1章 2話 1節 曇ったガラスの天井
マーク少尉の身に何が起ったのか?
彼の搭乗するFGは、ガイアントレイブのFGの視界を
誘導すると、回避運動に専念していた。
だが、それは前方に出てきた敵FGと
後ろに下がった敵FGに対してであり、
完全にG-2機雷の事を意識してはいなかった。
自由行動するG-2機雷は、マークのルックの死角から
公然とルックに襲い掛かったのである。
G-2機雷の動きを監視していなければならなかったのは
マリー伍長である。
咄嗟にカレンディーナの怒声が通信機に響いた。
「マリーッ!」
「すみません。敵の撃墜に見蕩れてしまって・・・・・・。
すみません。すみません。」
心なしか声が震えているのがわかる。
マリーを萎縮させてしまった事をカレンディーナは悔いる。
戦場で、味方を萎縮させてしまうなど、
指揮官失格であった。
「切り替えてっ!
マリーは引き続き、機雷の監視!
タクっ!」
ここでカレンディーナは一瞬、判断に迷う。
敵は、見えているだけでは残り1機。
こちらは後方のモルレフ隊の2機に加え、
巡洋艦ブレイズの守備にヒルン隊の2機。
そして、カレンディーナら前線に3機。
ただし、マリーは新兵であり、タクは作業員である。
このまま押し切るべきか?悩んだ。
勝てるのは勝てるであろう。
ただし、経験の浅いマリーとタクの命までは保障できなかった。
「くっ!」
彼女は軽い舌打ちをし、指示を出す。
「タクッ!フォローを頼むよ。
あの新兵器は放っておけない!」
「わかってる!
母さん。二人で止めよう!」
その言葉にカレンディーナはビクッ!とした。
さっきまで、まるで震えて満足に動けなかったのではなかったか?
なんとか鼓舞して戦場に馴染ませることを考えていたが、
タクの返事は、頼もしいと感じるほどであった。
しかし、今はタクの心境の変化を考えている暇はない。
カレンディーナはアクセルを踏んだ。
一気に後方に下がったFGとの距離を詰める。
FG単体の反応速度はカレンディーナの方が上だった。
だからこそ、マークは油断してしまったのもある。
しかし、FGの動きは悪くても、そこは問題ではなかった。
ガイアントレイブのFGはただ棒立ちのようにルックの接近を許したが、
周囲に点在していた機雷群が動き出す。
今度はマリーも反応する。
「少将!右から機雷きます!」
通信機でそう言われるが、漆黒の闇である宇宙空間で
直径1mに満たない物体を視認するのは無理というものである。
「クッ!」
カレンディーナは操縦桿を手前に引いて減速すると、一気に逆噴射で
後方に下がった。
その眼前を、無数の機雷群が横切っていく。
想像していたよりもギリギリだった。
逆噴射がもう少し遅ければ、機雷群はルックを捉えていただろう。
このような戦いのノウハウがなかった。
推進力もなく、熱源反応もない動く機雷群との戦い方がわからないかった。
そもそも、推進力なしで自由に動く物体など存在していないはずなのだ。
そんなものと戦う訓練もしていなければ、想定もしていない。
「厄介だね。
近づく事も難しい。」
だが、カレンディーナの口調とは裏腹に、彼女には余裕があった。
モロレフ隊が敵に後方に回りこもうと動いている。
敵は1機であり、こちらは5。
正面からやられたのはマーク機だけであり、後は奇襲のようなものである。
マークに至っても油断していたと言っていい。
脅威ではあるが、正面からやられているわけではなかったのである。
カレンディーナは大げさに回避行動をとると、
近付きたくとも近付けないように振舞った。
もちろん、本気で近付くつもりはない。
攻めあぐねていると相手に思わせる作戦である。
マリーとタクもカレンディーナを援護する。
彼女の周囲に展開する機雷郡に向け、マシンガンの乱射で
少しずつ破壊していった。
機雷郡は密集していたため、一つが爆発すると周囲の機雷も巻き込んで
連鎖的に爆発を誘引する。
宇宙空間に、幾つもの光がまるで花火のように広がっていった。
だが、少しでも気を抜けばやられる!
カレンディーナの集中力は上がっていく。
極限まで集中力を高めた
その彼女の脳裡に、小さな声が届く。
「・・・めんなさい。ごめんなさい。
殺すつもりはなかったの。仕方なかったの。
許してください。ごめんなさい。
助けて・・・・・。」
思わずカレンディーナは通信機を見た。
通信が繋がっているのは味方だけである。
声は女性のようだったが、マリーではない。
もっと幼い・・・・・。
「子どもの声!?」
カレンディーナは通信機のチャンネルを操作する。
敵の周波数を探した。
敵と交信する事も珍しい事ではない。
チャンネルはすぐに見つかった。
「ガイアントレイブのパイロットかっ?
何を言っている!」
突然の通信に驚いたのはタクである。
「母さん。どうしたの?」
「声が聞こえるんだよ!
助けを求めてる。
子どもの声だ。」
カレンディーナの声が上ずる。
平常心ではないようだった。
マリーが通信に加わる。
「少将!
落ち着いてください。
子どもの声なんて、私には聞こえ・・・・・・。」
「助けて・・・・・・。助けてよう・・・・・・。
モミジ姉ちゃん!ママァ!」
「!!!!」
今度はマリーにもタクにも聞こえた。
否、聞こえたというよりも、脳に響く。
骨電動のヘッドセットを付けているかのような感覚だった。
それは彼らを混乱するに十分な効果を持っていたのである。