第一話 僕は……
僕の名前は織原剣。なんてことはない、そこら辺にいくらでもいるただの高校二年生だ。そう、ただの、「無能力」の──。
この世界には「能力」を持って生まれる人間がいる。そして、それはここ7〜80年で爆発的に割合が増えた。
時を少しだけ止める能力、未来が見える能力、視線に映った人の動きを止める能力……優れたものだと、いわゆる「自然的な属性」を能力とする人もいる。少年心をくすぐるような、炎を操る者、電撃、水、風、影……。そして、僕にはそのどれも無く生まれた。
能力と言うと、やはり戦うことを思い浮かべるだろうが、それこそそんな優れた者はほんの一握り。殆どの能力持ちの人間は、それぞれに合った職業を選ぶ。そして、選ばれし優れた一握りの者たちは、異形の存在と戦うという生き方も選択肢に入れられる。
<ミシュランがやってくる!>
僕の済むタツカワ市では、この話題で持ち切りだ。なんてったって、フランスの威厳ある料理コンテストで最優秀コックに選ばれた、ミセリがこのタツカワ市に来るからだ。
ミセリの能力は「絶対温感」。物の熱を極めて正確に把握することが出来るそうで、料理にはうってつけだ。そしてミセリはその能力を極めたが故に、身体中の肌で熱を感じ取ることが出来るそうだ。
「ツルギ、お前はミセリの料理に興味あるのか?」
友達に聞かれる。
「そ、そりゃ勿論だよ!だって、世界一のコックの料理だよ。食べたいに決まってるじゃないか!それに、能力についても聞いてみたいし…」
「能力?無能力のお前が聞いてどうするんだ??」
こう言われる度に、僕は少し憂鬱になる。分かってることだ。自分が一番分かりきってることじゃないか。
「別によ…無能力を馬鹿にする気は無いよ。デリカシーな問題だしな。でも、あまり無いものばかりねだってもよ………」
そうだ……そうだよ。それが正しいんだ。でも、無いものだからこそ、たまらなく欲しくて、憧れてしまうんじゃないか…っ!!
「……ごめん、変だったよね、やっぱり僕がミセリに聞けることなんて────」
【警報発令!!避難勧告!!タツカワ市内、ヤガミ神社にて、土地神暴走!!直ちに避難せよ!!】
「うわ、マジかよ!」
「地下シェルター行くぞ!!」
能力を持つ者が生まれる世界。その理由は……異形の存在に対抗するため。
元は海外の世界遺産の宮殿で、ある時から都市伝説が出回り始めたことが始まりとされている。「化け物が宮殿を訪れた者を襲い、神隠しにする」と。
しかしそれは、都市伝説なんかじゃなかった。この世界に初めて生まれ落ちた、土地神だった。
土地神は、土地の守り神。身勝手に土地を荒らす人々を粛清するために、暴走を起こして人々に罰を与えることがしばしば起こるようになった。しかしある時から、人々が足を踏み入れていない土地でも土地神が暴走するようになり始め、世界は混乱に陥った。
土地神は人じゃない。人々が己の私利私欲の為に、身勝手にその土地に込めた様々な思いが具現化したもので、土地神に意思は殆ど無いのだ。故に、一度暴走を起こした土地神から、別の土地神へ、また別の土地神へと暴走は伝播し、世界中に広がってしまった。
そうして土地神の暴走が激化する中で、ある時、人智を越えた特性を持つ者が生まれた。始祖の能力者だ。
始祖がどんな能力を持っていたかは分からない。歴史における大きな損失と言われているが、始祖についての殆どの記録は残されておらず、いつ生まれ、いつ死んだのか、性別はどうだったのか、そして能力はどんなものだったのか…等の、あまりにも重要なことが現代に言い伝えられてこなかったのだ。
しかしその時から、能力を持つ人が次第に生まれるようになった。人々は土地神に抗い、戦うことが出来るようになり、現代に至るという訳だ。そして今、まさに近くの神社で土地神が暴走し始めた。
──────
「あ〜あ、ホントなら俺が出る幕じゃないんだけどな……この支部、対応遅すぎでしょ、俺がやるまでもないのに」
彩村四季。自衛隊土地神対抗軍・能力部隊【大将】にして、全日本能力者連合【殿堂階級】。現代における最強の能力者である。
(折角帰りの新幹線で食べようと思って駅弁買ったのに、これじゃ冷めるな……後で買い直すか)
彩村の能力、それは───
(……あーいた、アレか。神社の土地神って言ってたな。にしてはデカいし等級外れっぽいな。木もあるし、焼いたら面倒か…)
『グアアアアアアアァァ……!!』
「おい、ヘボ土地神。こっちだよ、どこ向かって暴れてんだ」
「……【四属ノ法】、旋風!」
巻き起こる暴風、轟く閃光。荒れ狂い、僅かに悲鳴を上げた土地神。そして風が止んだ時、そこに土地神の姿は無かった。
彩村四季の能力、【四属ノ法】。炎、水、風、電撃の四つもの自然的属性を操る、世界中の全能力者で唯一の能力を持つ。属性持ちというだけで圧倒的な地位と名声を得るこの世界において、彼は正しく最強。
「あーーあ、やっぱ雑魚じゃん。さて、タツカワ市の損害状況まとめて提出しないと。……めんど。まあ死者も怪我人もゼロっしょ」
〈………さん!彩村さん!!聞こえますか!こちら氷織です!〉
「あー、電話繋がってたんだった。うぃーお疲れー」
〈お疲れー、じゃないでしょう!どう見ても神社にまつわる神格的な要素のある土地神だったのに、何早々に祓ってるんですか!調査報告どうまとめるんですか!!〉
「うるさいなー…君がこっち来てたら君の能力で冷凍保存して一部持ち帰るとか出来たんじゃなーい?」
〈私は便利屋じゃないんだよッッ!!………はぁ、とにかく!私は知りませんから、彩村さんの方でまとめてくださいね!〉
「はいはい分かった、分かった。まあそんな心配しないでよー、俺有能なんで!」
〈……手抜きせずにお願いしますね!それじゃ!〉
後日、最強の能力者が僕らの街に来ていたということは、物凄い大ニュースになった。しかし、僕にとっては、これが人生の大きな転機になるのだった。