2章 14話 2節
巡洋艦ブレイズ艦内の食堂で
星暦1003年を祝う新年会が開催された。
ブレイズのクルー678名は、3交代で
この新年会に全員が参加する。
軍人にとって、新年会とは意味のあるものである。
いつ命を落とすかもわからない戦場を闊歩し、
昨年で言えば、コンガラッソ軍曹、マーク少尉、
レルガー軍曹、ファイグナー伍長、
そして、カレンディーナ少将を失った事実がある。
当然の事ながら彼らは星暦1003年を
迎える事が出来なかった。
そんなブレイズの乗組員にとって、
新しい年を迎え入れるという事は
神に感謝すべき事であったのである。
更に、昨年ブレイズに合流したセリア姫が
差し入れとばかりに食材を持ち込んでおり、
宇宙航行で機能食ばかり食べていたクルーらは
久々の「料理」を堪能することが出来た。
食堂内に騒がしい声が響く。
「何?これ?
美味しい~!!!
ティープ、ティープ、これなぁに?
すっごく美味しいんだけど!!!」
ハルカだった。
彼女が食べていたのは、所謂、魚の刺身だった。
保存技術の進歩で新鮮な食材を堪能することは
難しくなかったが、琥珀銀河に元々生存していない
生物の生肉というのは、大変貴重である。
特に魚介類の養殖プラントは、広い琥珀銀河内でも
数は少なく、珍しい食べ物であった。
ただ、貴重ではあるが高価な食材ではない。
栄養摂取という行為に於いて、機能食で十分なこの時代では、
食事というものは、趣味の領域である。
人工的に作られた食材のほうが癖も臭みもなく、
安価で美味しく、また量も必要としないで済むため、
わざわざ生物の生肉を食す人間は数は多くはなかった。
特に魚介類は人気がない食材であったため、
研究所暮らしの長かったハルカが、手間暇のかかる料理を
食す機会はなかったのである。
むしろ、機能食以外を口にしたのは初めてだった。
彼女の喜ぶ顔を見て、ティープも笑顔を見せた。
「名前は忘れたが、それは水の中で生きている魚っていう
生物の一種の肉だな。
俺もあまり食べた事がないんだが、
気に入ったか?
生の肉を嫌う女性も多いんだが。」
「うん。気に入った。
口の中にみずみずしさが広がるし、
なにより美味しいもん。」
「そうか、それは差入れしてくれた姫も喜ぶだろう。」
ティープは初めて、ハルカの言動で
素直に笑うことが出来た。
彼女はやはり普通の少女である。
人間と何も代わりのない普通の少女である。
どうしてもクールン人という色眼鏡をかけて
見てしまうが、接すれば接するほど普通の少女であった。
珍しくティープは会話を続ける。
「君たちクールン人は食生活も制限を受けていたのか?
そう言えば、マークサスにいるというクールン人は30人ほどと言ったな?
全員女性なんだろう?
どんな生活を送ってるんだ?」
「皆もロアーソンほどじゃないけど、隔離されて
制限された生活をしているんだよ。
軍の管轄の工場で、簡単な仕事をしながら
生活してる。
皆にも、コレ食べさせてあげたいなぁ。」
惑星マークサス。
ガイアントレイブの外縁部に位置し、
スノートール帝国領に近い場所にある惑星である。
ロアーソンにしろ、マークサスにしろ、
首都星であるベートキンより遠く離れた位置にあるのは
ガイアントレイブ王国がクールン人を脅威に感じていたからだろう。
というのはゲイリの予想である。
魔法など未知の力を使う生命体を
女王がおわす首都星の近くには置きたくないと言うのは理解できる。
だが、ふとティープの脳裡に疑問が湧き上がった。
「ロアーソンの事件があったからには、
ガイアントレイブも残りのクールン人をほったらかしには
出来ないんじゃないか?
今は別の場所に移送されていると考えるのが普通だが・・・・・・。」
ティープの疑問をハルカは何事もないかのように答える。
「もぐもぐ・・・・・・。
皆はまだマークサスにいるよ。
そこに居る友達から定期連絡が来るもん。
魔法を禁止されたから、私からは最近は送ってないけど。
もぐもぐ・・・・・・。」
「なにっ!?」
思わずティープの声が会場内に響く。
それに気付いたゲイリがティープの側にやってきた。
「どうした?」
ティープは豪胆な男である。
彼が驚くのはただ事ではないと察したからであった。
ティープは頭の中を整理すると、ゲイリに応える。
「いや。ハルカが、マークサスにいる同胞と
連絡を今も取り合っているらしい。」
そしてすかさず目線をゲイリから切り、ハルカに向き直る。
「なんでそんな大事な事、今まで言ってなかった!?」
「だって・・・・・・。魔法は使うな!って言われてたし、
こっちからは送ってなかったけど、
受け取るのにも魔法の力を使っているかもしれないし・・・・・・。」
それまで上機嫌だったハルカの表情が曇る。
助け舟を出したのは、ハルカを探していたタクだった。
彼はようやく任務を終え、パーティーに合流したところであった。
「それはないよ。
俺はチサという少女と交信した事がある。
電波とか使わずさ。
受信するのに、魔法の力が必要ってんなら、
俺もクールン人さ。」
一同の視線がタクに注がれた。
特にティープは驚いた表情でタクを見据えた。
言葉の内容に驚いたのではない。
タクの口調が、何か今までと違っている気がしたからだった。
今まで軍という巨大組織の中で、少年兵という
最年少の立場からか、自信がなさそうなかわいらしい少年だった彼に
男らしさを感じたのだった。
だが、そう感じたのはティープだけだったようで、
ゲイリもタクに続いてハルカをフォローする。
「タク二等兵の言う通りだ。
それに、ハルカ君は今まで自然に魔法を使ってきたのだろう?
無意識の内に出てしまうのは仕方ない事だと
我々も理解しているよ。
だから、絶対に使っちゃダメだと言っているんじゃない。
ただ、何でも報告してほしい。
止めてほしい事があれば、その都度言うし、
魔法を使わない生活に慣れるのも、時間がかかるものだと
我々はわかっているから。」
ゲイリの口元が不自然に歪む。
愛想笑いなど、これまでした事がないような男が、
精一杯の努力をして、ハルカに微笑みかけているようであったが、
あまりにも不自然だった。
その光景にティープも思わず笑みが出た。
「はははは。
ああ、すまないハルカ。
タクやゲイリの言う通りだ。
ただ、教えては欲しいな。
マークサスのクールン人と連絡を取り合っているというのは
どういう事なんだ?」
ゲイリよりも1000倍も自然な笑顔でティープは
ハルカに話を聞こうとするのだった。




