1章 12話 2節
セリアのハルカへの質問は終わり、
タクとハルカは会議室を出た。
ここからは、ハルカの意思を受け、スノートール帝国がどう動くのかを
話し合う大人たちの時間である。
会議室を出たハルカは両腕を頭上に掲げ、身体を伸ばした。
「ん~!」
緊張が解かれたのか、表情も柔らかくなる。
清々しい笑顔のハルカとは対照的にタクの表情は険しかった。
「ごめん。ハルカ。
君の望むような状況に出来なくて・・・・・・。」
タクの言葉にハルカの足が止まった。
「ん?
何言ってるの?
別にタクに期待してないし。
あなた、多少は陛下とかお偉いさんに顔が効くみたいだけど、
子どもでしょ?
何が出来るってのさ?」
悪気があっての台詞ではなかったが、
その言葉はタクに突き刺さる。
「それはそうかも知れないけど、
俺は君を守るって。」
「わっかんないなー。
自分が何か出来るかも知れないっていう自信もそうなんだけど、
クールン人にそこまで真剣になれるってのがさ。
所詮、他人事でしょ?
あなたの役目は私の監視。
クールン人の未来まで背負う事ないんじゃない?
必要以上の思い入れは、キモイよ。」
ハルカの言葉は辛辣であったが、タクは一歩前に出て
身を乗り出した。
「母さんは、君達クールン人を助けるって言って死んだ。
君たちを助けられなかったら、母さんの死は無駄になる。
母さんと俺は血は繋がってなかったけど、
辺境惑星の鉱山採掘現場で働かされていた俺たちを救ってくれたんだ。
俺は母さんに救われた。
母さんは君たちをも救おうとしてた。
だから、俺は母さんの意思を継いで、
母さんの行動が正しかったって!」
「ふーん。
あんたたちも色々あんだ・・・・・・。」
類は友を呼ぶという言葉があるが、
今、巡洋艦ブレイズに集まったK作戦に携わるメンツは
若くして家族を亡くした者が多い。
タクは元々孤児であったし、
ハルカも母親を研究所での魔法の暴走で亡くしており、
ティープも軍人になったのは、家族を宇宙海賊に殺されたからである。
ゲイリと、ゲイリの父を養育者として育てられたセリアも
ゲイリの父、ブレイク伯爵と若くして死別していた。
恵まれない環境に育った人間が集ったような感じであるが、
それには理由がある。
そもそも、この時代に好き好んで軍人になる人間というのは
皆無であったと言って良い。
特に宇宙軍というのは、人生の大半を宇宙空間で過ごす。
宇宙船の技術は発達しているとは言え、
人工惑星や宇宙コロニーとは利便性が段違いであり、
狭い空間に閉じ込められた存在と言っていい。
惑星間の距離の問題もあって、一回の出撃に数年もかかる宇宙軍は
好まれた職業ではなかった。
惑星間の宇宙旅行ですら忌諱された時代である。
家族が居たとしても,会える時間は短く、
一兵卒に至っては、独身者で構成される事も多かった。
従って軍人、とりわけ宇宙軍の兵士たちは
家庭環境になんらかの問題をもっている者たちで
構成されている集団だと言っても良く、宇宙空間で船が轟沈すれば
一蓮托生、運命と共にする共同体という事実も相まって、
組織内の結束力は強い傾向にあった。
一般に宇宙軍はエリート集団と捉えられる趣もあるが、
将官クラスならいざ知らず、その認識は間違っていた。
ハルカはブレイズの乗組員としては新参者であり、
長年の研究所生活で、人間に対して不信感がある。
拒絶される傾向にあるクールン人を受け入れる
ブレイズの雰囲気に戸惑いを感じる事は少なくなかった。
しかし、悪い気分ではなかった。
長年、被験者として生きてきたハルカに対して、
ブレイズの乗組員は、同情の目でみるような事がなかったからである。
「大変だったのね。可哀相。」
ではなく
「大変だったのね。頑張りましょう。」
だった。
その些細な違いが、過ごし易さを生む。
彼女の中で、ブレイズでの生活は決して苦痛ではなかった。
だから、タクの過保護さは少し煩わしい。
「私は大丈夫だからさ。
ルカゼを止めてよ。
あれでもルカゼは、私の大事な妹なんだ。」
ハルカの言葉にタクは違和感を感じる。
ルカゼがハルカの妹なのは知っていた。
彼女の話の中で、父の顔は見た事もなく、
母は既に死に、血の繋がった家族はルカゼしかいない事も知っていた。
だが、彼女はルカゼの事をあまり関心がないように装っていた。
まるで、私は私、妹は妹のように、ルカゼに対して感情を露にすることがなかったのである。
今も、言葉とは裏腹に必死に嘆願するというよりは、
会話が流れるかのように、サラッと言ってのけただけである。
だが、タクから視線を外し、まるで本心を悟られないように言う
ハルカの姿に、タクは確信めいたものを感じた。
「わかった。」
返答は簡潔だった。
それまで、ちょっとクドイぐらいにハルカに纏わりつくように
接してきたタクが、あっさりとハルカの願いを受諾し、
タクもハルカから視線を外して、前を向く。
二人はその後、一言も発せずにそれぞれの部屋に戻った。
それぞれの感情をシンクロさせながら、巡洋艦ブレイズは宇宙空間を流れていく。




