2章 16話 5節
護送艦フィーブルの各地で誘爆が起きる。
崩壊していく艦船の中はパニック状態であった。
艦内に警報音が鳴り響いた瞬間に、異常事態に気付いた乗組員は
宇宙服の着用に走ったが、全ての将兵が動けたわけではなく、
爆発により穴のあいた装甲から、空気と一緒に生身で
宇宙空間に投げ出されるクルーも多かった。
また、フィーブル艦長であるダッタカ大佐の生死も不明であり、
指揮系統も機能していなかった。
そんな中、激しく振動するフィーブルから脱出すべく、
トワとソーイが宇宙空間へと繋がる穴に逃げこんだ後も、
ルカゼとモミジの対峙は続いていた。
激しく揺れる船内でも、持ち前のバランス感覚で
ルカゼの攻撃を避けるモミジの刀が
ルカゼの喉元へと向けられる。
不安定な足場に加え、情緒的にも追い詰められていたルカゼは
防戦一方のまま、喉元に刃物を突き付けられる形となった。
後2~3センチのところまで突き付けられた刀身は
もはやバリアなどで防ぐことは難しい。
特筆すべきは、激しく振動する船内で、
刀剣の位置を、ルカゼの喉元2~3センチに固定するモミジの
技量の高さである。
まさに、勝負あった!という瞬間であった。
二人の動きが止まる。
ルカゼは目線だけをモミジに返した。
「なんでさ!
モミジ姉だって、人間たちに抑圧されてきた側じゃないか!
なんで人の肩を持つのさ!」
「わからないの?
今、あなたを襲った二人組、
人類を敵に回すという事は、そういう事よ。
一人は、魔法も使わずに、刀だけであなたのバリアを打ち破った。
敵の船にたった二人で乗り込んできて、
あなたを追い詰めたのよ。
人類を支配するという事は、
あの二人組のような刺客に
常に命を狙われるという事なのよ。」
モミジの言葉にルカゼは首を振る。
「今のは、モミジ姉が魔法で私を牽制していたから
遅れをとっただけで、モミジ姉がいなかったら
全然問題なかった!」
「わからない子ね・・・・・・。
あの二人は、私が居たから、あのような戦法で来ただけで、
私が居なかったら、別の方法であなたを狙ってくるわ。
決して諦める事なく、執拗に。
あの二人が倒れても、次から次へと、あの手この手で
人は襲ってくるでしょうね。
それが人間という種なのですもの。
大婆さまは、人の社会に関わるな!と
何度も言っていたわよね?
その意味もわからないの?」
「でも、母さんの仇なんだ!
人を支配しなきゃ、クールン人に平穏なんてない!
誰かがやらないといけないんだ!
姉は黙っててよ。
手を引いてよっ!!!」
ピタッ!
ルカゼの喉元に冷たい異物の感触が伝わる。
当たったのは刀身の背の部分であり、切れる事はなかったが、
喉元に押さえつけられた刀の感触は、幼い少女に冷や汗をかかせる。
モミジはまるで歴戦の勇士のように、余裕を持って
少女を見据えた。
「たった三人。
魔法を使う私が居たとしても。たった三人の襲撃に
あなたは負けたのよ。
そんな力で、人類を支配できるはずがないじゃない。
諦めなさい。
あなたのお母さん、ツキヨさんも、
こんな事は望んでないわ。
あの人は、あなたたち姉妹が幸せに暮らせる事だけを考えていた。
だから軍にも協力的だった。
全ては、あなたたちの幸せの為よ。」
「だけど、それで
あいつらは母さんを殺したんだ!」
「でも、あなたの負けよ・・・・・・。
復讐は終わり。
もうすぐこの船は沈むわ。
その瞬間に逃げなさい。
あなたの魔法力なら出来るわよね?」
「逃げるって何処に!?
クールン人の行く場所なんてっ!!」
「スノートール帝国へ。
ハルカがいるわ。
あの無邪気で、我儘で、周りを振り回すあの子が、
スノートール帝国に行って、大人しくしてる。
あなたの妹が、落ち着ける場所みたいね。
あなたも行きなさい。
ガイアントレイブ王国は、私が言うのもなんだけど
もう終わりよ。
この戦争は負けるわ。
ツキヨさんの仇は、代わりの誰かが取ってくれる。
時代の流れに任せなさい。」
モミジの言葉にルカゼは視線を外した。
「スノートールか。
あそこには私を殴った奴がいる。」
「殴られるような事をしたからでしょう?」
モミジはロアーソンでの出来事を思い出していた。
惑星ロアーソンの崩壊は、自身の力の暴走ではあったが、
そのキッカケとなったのは、ルカゼを平手打ちで叩いた
タクの行動である。
感情的にカッ!となってしまったルカゼは
一瞬にして巨大な魔力を解放した。
それがロアーソン崩壊の真実だったのである。
ただ、ルカゼの双子の姉であるハルカが、
スノートールに居るというのは意外だった。
モミジが言うように、ハルカは魔法の力は弱々しいが、
彼女は我がままで、研究所でも研究員を困らせていたほどの
お転婆な少女だったからである。
そのハルカが、ルカゼも居ない、
モミジも居ない、クールン人の仲間たちがいない場所で
過ごしているというのは、よくよく考えれば不自然な事だったのである。
考えられる理由としては、
彼女はスノートールで、ある程度の自由を保障されているのではないか?
という事である。
そうであるならば、ルカゼが身を隠すのにも都合がいいのではないか?
と導き出された。
ハルカの性格を知る二人に、この推測は現実味を持って迎え入れられたのである。
しかし、ルカゼは首を振る。
「人間なんて信用できるもんかっ!
お姉ちゃんも騙されているだけかもしれない!」
ルカゼがそう叫んだ瞬間、護衛艦フィーブルで大きな爆発が起こる。
小さな振動ではピクリとも動かなかったモミジでさえも
大きく態勢を崩すような大きな揺れが二人を襲った。
そして爆発は連鎖的に、立て続けに起こる。
「フィーブルが保たない!」
モミジとルカゼは別々の方向へと走っていく。
向かう先は、壁に大きな穴が開いている場所だった。
ルカゼの魔法で、船内に開けられた大きな穴である。
それは宇宙空間へと繋がっていた。
壁が揺れ、徐々に崩壊していく中、
二人は穴の中へと姿を隠す。
無人の部屋となった空間も、その直後に爆炎に飲み込まれた。
護衛艦フィーブルは、動力部の爆発から誘爆を繰り返し、
宇宙空間に沈んでいくのであった。




