2章 15話 4節
惑星マークサスに向かう巡洋艦ブレイズに、
リー教授がワルクワへと引き渡される旨の情報が届いたのは
3月5日だった。
ブレイズのブリッジでその報を聞いた面々はお互いに顔を見合わせる。
一番に悔しがったのは意外にもゲイリだった。
「くそっ。
ロアーソンでハッキングしたクールン人の情報。
ワルクワよりも優位に立てている部分だったが、
これで優位性はなくなくなった!」
ゲイリらはロアーソン研究所で、研究所のパソコンのデータを盗み、
かなりの情報を得ていた。
クールン人がDNAから人と違っている事なども
彼らは知っていたのである。
しかし、リー教授がワルクワへと引き渡されるとなれば、
クールン人の情報は丸裸にされるだろう。
だが、たまたまブリッジに顔を出していたティープは
悔しがるゲイリを冷ややかな目で見ていた。
「その情報は、何か役に立ちそうだったのか?
情報を得たところで、活用できなければ意味がないだろ?」
ティープの質問にゲイリは舌打ちする。
「いざとなれば、クールン人の危険性を
ドメトス6世に直談判できたんだ。
だが、ドメトス6世が何も知らない状態であったなら、
我々の意見に耳を傾けざるを得ないが、
研究所の所長から情報を得たとなれば、
クールン人を、ルカゼを活用する方向に舵を切るだろう。
そっちのほうがタチが悪い。」
ゲイリはそう答えたが、この予想は真和組のトワとは真逆の意見である。
リー教授をワルクワに突き出す事で、トワは
ワルクワがクールン人の危険性について考えると予想していたが、
ゲイリは逆に、クールン人を利用しようとする動きに拍車がかかるのではないか?
と睨んでいた。
人は取り扱い説明書があるのであれば、危険物でも扱えると考えるものである。
ゲイリは続ける。
「だけど、なんでクシャナダ女王は
教授をワルクワに引き渡すなんて条件を飲んだんだ?
想定外の事ばかり起きる!
クールン人関係の出来事は全く予想がつかない。お手上げだ!」
ゲイリはスノートール帝国軍の参謀として知られる。
先の内戦では、敵対するメイザー公爵軍を手玉にとり、
見事勝利した策士であったが、クールン人関連の出来事に関しては
後手後手に回っているイメージが強かった。
だが、それを責められる謂れはないであろう。
人類史で初めての出来事である。
そんな二人の会話の隣で、情報を聞いて棒立ちの人物もいた。
ハルカである。
「リー教授が?
あのおっさんが、ルカゼの元に引き出されたら・・・・・・。」
ハルカのつぶやきに反応したのは、タクだった。
「ハルカ。
教授を知っているのか?
ルカゼと対面したらどうなるって言うんだ?」
「知ってるよ。
研究所の所長だもん。
厭味ったらしい嫌なおっさんで、私たちのお母さんの仇だよ。
ルカゼは心底嫌ってた。
お母さんを殺した元凶だって言ってた。
たぶん、何も起きないわけがないよ。」
ハルカの言葉に、ティープとゲイリも反応する。
彼らはハルカとルカゼの母親が、魔法の実験で暴走し、
死去していた事を研究所の資料で知っていた。
半径10キロメートルを吹き飛ばすほどの爆発だったと言う。
その資料を見ているのもあり、惑星ロアーソンの崩壊は
ルカゼの魔法の暴走だったのではないか?とも考えている。
その魔法の暴走ばかりに目が行きがちであったが、
確かに魔法を軍事転用しようとして
彼女らの母親を暴走に走らせたのは、研究所の所長であったリーだった。
それは、ハルカやルカゼにとって、
母親の仇だとも言えるだろう。
ティープはハルカに近づく。
「何が起こると思う?」
ハルカはティープを見た。
まるで泣き出す直前のような表情である。
「ルカゼはリー教授を殺してしまうかも知れない。
これ以上、罪を重ねて欲しくないよ。
ティープ、ルカゼを止められない?」
「無茶言うな。
俺たちは今、惑星マークサスに向かっているんだ。
逆方向だし、今から向かっても間に合わない。」
「嫌だよ。
そんなの・・・・・・。
帝国軍のエースパイロットでしょう?
なんとかしてよぉ。」
ハルカの狼狽に、大人たちは顔を見合わせた。
全く何も出来ないという訳ではない。
ワルクワ王国とは同盟関係にあり、
ルカゼがリー教授に害意を持っていると伝える事は可能であろう。
だが、これは友達が友達に忠告するような話ではなく、
外交なのだ。
スノートールがルカゼの危険性をワルクワに伝えるという事は、
スノートールがルカゼは危険人物であると認識していることを
ワルクワに伝える事にもなる。
そして、どうしてそのような忠告をしてきたのか?と
意図をワルクワは考えざるを得ない。
例え良心だけで行った行為だとしても、
外交の場面では、それは噓臭く感じるものだ。
他国に無条件に優しい外交などありえない。
国家とは国民の利益に繋がる行為をしなければならないのだ。
打算がなければならない。
その理由が、ルカゼにこれ以上罪を負わせたくないという理由だとしても
スノートールの国益に繋がるものでなければならない。
ワルクワに警告するという選択は、どちらにどう転がるか予測できない以上、
帝国として実施する事は躊躇われるのだった。
それに、一番の要因は
「ハルカをルカゼの件に関わらせたくない。」
という気持ちは大人たちの一致した意見だった。
ハルカにとってルカゼは肉親である。
クールン人であるハルカは、ただでさえ国家運営、社会の構築に
一石と投じる存在である。
そこにルカゼという危険な因子が加われば、ティープらでは
カバーしきれない状況になってしまう可能性が高かった。
冷静な判断が出来なくなる危険性を恐れた。
ブレイズの惑星マークサス行は、ハルカをルカゼから遠ざける意味合いもあったのである。
大人たちの沈黙にハルカはヘタヘタと床に座り込んだ。
「もう・・・・・・・。どうしてよぉ・・・・・・・。」
彼女の悲痛な叫びがブリッジを満たすが、
大人たちでは、何も声をかける事が出来なかったのである。




