2章 15話 3節
星暦1003年 3月3日
宇宙航路を進む戦艦アカツキの艦内で、
元ロアーソン研究所の所長であったリー教授は深いため息をつく。
所長としては2代目。
クールン人問題でやり玉にあげられている男であったが、
先代のやり方を踏襲したにすぎず、
彼自身が好き好んでクールン人を迫害したわけではない。
しかし彼は今、クールン人の人体実験という罪状で
国際裁判所にて裁かれる立場にある。
そのため息である。
そんなリーを見て、真和組副長であるトワが声をかける。
「そんな顔しないでください。
まるで我々が貴方を虐めているようだ。」
トワの言葉にリーは首を振った。
「祖国に売られているのだぞ。私は。
ああ、クールン人は疫病神だ。
何故、私がこのような・・・・・・。」
リーの言葉にトワは苦笑する。
「売られたわけではありませんよ。
現にこうして私が、教授の護衛につけられている。
今でも重要人物なのですよ。
ただ、クールン人の繁殖計画は不味かった。
陛下は女性でございますからね。
同じ女性として思うところもおありでしょう。」
「確かにトワ子爵が同乗しているのは心強い。
しかし、繁殖計画とて私が指示したわけではないっ!
先代が・・・・・・。」
「クールン人を軍事利用したのは、教授の指示でしょう?
あれがなければ、ワルクワ王国やスノートール帝国が、
いち地方惑星のロアーソン研究所に目を付ける事はなかった。
ルカゼという少女がワルクワに亡命する事もなかったのですよ。」
トワはまるでリー教授の自業自得とばかりに突き放す。
彼の陰気な顔を見てると、攻撃的になるのも仕方なかった。
だが、リーは受け入れ難いという表情である。
「あのような悪魔の力を軍事利用せず、何ができようか?
人を殺す能力しか持たぬあいつらを!」
トワの目が細る。
彼もまた、クールン人の魔法に人生を狂わされた一人なのかも知れない。
トワは冷静にリーを諭す。
「教授。
あたなは判断を間違えた。
ですが、あなたの持つクールン人の知識は
ワルクワにとっても得難いものでしょう。
司法取引の余地はあると思っていますよ。私は。
クールン人の情報と引き換えに、身の安全を計ってもいい。
陛下はそれを許容されております。
ところで?
教授の見立てでは、クールン人とは一体何なのです?」
話題を変えるため、トワは質問した。
ネガティブな野郎の愚痴に付き合ってはいられないという感じである。
「クールン人のDNAを検査したところ、明らかに人類と違う構造があるのがわかった。
彼女らは新種のウイルスに感染した病人なのじゃよ。
多くの人間は感染したら死に至るが、
稀に克服した種が、クールン人となる。
だがウイルスと同じで、自己生殖能力を持たない。
ウイルスが細胞内でしか増殖できないのと同様、
女性しか存在しないクールン人は、クールン人だけで子孫を増やすことが出来ない。
半人間、半ウイルス。
生物として欠陥品だよ。アレは。
それが私の見立てだ。」
「ウイルス?
では、他者への感染の可能性は?」
「新種のウイルスは完全にクールン人の中に組み込まれており、
外に出る事はない。
死刑囚にクールン人の血を輸血する実験も行ったが、
何の変化も認められなかった。
血としても認識されず、死刑囚は死んだがな。
クールン人はもはや人ではないのだ。
いや、生物かどうかも怪しい。
人と交わる事はないのだよ。
恐らくではあるが、経路は不明だが
惑星クールンでのみ感染するのであろうな。
感染者は惑星クールンより救出せず、
そこで生を終えさせれば良かったのだ。
なまじ救出したばっかりに・・・・・・・。
人類は開けてはならないパンドラの箱を開けてしまったのだよ。
あれは、人体を犯すのみならず、
人類社会に感染するウイルスなのだ。
あれを放っておけば、社会は汚染される!」
室内に沈黙が走る。
リーの言葉は、調書に目を通していたトワの知っている範囲の内容であったが、
最後の一言は初めて聞いた見解だった。
だが最後の言葉で、教授がクールン人に対して否定的であるのが判る。
彼がワルクワで同様の発言をするのであれば、
ワルクワでのクールン人への警戒心も上がるのではないだろうか?と
トワは把握した。
「陛下はクールン人の存在に否定的でございます。
教授が法廷で、ルカゼの存在の危険性を訴えれば、
陛下もあなたのフォローをしてくださるやも知れません。
貴方は人類の救世主になるかも知れないのです。」
「うむ。
あれは、駆逐せねばな。
人の未来のために・・・・・・。」
リーの言葉を聞いて、トワは部屋を出た。
廊下に出ると、フゥとため息をつく。
ロアーソン研究所で、クールン人が迫害されていた理由が理解できたからだ。
そもそも人として認識されていなかったのである。
そんな事を考えるトワに声をかける人物がいた。
「トワさん!
こんなところに・・・・・・?
ああ、教授の元に行っていたのですね?」
声の主は真和組1番隊隊長ソーイである。
今回のリー教授護送の任務は、真和組1番隊に任されていた。
トワはこの裏表ない無邪気な青年の顔を見て少しばかり気が晴れる。
「ああ。教授の様子を見にな。
モミジのほうはどうだ?
変わりないか?」
トワは同じく戦艦アカツキに乗船しているクールン人の少女を気がかった。
ソーイは笑う。
「問題ないです。
憎いはずの教授が側に居るというのに、
全く眼中になし!って感じですね。
強い奴ですよ。あいつは。」
「そうか。
モミジも立派に真和組の一員になったのだな。」
トワの言葉にソーイは深く頷いた。
今回の作戦は、リー教授を囮にワルクワへと亡命したルカゼを
誘い出す事にある。
狙い通り引き渡し現場に姿を現さなくても、近くにはいるはずである。
リー教授が本人かどうか確認をするために。
リーの顔を知っているのは、ルカゼだけだからである。
その居場所を特定するために、同じクールン人である
モミジの存在は必要不可欠だった。
彼女であればルカゼの波長を感じる事が出来るらしい。
逆にモミジの存在は、ルカゼには知られていない。
そこに今回の作戦の勝機があった。
ルカゼ暗殺。
それがトワ達真和組の今回の裏の任務だった。
しかし、ルカゼが近くにまで来なければ、それはそれで
リー教授をワルクワへ引き渡して終わりで良いとトワは考えていた。
彼はルカゼを知らない。
ただ、同じ同胞であり、ルカゼと姉妹のように育ったモミジに
妹を殺すような命令を下す事に少し罪悪感を感じていたからである。
現時点で、トワにも迷いがあったが、
チャンスがあるのであれば、実行する。
それが彼のモットーだった。
「結果は神のみぞ知るってヤツだ。」
トワは左手の掌を右手のゲンコツで叩く。
迷いはあったが、覚悟は決める。
それがトワという男だったのである。




