2章 13話 3節
クシャナダの殺せという指示にトワの表情は一瞬動いたが、
直ぐに元の冷静な表情に戻ると、女王に返答する。
「陛下。
モミジは既に真和組の隊員でございます。
我が隊員は家族のようなもの。
罪なき理由で裁くことなど、到底容認できるものではございません。
何卒、ご再考の程を。」
そう言うと深く頭を下げた。
慌てて反応したのは、アサーテ侯爵である。
「トワッ!!!
陛下のご命令は絶対だ。
発言を取り消し、陛下のご下命に従うのだ。
勘違いしてはならぬ。
真和組は陛下あってこその組織。
陛下の意にそぐわぬ組織など、ガイアントレイブに存在はせぬ。」
真和組の産みの親とも言えるアサーテの言葉にも
トワは首を振る。
「真和組の隊員が、陛下に忠誠を誓うのは、
陛下が名君であればこそでございます。
家族を殺された者が、何故に殺せと指示を出した者に命を預けましょう?
私が隊員達に、陛下のために死ね!と命じる事が出来るのは、
陛下が、陛下であればこそでございます。」
「ならば問おう。トワよ!」
クシャナダが割ってはいる。
「そなたは真和組の隊員達を家族と言った。
ならば、隊員の不始末は、真和組全体の不始末である事になるぞ?
国家反逆罪でも起こせば、3族皆殺しが我が国の法である。
一人が罪を犯せば、真和組の隊員全て、
そしてその親族、親兄弟までが罪を背負う事となるのだ。
その覚悟があってその言葉、言っているのであろうな?」
クシャナダは恫喝した。
クシャナダの言い分は無茶振りである。
今や真和組は組織を拡張し、隊員の数は3000人を超える。
その中の一人が罪を犯せば、それは真和組全体の責任だと
言っているのである。
仮に一人が国家反逆罪でも企てようものなら、
隊員の命だけでなく、隊員の実の家族、親戚に及ぶ
3族を罪に問うと言うのである。
その数は途方もない数になるであろう。
3万人を超えるほどの命である。
しかも、国家反逆罪など起こすはずがナイとは言い切れない。
その理由が、クールン人の存在である。
現にクールン人の一人、ルカゼは
明確にガイアントレイブ王国を恨んでワルクワ王国と手を組んだ。
もし、ルカゼの意見にモミジが同調し、
ガイアントレイブ王国に仇なす存在に変わる可能性だってあるのだ。
そういう意味では、モミジは真和組にとって爆弾である。
いつ爆発するか判らない爆弾をトワあは抱えようというのか?と
クシャナダはトワに迫ったのだった。
トワの口元が軽く歪む。
「我が真和組の家族たちが陛下を裏切る事などありえませぬ。
皆、陛下を敬い、そして崇拝しております。
万が一にも陛下に仇なすような不届き者がいるのであれば、
陛下の命令なくとも、真和組で処分致します。
陛下のお心を乱すような事はございませぬ故、
ご安心召されますよう。」
トワのこの言葉は誇張ではない。
真和組にはかなり厳しい規律があるのは有名な話である。
貴族ではなく、一般庶民を中心に結成された隊であるため、
鉄の掟と呼ばれる規律が存在していた。
それがあるからこそ、貴族たち中心の軍の中で
真和組は貴族と同列に扱われるのである。
その禁令の中には、隊の脱退についても厳しい罰則があり、
隊を抜ける事も容易ではなかった。
基本的には個人の都合で隊を抜ける事は叶わず、
仮に抜ければ、永遠に真和組に追われる身となる。
捕まれば死罪であり、ガイアントレイブ王国の憲兵的な存在にまで
成長した真和組から抜ける事は死を意味していた。
更に言えば、禁令はガイアントレイブ王国のみならず、
スノートール帝国やワルクワ王国下でも影響力を発揮する。
何故なら、組を抜けた者は国際犯罪人として登録されるからである。
国際犯罪人に関しては、その国が求めれば
身柄を引き渡さなければならない国際ルールがあり、
それを破る事は、国際秩序の崩壊を意味していた。
それでも亡命という手段は存在していたが、
亡命者を受け入れる側にメリットがなければ、
わざわざ国際法を無視してまで、
亡命者を受け入れるというのは有り得なかった。
たかだか組を抜けただけで。という意見もあるが、
真和組に加入する際に、その禁令を遵守することを誓ったのは
他でもない入隊希望者その人自身なのである。
そこに無断脱退については死罪ときちんと明記されていたし、
脱退については、総長、もしくは副総長の許可が必要であり、
基本的には各隊の隊長クラスまで功績をあげた者にしか許可はしないと
脱退できる基準まで決められていたのである。
自分自身で誓った制約を一方的に反故にするような人物を
受け入れるような組織はあろうはずもなく、
真和組の鉄の掟は、絶対の効力をもっていたのだった。
その代わり、トワが隊員を家族と称するように、
隊員たちは、真和組という組織に守られている。
云わば、組合のような相互補助の機能もあったし、
貴族の理不尽な仕打ちもはねのけるほどの力もあった。
真和組は鉄の掟を以って、絶対王政の貴族優位社会である
ガイアントレイブ王国で一定の勢力を築いていたのであった。
トワの言葉に、クシャナダはふふっと笑う。
「傲慢な事だ。トワよ。
妾は王であるが、王宮の人心を掌握するために
どれだけ苦労している事か。
先王より王位を譲り受けたは良いが、
妾におべっかを使い、裏では陰口を叩く者。
御しやすいとの理由で、弟のタケイルに近づき、
王位の簒奪を唆す者。
妾が心を許せる者は、ここにいるアサーテと道化のみじゃった。
そなたの真和組には3000人もの隊員がいるという。
それらを掌握する自信とは果たしてどこから来るのやら・・・・・・。」
「陛下の人徳の賜物でございます。
陛下が陛下たりえるからこそ、陛下の御威光により、
真和組は一つにまとまっております。
私の力ではございません。」
トワのこの返信は、モミジの処遇に対しての返事でもある。
もしクシャナダがモミジを処分するよう命じたとあれば、
真和組隊員の王家への忠誠心は薄れ、
トワとて、真和組を制御する事が出来なくなる。と
クシャナダを脅すかのようであった。
その意図に気付いたクシャナダはトワを睨みつけた。
王国内で絶対の権力を誇るクシャナダに、
トワは一歩も引く気配はない。
クシャナダは頑ななトワを見て決断する。
「よろしい。
では、モミジの処遇はトワ、貴様に任せよう。
だが代わりに、ワルクワへと亡命したクールン人の一人、
ルカゼという少女を殺れ。
かの者は明確に国家に対し反逆の意思を持って、
ワルクワに亡命しておる。
罪はある。見逃す道理もない。
方法は任かす。
仕留めて見せよ。」
「はっ!!」
トワの返事と同時に通信画面が消えた。
事の顛末をオロオロとしながら見ていたアサーテは
恐る恐る通信を切ったクシャナダの顔を覗き込む。
しかしアサーテの予想とは裏腹に、彼女は僅かに笑みを浮かべていたのだった。




