そして如月家に入り間もなく、誰一人として祖父に気を掛けないことを不思議がった旦那に聞かれ、事件以外に起こした色々を話して納得してもらった。


この3年後くらいに旦那と私がとんでもない目に遭わされて、以来旦那も一切気に掛けなくなったんだけども、それについては紙媒体にする時にでも書くとして。



それから数年が過ぎて2024年。

如月家にはチビらぎが登場し、元気にスクスク育って離乳食は中期に入った頃。

警察案件まではいかないけど、疎遠化が進む事案を祖父が引き起こした。


 その日は母が用事を済ますために出掛けており、如月とチビらぎは一階のリビングに居た。

 午前寝から目覚めて少し遊んでいるうちにお昼の時間に。離乳食を準備して食べさせていると、祖父がお茶を汲みに来た。

 同居しているのだからおかしい事ではないし、そんなことを一々気にしない。

 美味しそうに口を動かすチビらぎに合わせてスプーンを差し出したら、ピタリとチビらぎが止まる。


「ほぉ、よく食べるなぁ」

(足音近付いていたけど、話しかけてきたかぁ……)


 紹介話の時にも少し触れているが、チビらぎは如月と共に退院した当時から、祖父が近くに来ると泣き出していた。


しかもシクシク泣きではなく、サイレン爆音状態。


 この頃の祖父は相変わらずの自分都合優先生活。

 疎遠にされている事は解っていたが、それでも自分の思うようにして欲しい時は、誰彼構わず頼んできた。

 ちなみにチビらぎとの関係はというと、この時点で「両手数行かないかなー」程度の交流しかしていない。


 チビらぎの視線は完全に祖父の方を向いていて、その顔は完全に緊張状態…もとい、泣く準備の溜めモード。


「食べたら遊ぶか?な?」

 祖父の手がチビらぎに伸びかけて、ギョッとなる。

「ねえ、今、ご飯食べてる最中だからやめ──」


「ゔぁぁぁぁああぁぁぁああん!!!!!!!」


 アタシのだいすきなマンマ!!

 かあちゃんにもらってたべてたの!!

 イヤなのきた!!なんかきた!!イヤ!!


 そう言っていそうな怯えきった顔で、サイレンモード突入のチビらぎ。

 落ち着かせようとベビーチェアのテーブルを外そうとした瞬間、視界に振り上げられた拳が映った。


「この…っ!」


 反射的に娘の頭を胸元に抱えて祖父を見ると、その表情は明らかな怒りに満ちていて。



── いま家に居たら、この子が危ない

   私はいい この子だけは守らねば



 この時感じたものが【危機的生存本能】という物だろう。

 鼓動がやたら速いなか、出来るだけ普段通りを装ってチビらぎをあやしながら二階に避難。

 祖父が自室である和室に戻ったことを確認して、急いでベビーカーとお出掛けセットを用意。

 そのままチビらぎと共に自宅から逃げ出した。


 自宅からだいぶ離れたスーパーで買い物して、チビらぎが寝たのを見計らって帰宅。

 取り急ぎで連絡をしていたため、先に帰っていた母に事の仔細を話して、少し休ませてもらった。

 その後、順々に帰宅してきた父と旦那に話をして全員で話し合った結果。



出掛けられそうな日は出掛ける

チビらぎには極力顔を合わさせないようにする



結果的に、疎遠悪化となった。


「ひいおじいちゃんに対して酷くないか?」と思うかもしれないし、文面では伝わりづらいのは重々承知。

でも、如月は今でもあの日の祖父の顔が離れないし、思い出すだけで心臓が痛くなる。

あの日、祖父が刃物を持っていなくてよかった。そう思うくらい、本当に怖かった。

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