2章 13話 1節 埋伏の躍動
クシャナダの挑発にルカゼはガルの手を振りほどき、
自力で立ちあがると、猛然とクシャナダに噛み付いた。
「クールン人を隔離し、研究材料にしていたくせによく言う!!」
「ふむ。
それに関しては、妾の落ち度よ。
クールン人の情報は上がってきてはいたが、
些細な事、とうち捨てておったわ。
これほどまでの力があると知っていれば、
異端の種族など、議論の余地なく
根絶やしにするよう命令していたものを。」
「!!!」
大胆な事をあっさりとクシャナダは言ってのけた。
流石にルカゼも言葉に詰まる。
確かに、クールン人問題はクシャナダが女王に即位する前から存在していた。
クールン人を隔離し、研究するよう命じたのはクシャナダではない。
クシャナダが即位した時には、クールン人の隔離政策は既に進行しており、
国家機密であると言う事で、クシャナダ自身の耳には
届いていたが、他に取り上げる重臣もおらず、
放っておかれただろうとは予想するに難しくない。
ましてや、軍事利用できるまでに魔法の研究が進んだのは近年なのだ。
それまでは、小さな掌サイズのボールを空中に持ち上げるぐらいの
成果しかなかったのである。
クシャナダはサイキッカーの研究に熱心になるタイプではなかった。
ドメトスが代わりに前面に出る。
「国家元首たる者、まったく知らぬ存ぜぬと
シラを切るわけにもいくまい。
放置していたのはクシャナダ。
そなたの判断じゃ。
クールン人に対しての非人道的な振る舞い。
魔法の軍事利用という罪。
ましてや、一つの人種に対しての強制的な妊娠、出産など
およそ人に対して行う所業ではない。
そのような事を行う国家を、琥珀銀河は存在さえ認めるわけには
いかんという事よ。」
「狸めが。
己が魔法の力を利用するために、難癖付けてきておるだけじゃろうが。
ルカゼと言ったな?小娘よ。
好待遇を得たとして、小ずる賢しい人間共に
いいように利用されるのがオチぞ?
利用価値があれば利用して、
邪魔になれば排除される。
人にとって、都合のいい存在にしかなれぬのがクールン人の宿命じゃ。
魔力を帯びたその身を憂いて、
潔く自死するがいい。
そなたらに幸福な人生など、永遠に訪れぬ。」
ようやくルカゼも反論の態勢に入る。
「その言葉、そっくりそのままあんたに返すよ!
クシャナダ女王、あんたが望む、あんたの世界は永遠に来ない!
私が阻止する。
あんたにも幸福な人生の残り時間なんて残ってないんだからっ!」
ルカゼは言い返した。
クシャナダのあまりにも他人事な言い回しが気触ったからだった。
この問題、クシャナダ自身も当事者であるだろうとルカゼは思っていた。
だから言い返した。
しかしルカゼの挑発を受けても、女王は動じることはない。
「せいぜい頑張ることよ。
クールン人の存在を許さぬのは妾ではない。
人類の総意じゃ。
そなたの敵は、人類そのものなのだからの。」
室内の空気が乾く。
ここでドメトスらが、「クールン人は我々が守る」などとほざかないのは
彼らが大人だからであろう。
ドメトスはルカゼの魔法の力を利用し、
ルカゼはワルクワの軍事力・支配力を利用する。
つまりは相互契約であって、一方的に保護する対象ではない。
それはドメトスもルカゼも理解していた。
1分ほどの沈黙のあと、ルカゼはフゥとため息をつき、
クシャナダに問いかける。
「女王。
一つ尋ねたい事がある。
私の、父親は・・・・・・。
その元気なのだろうか?」
その顔は10歳の少女の表情に戻っていた。
もしかしたら、クシャナダを呼び出す一番の理由はこれであったかも知れないと
感じるほどに、真摯に彼女は女王に問うた。
クシャナダはその質問に意外そうな表情を向ける。
「そなたの父か?
調べはついておる。
優しいクシャナダ様は教えて進ぜよう。
そなたの父は、死んだよ。
先のスノートールの内戦の最中でな。
だが、ルカゼよ。
そなたの父は血は繋がっているとは言え、
軍の命令で、ただそなたの母を抱いたに存在に過ぎぬ。
実父ではあろうが、父親でもなんでもない。
そなたにも、そなたの母にも愛情はなかった。
そなたの祖父、おじいちゃんに当たる人物は生存しておるが、
そなたの存在を知る由もない。
考えるだけ無駄であろう。
そなたはクールン人。
この広い人類社会から見れば、天涯孤独のような存在じゃ。」
「死んだ・・・・・・!?
そう・・・・・・。
もう居ないんだ・・・・・・・。」
ルカゼは悲しそうな顔をした。
虚勢を張る感じの多いルカゼだが、そもそもは10歳の少女である。
そのルカゼの表情を見たクシャナダの表情も変化を見せる。
悲しげな、哀れみの瞳。
ルカゼに同情するかのような優しく包み込むような眼差し。
まるで母親のような安らぎの微笑み。
「ルカゼよ。
妾の世界とそなたの世界は相反する。
そなたが生きたいと望むのであれば、
妾を倒すしか道はないと心得よ。
妾の世界に、クールン人が生きる余白はない。
世界に妾とクールン人は同居することはない。
励めよ。
妾は手加減はせぬぞ?」
そう言うと、クシャナダの部屋の中に写しだされた映像が
徐々に薄くなっていく。
映像が消えようとしていた。
クシャナダは自身の身体が消えようとするのを確認すると、
改めて部屋の中にいる全員を見渡した。
「ドメトスよ!
良い余興であったわ。
これからも妾を楽しませてくれるのであろ?
そこのクールン人の少女と共に。
仲違いなどしないでおくれよ。
でないと、妾が一人勝ちしてしまうからの。
・・・・・・・。
否、スノートールの若造が漁夫の利を攫うか?
ありえるのぅ。
ピエロは我々になる可能性も。
フフッ、ではの。」
そう言うと、クシャナダの残像は消えた。
ルカゼは力が抜けたように床に座り込む。
ガルが肩に手をかけた。
「大丈夫ですか?
少し休みましょう。」
ルカゼは大人しく頷いたのであった。




