1章 11話 5節
星暦1002年11月30日
クルセイヤー星系に駐留中の巡洋艦ブレイズに
皇帝妹であるセリアが到着した。
セリアはもう姫ではなく、ブレイク伯爵夫人と呼ぶべきであったが、
未だに姫と呼ぶ者も多い。
ブレイク伯爵当主たるゲイリ中佐が、そもそも伯爵位を好んで名乗らない事、
元々、芸能人としてセリア自身の認知度が高い事、
他に姫に該当する人物もいなかった事が理由であるが、
先の内戦でスノートールの貴族爵位の価値が
大きく落ちた事を物語っている。
ブレイズに連絡艇で乗り付けたセリアは、
Gパンにパーカーというラフな格好をしていたが、
周囲が軍服であるため、逆に目立つ格好となっていた。
クルーらの歓迎を受けると、夫であるゲイリにウインクで挨拶をする。
しかし、まずセリアの前にやってきたのはオットー艦長だった。
「姫。このような場所までご足労、ありがとうございます。」
「いえ、国家の大事とあれば放っておくわけにもいかないでしょう。
ハルカという少女は、彼女ですね?」
セリアは出迎えたクルーの中で、軍艦に相応しくない私服の少女を見て
オットーに尋ねると、彼は頷いた。
この中で私服なのは、セリアとハルカだけである。
セリアはオットーに軽く挨拶を済ませると、
ハルカの目の前へと歩みだす。
オットーもゲイリも止める素振りがないため、
一同は黙ってセリアの行動に注視した。
ハルカの目の前に来たセリアは、社交界の令嬢よろしく
膝を曲げて挨拶する。
「はじめまして。ハルカちゃん。
私はスノートールの皇帝の妹、セリアと申します。
以後、お見知りおきを。」
ハルカはガイアントレイブ王国の人間であったし、
研究所生活で外部の情報に疎かったので、
セリアの顔は知らない。
タクから、「姫さまが来る」とは聞いていたが、
彼女にとって貴族とは、自分達を研究所に押し込めた存在であり、
また、女性だけしか存在しないクールン人からしても、
姫というワードに魅力を感じなかった。
だが、セリアを見た彼女は認識を改める。
「綺麗・・・・・・。」
芸能人としてメディア活動もしていたセリア姫は、
今年で24歳であり、女性として見事に
子役→アイドル→俳優とキャリアを積み重ねる事で、
美しさを増していっていた。
誰もが敬う美貌を手に入れていた。
ハルカの感想も、初対面であれば当然の感想と言える。
セリアは更に、万人を魅了してきた笑顔を少女に向ける。
「あら?ありがと。
ハルカちゃんも可愛いらしいわよ。
魔法なんて使う魔女のような存在って聞いていたから、
鼻の長ーい魔女のようなものを想像してたんだけど。」
嘘である。
予め画像データを拝見していたセリアは
ハルカが、活発でボーイッシュとまではいかないまでも、
健康的な少女として魅力的だと言える外見なのを知っていた。
だが、この時のセリアの嘘は誰も傷つけない嘘である。
ハルカは素直に照れた。
「そんな私なんか・・・・・・。
モミジお姉ちゃんみたいに綺麗でもないし・・・・・・。」
少し口を尖らせる表情が、可愛らしい。
掴みは上々であると判断したセリアは、
一安心し、更にハルカの警戒を解きにかかる。
「民間人代表として、あなたに会いに来ました。
ここには野暮な軍人さんしかいませんからね。
何かあったら、私に声かけてちょうだい。
後でゆっくり話しましょう。」
セリアのこの言葉は、ハルカに響く。
彼女らクールン人は、ガイアントレイブの軍の研究所で
拘束されており、更にはガイアントレイブはクールン人を
軍事利用したのである。
ハルカの知り合いでもあるチサという娘は、
FGに乗せられ、戦場で命を落としている。
その軍部からハルカの処遇を引き離すというのは、
スノートール王国がクールン人を軍事利用しないという意思の表れだった。
安堵する表情のハルカを見て、セリアはこの場を去ろうとするが、
ふと、ハルカの隣にいる少年兵に視線が泳いだ。
少年兵自体は珍しいものではない。
最前線に位置する巡洋艦ブレイズに少年兵が配属されているのは
違和感はあるが、カレンディーナの一件を知っているセリアは
タクの事も承知済みである。
むしろ、10歳のハルカに、14歳のタクと比較的歳が近しい存在がいる事は
都合がいいとも感じていた。
だが、それだけである。
ブレイズに到着する前まで、セリアはタクの事を気にも止めていなかったが、
ハルカに寄り添うこの少年が目に入ったのだ。
セリアの表情が険しくなる。
「タク二等兵。
ハルカちゃんの側に居てくださってありがとうございます。
カレンディーナ少将の事は残念でした。
ティープ大佐も、貴方の存在で救われていると思います。
時代に流されてしまう運命にあるかとは思いますが、
貴方も新しい時代のための、必要なピースです。
ご武運を。」
「ハ、ハイ!ありがとうございます!!」
セリアは一礼して、二人の元を離れた。
思えばタクも人生が急展開した人物である。
数年前まで身無し子として学校にも通えず、鉱山労働者として働いていた彼は、
今や画面越しではあるが、皇帝ウルスと会話し、
皇帝の妹であるセリアに、名を呼ばれる存在となっていた。
鉱山労働者であった頃には想像もしなかった事である。
戦争が彼の立場を変えた。
もし、スノートールで内戦が起きなければ、
彼は今も鉱山労働者として働いていた可能性がある。
学もなく、日々を生きるためだけに生涯を費やした可能性もある。
セリアはオットーの元に戻る途中、思考を巡らせた。
「戦争によって不幸になる人もいれば、
戦争で人生が好転する人もいる。
平和は、人類にとって尊い事ではあるけども、
不幸な人生を送っている者にとっては、
苦しい境遇に縛り付ける鎖でもある。
だから、平和を甘受し富を持つ者は、
持たざる者に富を分配しなければいけない。
決して、平和が不幸への鎖になってはならない。
お兄さま・・・・・・。
己の野望だけで、社会を構築出来るのであれば
なんと楽な事でしょう。
自分の周りにいる人たちだけの幸せを願うのであれば、
政治は容易いでしょう。
でも、お兄さまは世界にケンカを売っているのです。
理想の政治への頂きは、道なき道を歩むもの・・・・・・。
その頂きへの道は、険しく、そして遠い・・・・・・。」
セリアの口元が歪んだ。
彼の兄と夫が目指すものの困難さに、思わず笑みがでる。
他人事ではない。
彼女もその片棒を担いでいるのだから。




