1章 12話 5節
娘より若いルカゼの挨拶を受けて、ドメトスは笑顔を返した。
「もっと早くに挨拶に伺うべきであったが、
すまんの。
見ての通り、体調が芳しくなくてな。」
杖をついて歩くドメトスは、筋力の衰えからか、
すごく痩せこけて見えた。
ルカゼは失礼かもと感じながらも、思った事を口にする。
この辺りは、普通の10歳の少女である。
「宇宙病でありますか?
母も常々、苦しんでいました。」
宇宙病。
宇宙には細菌やウイルスなどは存在しない。
従って、最近やウイルスが原因の病気にはならない。
惑星から宇宙に出る場合も、人類はJBBという装置の中で
感染症の原因となる細菌やウイルスを駆逐してから
宇宙船に乗り込む必要がある。
従って、宇宙空間で病気になるというのは稀であった。
巨大な人工コロニー、宇宙ステーションなど、
一般の人々が暮らす居住区はほぼ惑星上と変わらないため、
病気になることはあったが、宇宙船や軍艦、商船などでの
宇宙航行では、人は時間を持て余す。
規則正しい生活と、栄養面のみを考慮された食事、
そして簡易の健康診断ツールによって、
徹底的に健康面に関しては管理され、
宇宙空間での生活は、人を病から遠ざけたのである。
のにも関わらず、原因不明の倦怠感、吐き気、頭痛、
筋力の劣化、神経症に襲われることがあり、
人はそれを宇宙病と言った。
治療方法はなく、これまた原因不明だが、
惑星に戻り、3日も安静に暮らすと何もせずとも治るという
医者泣かせの病気である。
精神病の一種という学者もいるが、
脳波にも異常はなく、まさに原因不明であった。
ドメトスはルカゼの質問を否定しなかった。
「ふむ。
本来ならば船を降り、惑星に戻るべきなのだが、
戦時中のこの時期に、儂が前線から離れては士気に関わるのでな。
宇宙病は治らないだけで、別に命に別状があるわけではない。
王には王の、責務があるのじゃよ。」
すかさずガルが意見する。
「陛下。
確かに宇宙病は、身体の不調を促すものではございますが、
筋力の衰えは、どこかで歯止めをかけねばなりません。
休戦条約が結ばれている期間だけでも後退を。」
「くどいぞ。ガル!」
ドメトスの叱責にガルは頭を下げた。
その瞬間、ドメトスの身体がポアッっとかすかに光る。
「ん?なんじゃ?」
ドメトスは思わずルカゼを見た。
不思議な現象が起きれば、自然にクールン人の視線が泳ぐまでには
ドメトスもクールン人の情報は把握していたからである。
その予想通り、ルカゼは両手をナナメ下45度辺りに掲げ、
両目を瞑って何か念じているように見える。
ガルが思わず叫ぶ。
「ルカゼ!何をしているのです!?」
ガルの問いにルカゼはハッ!と我に返った。
「ご、ごめんなさい。
お母さんが苦しんで居る時に、
こうしたら、楽になるって言ってたから・・・・・・。」
その言葉と同時にドメトスから放たれていた淡い光は消える。
明らかにルカゼの魔法であるのは間違いなかった。
ガルはドメトスへと駆け寄る。
「陛下!?
お身体に何か変化はございませんか?」
「おお、ガル・・・・・・。」
ドメトスは、右手に手にしていた杖をガルに向かって差し出すと
ガルは心配な眼差しで杖を受け取る。
だが、身体を支える杖を他者に渡すということは、
ドメトスにとって杖が不要になったということである。
ガルは「まさか?」と言う面持ちで王を見た。
視線を受けたドメトスは軽く頷いて応える。
「うむ。
身体が軽くなったわ。
ルカゼや。
これは何をしたのじゃ?」
「私も原理は、わかりません。
ただ、母が苦しんでいる時、少しでも苦しみを和らげようと
願っておりいましたら、出来るようになった事で。
陛下にも効くかもと。」
ルカゼの言葉にガルが先に反応する。
「ルカゼ!
そういうことは予め検証をしてからだな!」
ガルの言葉をドメトスが右手を挙げて制する。
「よい。
儂の身を案じての行為じゃ。
ありがとうの。ルカゼ。
痛みも気だるさも消え失せた。
魔法とは、これほどの可能性をもっているのか。
考えを改めねばなるまいのう、ガル。
この力、無限の可能性を秘めているのではないか?」
ガルが再び頭を垂れる。
ドメトスの言い分はガルでも理解できた。
彼女の力を使って、琥珀銀河を支配しようとしていたが、
何も、暴力的な支配の方法を取らずとも、
今のように治療などにも魔法が使えるのであるのであれば、
その方法は様々な可能性を秘める。
例えば、王宮の主治医として王に仕えるだけでも、
ワルクワ王家としては、ルカゼの価値は上がる。
単なる兵器以上に、王家にとって必要な人材となり得るのである。
ガルは右手を顎の下に充てて、暫く考える素振りをした。
兵器としてのクールン人以外の可能性。
アリかナシかで言えばアリである。
思考するガルを他所に、ドメトスはルカゼに提案をする。
「ルカゼよ。
我々はガイアントレイブの女狐、クシャナダ女王を
スノートール内戦の原因として、法廷に引っ張りだす事を
今回の軍事作戦の最終目標としておる。
戦争が長引くのは儂の本意ではない。
かの女狐さえ取り除けば、ガイアントレイブは
我が軍門に降るであろう。
どうじゃ?
そなたの魔法で、クシャナダをこの地に
呼び出す事はできぬか?
そうすれば、戦争は終わりじゃ。」
ドメトスの発言にガルは目を見開く!
「陛下!!!
それはっ!!!」
頭の回転の早いガルは、ドメトスの意図と、それを行う事へのリスクを瞬時に
把握し、王に言葉を返す。
魔法は、未だ人類には未知数の代物だったからである。




