1章 2話 3節
タクはポロンを前進させた。
マシンガンを乱射しながらカレンディーナ機に近付いていく。
「母さん。
こいつはヤバイ。
こんなの1小隊とかで相手できる奴じゃない!」
しかし、カレンディーナは明らかに冷静さを欠いている。
「タク!
あの子はね。助けを求めているんだ。
あんたたちと同じようにね!
見捨てるわけにはいかないじゃないかっ!」
カレンディーナを知る者たちは、
彼女がパラドラムの子どもたちと言われる
タクを含む孤児たちと出会って変わったと言う。
それまでも男性社会であるFGパイロットの部隊の中において、
彼女は「おっかさん」と呼ばれるように
部隊の母親として認知されてきたが、
それは本当の母親というよりも、
どちらかと言うと、組織における調停者のようなニュアンスである。
酒に酔った男達がケンカをしたなら、それを叱り、
だらしない隊員がいたら、注意をする。
彼女を中心として、部隊は組織として成り立っていた。
だが、最近のカレンディーナには、明らかに母性というものを
感じるようになってきたのである。
それまでは、組織の母親であり、
組織を守ってきた彼女が、組織ではなく、
人、一人一人に親身になるようになってきたのである。
隊員の実家の親が倒れれば、休暇申請を出すように促したり、
彼女との恋仲で悩んでいる者がいれば、人生相談に乗ったりもした。
しかし、それは「軍人」としてはあまり好ましい事ではなかった。
時に彼女は、部下に死ねと命令しなければならない時もある。
敵を容赦なく撃たなくてはならない時もある。
彼女が軍を去る決断をしたのは、自然の流れだった。
そして今、まさに彼女の母性が戦場で現われた形となる。
タク自身はそこまで考えてはいなかったが、
優しい母親であるカレンディーナが、子どもを前に
引き金を引く事を躊躇するのは納得が出来た。
「母さん。
あいつは、俺達とは違う!
あいつは武器を持っている。
人を殺す道具を持っているんだ。」
「違うもんか!
あの子は、大人たちに利用されているんだ。
自分の意思で武器を手にしたんじゃないんだよ!
大人たちの都合でっ!」
「母さんっ!」
向かってくるタクから、まるで逃げるように、
カレンディーナはルックを敵FGへと近付ける。
タクに追いつかれたら、意思が弱ると思ってなのだろうか?
タクを振り切るように、彼女はFGを操縦した。
「私はね!!」
カレンディーナはアクセルを踏み込みながら言う。
「あんたたちの母親なんだ。
あんたたちの模範にならなきゃいけない!
私はね。
あんたたちが誇れるような大人にならなきゃいけないんだよ。
目の前で泣いている子どもがいたら、手を差し伸べるんだよ!」
「母さん!違う!!
皆、母さんを必要としている!
ただ、側にいるだけでいいんだ。
模範とかいらない!
母さんであってくれたらそれでいいんだ!
母さんに何かあったら、フレーゼだって悲しむよ。」
タクはパラドラムの子どもたちの中でも
一番にカレンディーナに懐いている少女の名前を出した。
カレンディーナの脳裡にフレーゼの笑顔が浮かぶ。
しかし、彼女は首を振った。
「だからこそさ。
あんたたちの笑顔を守るためにも!」
「母さん!!!」
カレンディーナは近付きすぎた。
脳に響く声を出していると思われるガイアントレイブのFGに
近付きすぎた。
まるで、縄張りに侵入してきた外敵に立ち向かうように
機雷郡がカレンディーナのルックに反応する。
「止めてくれ!
母さんは君を助けようとしているっ!」
タクも通信機に向かって叫ぶ。
しかし、侵入者を感知した機雷郡は一気にカレンディーナ機に
襲い掛かかった。
機雷郡は一点に集まった。
ルックを中心に、集中した。
そして光を放つ。
カッ!!!
眩い光。
と言っても、宇宙の闇を照らす恒星ほどの輝きはない。
だが、タクの視界の全てを覆う光だった。
パァァァァ!
と光の玉は拡散すると、闇に溶けていく。
同じく、タクのコックピットに写っていた
生体識別レーダーからも、一つの赤い点が消えた。
「うわぁぁぁぁぁ!!!!」
タクは叫んだ。
何が起きたのか理解はしているが、把握はしたくなかった。
感情が抑え切れないほど、胸の心臓音が高まる。
同じくマリーも冷静でいる事はできない。
「ああ・・・・・・。
ああああ・・・・・・・。」
コンソールを叩く。
消えた生体識別反応は、どこを探しても見つからなかった。
対象を絞る。
より狭い範囲に、小さな反応さえも見逃すまいとレーダーを操作するが
赤い点は復活する事はなかった。
最初に我れを取り戻したのは、モルレフ曹長である。
彼も機雷郡の攻撃を受け、回避に精一杯だった。
ルックの右腕に被弾を受け、中破状態だった。
それでも彼は突然、現場の最高責任者となったのである。
操縦桿を後方に引くと、自分の責務を果たす。
「マリー伍長!
後退だ!!!
タクを連れて下がれ!。
ブレイズに戻って、ヒルン隊と合流しろ!
俺も直ぐに戻る!」
モルレフは戦闘を諦めた。
この辺りの判断は素早いが、現実問題として
ベテランであるカレンディーナとマークが不在の今、
敵FGを撃墜できるとは思えなかったのである。
しかし、彼では状況を止める事が出来なかった。
否、この件でモルレフ曹長を責めるのは酷であろう。
タクはアクセルを踏んだ。
母を見つけようと、カレンディーナの光が輝いた場所に走り始めたのである。
「タク!
無駄だ!
あれでは助からない!!」
その言葉に、返す言葉を言える者はこの場にはいなかったのである。