2章 14話 6節
授業と言うには深刻な内容であったためか、
教室として開放されていた会議室の中の空気が凍った。
その空気を察してか、ティープが口を開く。
「タク、ハルカ。
こいつの話は間違っちゃいないが、
極端な意見でもあるし、その意見は
庶民を権力者が支配するための詭弁だと言う人もいる。
また、そもそもの根幹に、
人の欲望は際限がないという、際欲論を基にしているしな。
確かに大衆、人の集合体の場合は
人間の要求は無限に上がっていくという話もあるが、
人個人では、欲望には歯止めがかかるという限欲論の意見のほうが根強い。
俺は人個人にも、自由も権利もあると思っているよ。
要は、他人に迷惑をかけない事さ。
それさえ守っていれば、人は自由だ。」
ティープの言葉にゲイリは心外そうな顔をした。
「ティープ、今は哲学の授業をやっているんじゃない。
歴史のお勉強だ。
口を挟まないでくれるか?」
そう言われたティープは目を見開いて抗議した。
ゲイリの授業そのものが哲学の話に触れているような気がしたからだったが、
ここではティープがヤレヤレという素振りをして引き下がる。
タクは後ろを振り返り、父を見た。
「大丈夫、父さん。
過去の歴史の話だって理解している。
一つのモデルだって事も。」
ゲイリも賛同する。
「そう、タク君。そうだ。
今の時代の価値観が必ずしも正しいとは限らない。
現代に生きる我々が、黎世の時代の人々を愚かだと言うが、
当時を生きていた人類は、自分たちの正義を信じていたし、
人類社会の最終形態であると思っていた。
完成された社会に住んでいると信じていたんだ。
だが、我々は黎世を笑う。
だが、我々も何千年か後の時代の人々に、笑われているかも知れないな。
あの時代は間違っていた・・・・・・と。
ただ、少なくとも現代は、
黎世の時代の反省点を活かし、我々の現代が形作られている。
行き過ぎた自由への渇望を反省材料としてね。
その観点で言うならば、我々は黎世の時代を悪く言わざるを得ない。
そうしなくては、今の現代を正当化できないからだ。
今、我々が黎世の時代が正しかったと認めると、
現代を否定してしまう事になるからな。
それだけの話さ。」
ここでハルカも口を挟む。
「でも人々の自由が認められていた黎世だったら、
クールン人の生存権も認められていたのよね?
クールン人にも生きる権利はあるって、そうなっていたのよね?」
彼女の主題はあくまでクールン人に対してらしい。
ゲイリはハルカを見ると首を軽く振る。
「どうだろうな。
結局のところ、個人の自由を認めるのと、個人の自由は他者に認められるのでは
行きつくところは一緒だ。
黎世ではクールン人に生きる権利があると同様に、
人類にはクールン人を排斥する自由もある。
実際、黎世の時代は、自分の自由は声高らかに叫びつつも、
自分の自由の障害になる気に食わないモノは排除した。
逆に、今の時代はクールン人自身に生きる権利を主張する権利がなくとも、
人類が、クールン人に生きる権利があると言えば、クールン人と人は共存できる。
黎世が何故に間違っていたのかと言うと、
「自由」を理由に、価値観が違う者たちを排斥しようとする
ダブルスタンダードを何の疑問も感じずに行った事だ。。
その排斥の考え方を、当時の人類は、
間違っていると断言できなかった。
人の考え、価値観は自由だと言ってね。
こうして、排斥する行為が正当化された時代が黎世だとすると、
黎世ではクールン人は迫害されていた可能性が高いと俺は思っている。
逆に、現代だからこそ、我々スノートールは君たちを受け入れる事が出来るし、
ワルクワもルカゼを受け入れた。
ガイアントレイブでも、クールン人を研究材料にすることを秘匿していた。
迫害が許されないという空気は、今のほうが高いという事だ。
ま、この意見はあくまで俺の予想でしかないが・・・・・・。
まぁいい。
そろそろ授業を続けよう。」
ゲイリ以外の3人も、この話題はここで終わらせた。
この後、実際に黎世の世の中がどういう時代だったのかを
教師であるゲイリは淡々と続けていくが、
タクの頭の中には何も入ってこなかった。
何故なら、ゲイリの説明も、ティープの補足も、
大人たちの言い分では、何もしていないハルカのようなクールン人とは
共存できると言ったが、
人類支配を公言したルカゼと共存できるとは一切言及していなかったからだ。
むしろ、逆に絶対に許せないという解釈も出来る。
タクはルカゼの事は良く知らなかったが、
ハルカの双子の妹という理由と、
ルカゼの境遇に情状酌量の余地がある事、
そして何より、母さんであるカレンディーナが彼女らを許そうとした3点に於いて、
ルカゼをも助けたい気持ちが強い。
彼女のような境遇で育ち、まだ10歳という若さ、そして
魔法という驚異の力があれば、ルカゼでなくとも
誰しもが、人間に対して報復を考えるのは当然なのではないだろうか?
と考えてしまうからである。
先にルカゼの自由も、時間も、家族さえも奪ったのは人間のほうである。
普通に生きる権利を奪われたのはルカゼが先なのだ。
だからと言って、人類支配を認めるわけにはいかないが、
話し合って、罪のある人間だけはきちんと罰して、
ルカゼの怒りの溜飲を下げれば、彼女だって
ハルカと同じように、普通の人間として生きる選択肢だってあるんじゃないだろうか?
ゲイリやティープに直接この意見をぶつけたい気持ちはあったが、
同時に、なんらかの結論が出てしまう事をタクは恐れた。
タクは14歳で社会経験もなければ、単純に人生経験も浅い、
内戦という戦場を生き残ったような大人たちに口で勝てるとは思えなかった。
だから、彼は一人で考えた。
クールン人の自由について、今の社会であるべき姿を、
彼なりに考えた。
ロアーソンで見たルカゼは、今にも泣きそうな、辛そうな顔をしていたように思える。
人に復讐するという呪いに捉えられてしまった少女に見えた。
呪いから解き放ってやりたい。
ハルカと二人で、今みたいに笑顔で美味しいものを食べている姿が自然なんだ。
タクは強く思った。
その笑顔の前では、大人たちの事情など、
取るに足らない些細な問題なのだと、タクは思ったのである。




