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春風戦争 第2部  作者: ゆうはん
~決断~
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2章 14話 5節

先に反応したのはハルカだった。


「嘘よっ!

その理屈だとクールン人の生死は、

人間が握っているって事じゃないっ!

人に認められなければ自由はない。

そんなのガイアントレイブがやってる事と同じじゃない!!!

スノートールも、同じだって言うのっ!?」


悲痛な叫びだった。

信じていたものに裏切られるかのような心境になった。

だがゲイリは表情を変えずにハルカに答える。


「ハルカ君。

残念ながら社会というものが存在している以上、

他者の許可で人は生かされているんだ。

クールン人だけじゃない。

皇帝であるウルスだって同じこと。

再来月の3月に国民投票があるが、

そこでウルスの即位が国民に否定されれば、

彼は皇帝を降りなければならない。

全ては、他者の許可の元に、人は形作られる。

だが、勘違いしてはいけない。

他者の許可で生かされているのと同様に、

他者を縛る事も、第3者の許可がいる。

犯罪者のようにね。

一般的に他者を縛り付ける事は否定されているんだ。」


「でも、人が、人類がクールン人を否定したら、

私たちは生きていけないって事よね!?」


「そう。

だからルカゼ君の存在は非常にまずい。

彼女がやろうとしている事は

人類の支配だ。

それは人からしてみれば到底認められない事。

それを彼女は力で実行しようとしている。

それは黎世の世界で人がやろうとして、

破綻した考え方と同じなんだ。」


ゲイリの言葉に、誰も意見を返せなかった。


「脱線したな。授業を続けよう。

黎世の人々は、自分たちは自由であると

まるで神になったかのように奔放に振る舞った。

しかも、自分たちは賢いと錯覚したままね。

利便性のためには人の命さえ軽く扱った。

車が社会に出てきたのはこの頃だったのだが、

便利さゆえに誰もが車を操縦できる世になり、

経済のために、社会も車社会を許容した。

その結果、累計5000万人とも言われる命が

交通事故と呼ばれる事故で失われている。

その半分は、歩行者などの何の罪もない人々で

また、その半数は児童や若者であったという事だ。

人の命より、利便性が勝ったと言うか、

人が誘惑に負けて、間違った判断をしたいい例だな。

また、社会のために過剰な電力を欲し、

未だ人類では制御できなかった核分裂技術にも手を出した。

課題を次の世代に引継ぎながらね。

更に社会は、奴隷階級を否定しながらも、

裕福な国の国民は、楽な仕事を占有し、

肉体労働などのきつい仕事は安い賃金で

貧しい国の人間に従事させるなど

ダブルスタンダードがまかり通り、

更に、自己の自由を第一に考えた事、

人には人権があると考えた事で、社会のバランスも崩壊した。

中世では、子どもは資産だった。

親の所有物であり、貧しければ男の子は労働力に、

女の子は身売りする事ができた。

だから、人間は率先して子を作り、

中世までの人間の人口は増える一方だったわけだ。

しかし、黎世の世の中では、人間一人一人に人権があると設定したせいで

子どもにも人権が生まれ、親の所有物ではなくなった。

むしろ、不良債権のような存在になった。

それでは、人は子どもを作る意図を見いだせない。

裕福な国の人口が減っていく事で、貧しい国の労働力を欲しがり、

援助という名目で貧しい国を経済支援しながらも、

労働力の搾取は加速していった。

経済を支えているのは、その低賃金の労働者であるのにね。

もちろん、今日でも子どもは親の所有物ではないと定義されているが、

そのための社会制度が当時は未発達だったわけだ。

科学の発展、情報化社会という大きな進化に

人自身がついていけなくなったわけだな。

人類は愚かだった。

一番愚かだったのは、自分たちが愚かだと気付いていないことだっただろう。

神のように振る舞い、神のように己の自由を叫んだ。

権利と義務をはき違え、何億という神が地上に降臨した。

それは、まさに混沌カオスの世であったと今では認識されている。」


ハルカは両の掌を組んだ。

少し納得がいかない様子である。


「それでも、今の考え方もおかしいよ。

クールン人が生きるか死ぬかを、他の人の判断に任せるなんて。

クールン人だって生きる権利があるはずだし、

私たちだって、生きていきたいって思ってる。」


「現実的ではないのさ。

個人の自由を認める事は。

人の欲望は限りがない。

妥協できずに、どこまでも自身の欲望を追及してしまう。

琥珀銀河には、複雑な生物はいなかった。

この銀河に今暮らしている生命体と呼べるものは、人類と

人類の食料になる家畜とクールン人だけだ。

家畜は、生を選べない。

世界はもう一つのコロニーとして機能していて、

コロニー下での社会を構築している。

コロニーの維持を第一に考えるのが琥珀銀河なんだ。

自由が欲しいなら、過去の地球人のように

他の銀河に移住するしかないのさ。

知っている通り、我々琥珀銀河に流れ着いた人類は、

ふるさとである地球があった銀河を捨てた。

神の如く振る舞う人類から決別するために。

地球圏は今も、黎世の価値観のままかもしれない。

我々は黎世から離脱し、その後の地球を知らないから。

それが嫌なら外宇宙に出るかい?

地球圏に戻ってもいいかもしれない。

戻り方はわからないのだが・・・・・・。」


それまで黙っていたタクが口を開いた。


「どうして、琥珀銀河の僕たちの祖先は、

銀河を抜け出したの?

なんで、地球と価値観が違うようになったの?」


「宇宙さ。」


ゲイリは苦笑してみせた。


「人は神の降臨が如く、地球を支配した。

地上ではまさに神だった。

母星である地球の天候や自然災害も克服し、

何もかもが自由に扱えるようになった。

地球のエネルギーを100%利用出来ていたとも言われる。

そして、地球を飛び出したんだ。

宇宙さえも支配できると信じてね。

だけど、宇宙は無慈悲に人類の命を奪っていったんだ。

そうして、宇宙に出た人類、我々の祖先は、

人間は神ではないと気付かされたわけだ。

無力な一生命体に過ぎないとね。

それこそ、一人の子どもの悪戯で

一つの宇宙コロニー、人口1億5千万人が全滅した例もある。

宇宙で暮らす人々に、個人の自由を認める事は出来なくなった。

人々を神の座から引き摺り降ろすために、強力なリーダーシップが必要になり、

大分後になってからだが、王政が復活した。

人の自由は、他者に認められる事のみ可能になり、

また、人は他人の自由を尊重しなければならないという原則が生まれる。

自由や生存権が他人に委ねられるという事は、

他者が、他者に寛容でないと成立しないからね。

その観点で見れば、クールン人への抑圧も、クールン人の人類支配も、

我々の時代にマッチしていないという事になる。」


ゲイリの言葉にタクは更に疑問を挟む。


「じゃあ、ルカゼは抑圧されていた側だからいいとして

ワルクワがルカゼに手を貸そうとしているのはなんで?

明らかに間違っているんでしょう?」


「王政の時代が長すぎたのかもな。

王権の強いガイアントレイブは、まるで中世の王のように

権力が強い。

完全な管理社会で、市民の生活は保護されてはいるが、

それは王権の維持のために必要な事で、

王が黒と言えば、白色も黒になるのがガイアントレイブだ。

ガイアントレイブほどではないにしろ、王権、そして貴族の力の強い

ワルクワも、王が存在する意義をもはや忘れてしまっているのかも知れない。

我々スノートールだって、2年前の内戦は、

市民から選ばれた議会を解散させる事で

民主王政の仕組みを壊そうとした流れだった。

専制政治に慣れてきてしまっているんだろうね。

人は。」


ふぅ。とゲイリはため息をついた。

ゲイリの考え方は、認識としては今の琥珀銀河の社会をあらわすに正しい。

しかし現代、琥珀銀河において、は個人の自由を尊重しようという

地球圏での考え方に回帰する流れも存在していた。

それは専制政治が長く続き、王権や貴族が巨大な力を持ってしまったからである。

それに反発するように、人は支配されるべきではないとの

認識が少しずつ生まれ始めていた。

もちろん、国によって多少の差はある。

絶対王政のガイアントレイブでは、徹底した管理社会で

市民の不満を募らせないようにしているため、

自由への渇望の意識は低い。

ワルクワは、王権よりも諸貴族の連合体の力が強く、

貴族同士がお互いを見張りあう社会であるため、

ある程度安定していた。

民主王政という、王権と議会の力が拮抗していたスノートールは

2年前の内戦で、貴族と民衆が完全に対立した。

そこで顕わになった民衆の自由への渇望は、

琥珀銀河全体に「自由主義」という芽を出したのである。

スノートールの内戦は、民衆側についたウルスが勝利し、

更に国内を安定させるために、ウルスは皇帝を名乗ったわけであるが、

民衆の自由への渇望の声がなくなったわけではない。

ウルスと共に、民衆側で戦ったゲイリであったが、

黎世の自由主義のような社会に世界が流れるのは本位ではなかった。

同時に、ルカゼが人類を支配する理由として、

クールン人の生存権を理由にするのであれば、

それは、地球圏の歴史を繰り返す事になるのである。

ゲイリがクールン人問題に深くかかわろうとするのは、

こういった理由からであった。

今、琥珀銀河は大きな歴史の分岐点にいるような気がしていたからである。


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