2章 14話 4節
K作戦は新たなる目標に向け走りだした。
ロアーソンに在住したクールン人の確保に続く、
マークサスに暮らす残りのクールン人の確保が主目的である。
航路をマークサス方面に向ける巡洋艦ブレイズの中で、
1月17日、タクはゲイリと机を挟んで対峙していた。
隣にはハルカも、後ろにはティープも同席しており、
タクとハルカの前に机を挟んでゲイリが座っている形である。
後方から、その3人を見守る形でティープが椅子に座っていた。
緊張している趣の年少の若人を前に、ゲイリは口を開く。
「では、前回の続きです。
黎世とは何か?タク君。」
指名されたタクは一瞬口をへの字に曲げながらも答える。
「中世に続く時代区分で、産業革命から
人類の宇宙定住までに跨る時代の事です。」
「その通り、前回の授業では産業革命までの中世の時代を
教えたが、その後の時代について今回は勉強していこう。」
これは授業であった。
少年兵であるタクは、少年兵制度によって、軍によって
教育を受ける義務があったが、孤児で育ったタクは
幼い頃より鉱山労働者として働いていたため、
初等教育さえも受けておらず、14歳という年齢の割には
基礎学力は低かった。
また、通常は艦隊単位で運用しているのが軍であり、
教育も各艦単位ではなく、船同士をリモートで繋いでの授業が行われるのが
一般的であったのだが、隠密行動であるK作戦に従事する巡洋艦ブレイズは
単独行動であり、更には他の艦隊との通信も遮断していたため、
タクの教育をどうするのか?という問題が発生していた。
そもそも、K作戦のような重要な作戦に少年兵が配属される事のほうが
イレギュラーな事態ではあったが、ブレイズ搭乗員の中から
士官大学校の教育学部を履修した兵士や、志願者によって
タクの教育は行われていた。
そのついでではあったが、10歳のハルカもタクと同時に授業を受ける事なったのである。
研究所暮らしであったハルカは、一応一般的な学力が備わっており、
14歳のタクと同レベルだったのが幸いした。
タクの授業レベルをハルカに合わせる事が出来たのである。
そして、教育学部卒業ではなかったが、独学で歴史を学んでいたゲイリが
タクの歴史教育の臨時講師となっていた。
ここにティープが同席しているのは、ただの野次馬根性が8割、
監視の役目が2割であったが、監視の対象はタクやハルカではなく、
ゲイリに対してであるのが本音である。
ゲイリは歴史に詳しいが、その解釈が独特であり、
大学の教授と、解釈の違いで揉めた事もある人物であった。
曲がった歴史解釈などで、タクを染められでもしたら敵わないという事である。
しかし当のゲイリ本人は、ティープの同席をなんとも感じていない節がある。
今日も、平然と授業を進めようとしていた。
「前回の授業でも話したように、産業革命は
王権や貴族階級の強かった中世を破壊した。
物の生産力が上がる事で、労働者の発言力が強化されたのが要因です。
だが、人はすぐに新しい時代を迎えた訳ではなかった。
王権や貴族階級に代わって、まずは国家がそれまでの階級にとって代わった。
国民の発言力は高まり民主主義という概念が復活したが、
他国の市民に権利を認める事はなく、産業革命を迎えられなかった国家の市民は
奴隷として売られるようになる。
しかも、帝王学のような教育を受けた王族や貴族とは違い、
一般市民の教育水準は低かったにも関わらず、
権力を一般市民が得てしまった事が、
その後の人類社会の混乱を招く結果になりました。
この人類が右往左往した時代を、黎世と言う。
もちろん社会が混乱したのは産業革命以外にも様々な要因があります。
まずは大きな要因を3つ、抑えておかねばなりません。」
ゲイリは説明しながら、資料のデータを
年少の生徒たちのパソコンに送ると、
話を続ける。
「まず一つ目が、先ほど言った
教育水準の低い一般市民が権力を持った事です。
当時の市民は、権利と義務、人権、法などの解釈を
統一できないまま、国民一人一人それぞれが
己の信じる権利と義務、人権、法などを声高らかに叫んだ。
もちろん、現在では間違っていると考えられているものもある。
タク君。
自由とは何かな?」
ゲイリはタクに質問を投げたが、現代である星暦1000年には
一定の解釈が浸透しており、この時代に生きる人間にとっては
難しい質問ではない。
「自由ですか?
他者に許可された権利が自由です。」
「そう、自由とは他者に許可された権利の事を言う。
例えば、ティープが大酒飲みで、FGに乗っている時も
酔っ払って操縦するような自由は、少なくともスノートール帝国正規軍では
許可されていない。
そんな自由は、ないと言える。
また、私は結婚しているが、
妻以外の女性と恋愛する事も、妻が許してはくれない。
自由とは、他者が許可してこそ成立するものなのです。」
ここまで話を聞いていたハルカが意見する。
「でも、例えば人の住まない無人惑星に一人で
暮らしていたら、自由じゃないかしら?」
ハルカの問いにゲイリは首を振った。
「無人惑星で一人で暮らしている人間が何をしようとも
他者には影響はありません。
関係ないのです。
だからその個人に対しては無関心である。と言えます。
要は、『勝手にしていい』という許可を得ている状態なのですよ。
このように、現代では自由とは、他者の許可の元に認められた権利という
解釈が浸透していますが、
中世ではそうではなかった。
王や皇帝、貴族は自分の主張を
権力や暴力で無理矢理にでも押し通す事が出来た。
気に入らない人間を殺す事だって出来たのです。
産業革命で一般国民が権力を奪取したとき、
国民は、自由を、それまでの王や貴族のような
自分勝手になんでも出来る行為の事だと認識してしまったのです。
自分には自由がある。
住む場所も、働く業種も、恋愛も、性別さえも、
全てが自由であると錯覚した。
つまり、国民一人一人が王になろうとした。と言っていいかと思います。
国民一人一人が、自分は王だと自覚した時、
社会はどうなるか?想像できますか?」
「そんなの、収拾つかなくなるだけじゃ・・・・・・。」
タクが思わず呟いた。
ゲイリは人差し指を立てた。
「そう、人は、人の社会は、迷走したのです。
その時代を次に来る人類社会の黎明期と捉え、
黎世と名付けられたのです。」
ゴクリと生唾を飲む音が聞こえる。
タクは自分の心臓が少し早く鼓動しているのを感じていた。