第三話 望み
「………無能力でも戦えるか、だって?」
彩村さんからの返答に温かみはほぼ無く、酷く冷たい声だった。僕はどうしてもこの二人のような生き方に強い憧れを抱き、それを捨てきれずに生きてきたのだ。だから聞いたんだ。「無能力でも、戦えますか」と………
「無理でしょ。無理無理。土地神とか舐めたらマジ死ぬからね?」
「うーん……そうだね、これは彩村さんの言う通りだと思う」
僕は、そう言われる気はしてた。それでも、どうしても諦めきれなくて、食い下がらなかった。
「……僕は!!…僕には確かに、他の皆みたいに便利な能力、強い能力は何も無いです…」
「それが分かってて戦いたいって、お前、身の程弁えた方が良いぞ?アホだよ、今のお前は」
「でも……ッ!!僕の心には剣があります!!!」
「………剣?」
「誰かを救いたい!誰かの役に立ちたい!!僕だって、誰かにとっての、彩村さんや氷織さんのような…ヒーローになりたいんです!!」
僕は息を切らし、叫んだ。
「……ガキンチョ、お前、能力を万能のモンみたいに思ってねぇか?」
「……えっ?」
「違ぇよ。いいか聞け、能力はただの武器だ。お前みたいに戦いたいって言ってるだけの奴が、武器持ててねーの。分かるか?」
「彩村さん…言い過ぎですよ。でも、確かにその通りでもある。織原くん…だった?君には残念ながら能力が無い。良い?土地神というのは、拳や蹴りで祓える程、甘っちょろくないよ」
「……っ」
返す言葉に困っていたところに、氷織さんは更に続けた。
「能力とは、武器であり、生まれ持つ才能のようなもの。残酷で理不尽な事だけど……君はそれを持って生まれてくることが出来なかった。少なくとも、私たちのように「戦うことを生き方にする」ことは難しいね」
「氷織、優しい言い方すんな。難しい、じゃねぇだろ。無理なんだよ、絶対、100%」
悔しかった。この人たちに何かを期待して話した自分の、軽率さ、情けなさを思い知らされて、僕は泣いていた。
「……ガキンチョ、お前が戦って無駄死にすることなんかねぇだろ。戦うこと以外で生きろよ。なんだって出来んだろうが。なんで戦うことに拘るんだよ」
「………から」
「あ?」
涙で声が震えたようで、ハッキリと言えなかった。僕は涙と鼻水を袖で乱暴に吹き、腹に力を込めてもう一度言った。
「僕が戦うことで、皆に希望を与えられると思ったから…!能力が無くても、皆を守れるんだって証明したい…!諦めなければ、叶わない夢は無いんだってことを示したいから……!!」
僕の言葉に、氷織さんが少し考えてから話し始めた。
「………織原くん、かなり厳しい道になる上に、そのスタートラインに立てないかもしれないけど…でも、一つだけ望みがある、と言ったら?」
「……えっ?」
「稀にだけど、いるんだ。本来ならば自我が芽生えると同時に自覚して、使うことを意識する能力が、どういう訳かそれを自覚出来ずに使ったことがない状態でいることが…」
「おい氷織、そんなん言ったらコイツ…」
彩村さんが何を言うか察しが付いた僕は、それを遮るように即答した。
「僕を調べてください!!もしも、少しでも可能性があるなら…!出来ることは全部やりたい!!!」
「ちょ、お前な…!」
「………分かった。だったら約束して。もしも君に能力が無いと分かったら、戦うことを諦めると」
少し俯いて、右足をダンと踏み締めてから、僕は前を向いて言い切った。
「分かりました、お願いします」
深々と頭を下げて、誠意の限りを見せた。
「……はぁ〜〜〜、めんどくせぇ。おいガキ、俺なら絶対そんな提案してねーからな。氷織が甘っちょろいってことに感謝しろよ、このドアホが!」
「彩村さん!!全く……。じゃあ織原くん、明後日に総合検査の申請が締め切られるから、必ず遅れないようにこの書類を書いて、速達で送ってね。遅れたら検査、受けられないから!」
「……はっ、はい!分かりました!」
そして……
「……氷織、お前本当にアイツに希望見出してんじゃないだろうな」
「希望、といいますか…なんというか、覚悟はあるようでしたので、もしものことを考えたといいますか……」
「まあ良いけどよ、俺はアイツは向かないと思うんだよねぇ。能力の有無以前のところで、な」
「……?どういうことですか?」
「この世界で、クソ真面目な奴ほど早死にしていくのはもお前も見てきただろ」
「それは……」
「……氷織、覚悟あってアイツに夢見せたんだよな?もしもアイツが戦って死んだら、お前が殺したって言われても否定出来ないってことを」
「……逆に彩村さんには、その覚悟はあったんですか?」
「舐めんなよ、んなもん当たり前に肝に据えてる。……だから無理にお前を止めなかったんだよ」
「彩村さん……」
「アイツが最悪の事態になっても、俺も責任追ってやる。お前も覚悟決めとけよ…」
「大丈夫です…それはもう、十分にありますから」
織原の意志を尊重し、総合検査を受けるように促した氷織。深く青いはずのその目は、氷のように澄んだ薄い色に輝いていた。そして彩村もまた、キッと鋭い目つきに変わっていた。
「………調査報告、まとまりましたか」
「舐めんな。またやり直しじゃクソだりぃからな、これ出せば終わりよ」
「そうですか、では戻りましょうか」
「……あぁ」
彼らは学校を後にした。