1章 11話 6節
巡洋艦ブレイズ内で、セリアとハルカの話し合いが始まった。
後世「セリアの尋問」と呼ばれる事案であるが、
当人たちに尋問の意識はなく、ただの認識の確認の意味合いが強い。
セリアとハルカ、そして同席するゲイリ・ティープ・タクの5名は
ブレイズの小会議室に集まった。
セリアは女性同士二人で話し合いたいと希望したが、
多くの人に得体の知れないモノとして認識されるクールン人と
セリアを二人っきりにする事は流石に許容されず、
護衛として、ティープとタクの同席が決まったのである。
ゲイリに関しては、帝国の今後の指針を立てる上で、
同席するのが望ましいとされた。
セリアは、緊張の面持ちのハルカに優しく声をかける。
「あんまりかしこまらないでちょうだい。
ざっくばらんに、気軽に話し合う場なのだから。」
この言葉はハルカに言った台詞になるが、
対象にはタクも含まれていた。
タクはクールン人と出会ってから、どちらかと言うと
クールン人側の味方に立った言動が目立っている。
カレンディーナ少将がクールン人を救おうとした意思を
継ぐ覚悟があるのだろうと周りの大人たちは感じており、
クールン人寄りのタクに苦言を言う人間はいなかったが、
この場においても、セリアの護衛として同席が認められたにも関わらず、
あからさまにセリアやゲイリに対して警戒している素振りがあったからである。
セリアは二人の様子を見て、話を続ける。
「では、ハルカちゃん。
改めて、貴方の希望を聞きましょうか。」
5人の前に飲み物が届けられると、会議が始まった。
ハルカは特に感情なく、真顔で応える。
「私の希望は、普通の生活がしたい。
研究所でも授業はあったけど、学校ってのに通ってみたい。
お休みにはショッピングとかしてみたいし、
映画とか漫画とか見たい。
恋愛とかもやってみたいな。」
「そうね。
それらは普通の人間が一般的に持っている権利で、
誰もが当たり前にそれを望んでも構わないような、
高望みでは決してない願いでしょう。
でも、例外はあるわ。」
「例外?」
「ええ・・・・・・。
それはクールン人だからってわけじゃない。
そうね例えば、恋愛。
誰でも自分の好きな人の事を好きになる権利はあるけども、
私の立場では、どんな人と付き合えるって訳にはいかないの。
皇帝の妹である私が、麻薬の密売人で、暴力を肯定した人で
人を殺めることさえも躊躇しないような組織のボスと、
どんなに二人が愛し合っていたからと言って、付き合える事はないわ。
普通の人間でさえ、すべては自由じゃないの。
特に、貴方たちクールン人の場合、
学校には部活動とかあったりするけども、競技系はダメね。
魔法を使ってズルしてるものと思われる。
どんなに貴方が不正をしていないと言っても
信じてもらえないでしょうね。」
セリアの台詞に、ゲイリは感心した。
彼はハルカが学校生活を行うにあたって、
問題はあるとの認識でいたが、具体的に何が問題なのか?は
あくまでも学校という社会全体のバランスを考えており、
部活動での問題など細部までは考慮していなかったからである。
そこら辺の視点があるだけで、セリアがこの会議に出席している
価値があるというものである。
ハルカはセリアの言葉に唇を尖らせた。
「そっか。
簡単じゃないんだね。」
ハルカ自身も薄々気付いていた事である。
ハルカはクールン人としては3世代目にあたる。
クールン星から救出された初代の孫の世代であり、
人間の社会から隔離される理由というのは、
上の世代から聞かされていた。
だから、逆にタクやティープらのほうがピンと来ていない。
口を開いたのは、ティープである。
「待ってください。
そんな事言い出したら、ハルカは何も出来なくなる。
学校のテストだって、魔法でカンニングできるだろうし、
買い物だって、魔法を使って万引きできるかもしれない。
そこを言い出したら、自由なんて一つも認められないんじゃないか?」
セリアは大きく頷く。
「そう。
人の社会のルールっていうものは、『出来ない』という前提で
決められています。
カンニングが出来ないから、テストは成立していますし、
盗むことが出来ない、不正が出来ないから、貨幣制度があります。
警察に歯向かえないから、司法が機能し、
出来ないという前提で法律は制定されているのです。
それらが『出来てしまう』のであれば、社会制度は崩壊します。」
セリアが一息ついたタイミングでゲイリも捕捉をいれる。
「人間は何度か、そういう歴史を経験している。
言葉が出来、人と人の伝達が生まれたときには、法が必要になり、
コンピュータが生まれ、生身の人間では不可能が可能になった時は、
新たにデジタル世界の秩序が必要になった。
死を克服した人類は、惑星エスカレッソを作り、
不死者を隔離し、全く別の社会を構築せざるを得なかった。
出来ないものが出来るようになったとき、
人は意識の転換を求められるんだ。
クールン人を認めるという事は、
全く新しい世界を構築すると言うことだ。
一番簡単なのは、惑星エスカレッソのように、
クールン人が生存する世界を隔離してしまう事ではある。
まぁ、AIに完全支配され、感情さえもコントロールされる
エスカレッソに自由があるか?と言われれば疑問だが。」
ゲイリの言葉は、流石にハルカでも想定外のようであった。
「そんなの・・・・・・・。
研究所の時のほうがマシじゃない・・・・・・。」
まるでその台詞を待っていたかのように、セリアがハルカに迫る。
「だから、ハルカちゃんの決意を知りたいの。
ハルカちゃんは、魔法を。
クールン人としてのアイデンティティを捨てる事が出来る?
もし魔法を使ったら、牢獄に入れられるってルールが出来ても
それに従う事が出来る?」
この話し合いの肝になる部分であった。
魔法を捨てる事が人類社会への編入の絶対条件であった。
少なくとも今は、その決断を強いる事が、
人間社会にクールン人を受け入れる最低ラインなのである。
ハルカは唐突に突き付けられた条件に困惑した。
暫く考える。
ハルカの中で、魔法を所持したままなら
人間社会でも苦労なく生きていける打算があったのは
確かである。
魔法が使えるのであれば、人間社会はイージーゲームである。
もちろん、ある程度の制約はあるものと覚悟していたが、
一切の使用を禁止するまでは、考えていなかった。
逆に言えば、魔法を使えない人間社会は、
恐らくクールン人にとっては、住みにいくい社会になるだろう。
ハンデを背負っていると同義である。
出来る事が出来ないというのは、凄いストレスを感じるだろう。
ハルカが悩むのも当然だと言えた。
そして45秒ほどの沈黙の後、彼女はゆっくりと口を開く。
「そうだとしても・・・・・・・。
私は普通の人間として生きたいかな!」
そう言うハルカの瞳をみて、セリアはゆっくりと頷いた。




