1章 11話 4節
スノートール帝国所属、巡洋艦ブレイズは、
宇宙航路を進んでいた。
その船に乗るゲイリ中佐の下へ、一通の通信が届く。
ゲイリは通信相手を確認すると、
めんどくさそうに交信のスイッチを押した。
「はい。どうした?」
通信相手は、スノートール帝国初代皇帝ウルスである。
ウルスとゲイリは幼馴染みであり、
ウルスの妹、皇妹セリアと結婚したゲイリは
ウルスの親族にも当たる。
それ以前に二人は親友であり、二人だけの時は
対等に話せる関係であった。
通信機のディスプレイの向こうに、皇帝ウルスの姿が見える。
「すまないな。
認識を共有しておきたい。」
主語を抜かしているが、課題は一つしかない。
クールン人問題である。
ゲイリは前髪を左手の指に巻きながら応える。
「すまないが、俺は前例のある事、
思考だけで未来が想定できる事象ならばアドバイスは出来るが、
人類初体験の出来事のアドバイスは難しいな。」
「ああ、判っている。
だが、親友として意見を聞いておきたい。
お前は王の弟な訳だしな。
わからないから、決断しません。という立場でもないだろう?」
「ふー。
考え方は今までと変わん。
歴史上、人間として正しい行いだとしても、
為政者として正しくない。という事例は無数にある。
器量が大きく、戦って破れた敵方の将軍を重宝した覇王は、
最終的に将軍らに裏切られ、国を滅ぼした。
人権意識が高く、弱者に権利を与えた優しい王は、
力をもった弱者たちに、ギロチン台送りにされた。
どちらもその後、国は乱れ、
戦乱が長引いて、多くの人が犠牲になっている。
秩序を構築する事と、人として正しい行いというのは
イコールではない。」
二人の間に沈黙が走る。
皇帝ウルスは、皇帝に即位する前、
民主王政という、民衆議会と貴族社会が融合した政治を行うと宣言していたが、
皇帝に即位し未だ1年も経ってないとは言え、
議会の設置をまだ行っていなかった。
内戦の終結から、国内外の混乱がまだ収まっていないという理由からであったが、
彼は今、独裁者として国を治めている。
それは人間的に褒められた事ではない。
有言不実行であるからだ。
ウルスはゲイリの言葉に大きく頷く。
「つまり、クールン人に権利を認めない。という事だな?
少なくとも、優遇はしない。と?」
「クールン人の力は、人間が管理できるものじゃない。
秩序を崩壊させるレベルの力だ。
認めるわけにはいかんよ。」
ゲイリの瞳が寂しそうな目になった。
彼はクールン人であるハルカと既に面識がある。
彼女達の境遇を思えば、可哀相ではある。
だが、政治を行う立場として、情に流される事が、
正しくないのを彼は知っていた。
情に流され、優しさで動けば、
国が乱れ、他の多くの国民に悲劇が起こりうる事もあるのだ。
敵対する勢力の一族を皆殺しにし、
力のある家臣を非道にも粛清する為政者が作る世の中のほうが、
その逆よりも安定する事が多いのである。
粛清で犠牲になった者たちには同情はするが、
世の中が安定する事で、多くの国民は平和を甘受できた。
救いようがない人類の真実の一つである。
つまり、ゲイリの回答は
「クールン人は粛清すべき」であるという結論が出ていた。
勿論、その結論を口にはしない。
少なくとも、惑星ロアーソンを崩壊させたと思われるルカゼ以外に、
クールン人だからと粛清されるべき理由はない。
未来への不安というだけで人を裁けるほど、彼は強硬派でもない。
だが、彼のスタンスはクールン人に好意的ではなかったのである。
ウルスも大きく反対はしない。
「ほっておけないのは理解している。
だが、ハルカを見ただろう?
ただの子どもだ。
魔法の使用を禁止させるだけでいいと思っている。
反論は?」
「ハルカ君だけなら、それでいいかも知れないな。
彼女は普通の生活をしたがっているし、
彼女自身の魔法の力も強くないみたいだ。
魔法の使用を禁止と言えば、素直に従ってくれそうな気はする。
だが、ルカゼ、あれは無理だ。
実際力を見たわけではないが、ロアーソンの崩壊現場は見た。
あれはとてもじゃないが、受け入れられない。」
「セリアは何か言っているか?」
ウルスはゲイリに嫁いだ妹の名前を出した。
セリア姫は幼い頃より勘の鋭い女性であった。
彼女の前では、ウルスとゲイリが隠し事をしても
全てばれてしまうという謎の現象を二人は何度も経験している。
ゲイリがセリアに相談していてもおかしくないと
ウルスは考えたのだった。
ゲイリは唇を舌で舐め、口の渇きを和らげる。
「ああ、その事なんだが、姫は
実際、会ってみなければ判らないと言って、
今、ブレイズに向かっている。
ハルカ君と話してみたいそうだ。
すまんな。
止めようとしたんだが・・・・・・。」
「あのじゃじゃ馬め。
大丈夫だ。お前が止めても止まらないのは知っている。
俺でも無理だ。
だが、正直・・・・・・。
今回の件、セリアが関わってくれるのは心強い。
あいつこそ、魔女のような不思議さがあるからな。」
セリア姫は不思議な存在である。
皇族にして芸能界に身を投じ、文字通り国民のアイドルになり、
歌って踊って、役者としての評価も高い。
その癖、誰からもモテそうであるのに、決して美男子とは言えない
兄の幼馴染みと結婚した。
政治に興味がないような素振りを見せつつも、セリアサロンと呼ばれる
人脈を構築し、社会改革の母体を構築している。
戦場に赴いては前線で兵の士気を上げる。
第6感に優れ、人の本質を見抜く目は確かであり、
時折、世の中を見通すかのような言動さえもあった。
彼女を慕う人間は多いが、彼女の近しい人間で
彼女と率先して関わろうとする人間は少ない。
近寄り難いのである。
ある意味、超常的な不気味さがあった。
だからこそ、クールン人の問題を彼女がどう感じるのか?
ウルスには大変興味があったのである。
言葉悪く言えば、人の理を外れた者同士を
ぶつけようという感覚である。
それほどまでに、クールン人の問題は、
彼らの手に余る案件だったのである。




