1章 11話 2節
床に滴る血の池が面積を広げつつ広がっていく。
トワは、身動き一つしない少女に視線を流した。
「このような現場に遭遇しても、悲鳴さえもあげぬか・・・・・・。
服ぐらい着てもらってよいかな?」
「あっ、はい。わかりました。」
そう言うと、モミジは床に置いた服を拾い直し着用する。
トワは視線を少女から外しながら、言葉を続けた。
「君には申し訳なかったが、
現場を押さえるために、踏み込む時間を調整させていただいた。
恥ずかしい思いをさせてしまったな。
何かお詫びできるものがあるなら、協力しよう。
何がいいかね?」
トワはモミジが警備兵に呼び止められる場面を目撃していたが、
あえて泳がしたのである。
その分、モミジは警備兵やトワに裸を見られる事になったため、
若干の申し訳なさを感じていた。
モミジは服の袖に腕を通しながら淡々と答える。
「いえ、助けていただいたものと理解しています。
ありがとうございました。」
「うむ・・・・・・。」
モミジの回答にトワは大きなため息をつく。
少女に感情がないことが気になった。
警備兵の命令に抵抗するわけでもなく、
殺人現場を目撃したにも関わらず、動揺もなく、
助けてもらったと認識しながらも、喜ぶ素振りもない少女。
トワは、彼女が何故にこのような態度になるか?の推測が出来ている。
その推測が当たっているとすれば、
それはそれで、悲しい事ではあった。
言葉に窮するトワの元へ、真和組の隊員の一人が部屋に乱入する。
「トワさん、ロアーソンの生存者の証言が取れそうだ。
協力してくれるって・・・・・・。
って、えっ!?」
部屋に入ってきた隊員は絶句する。
部屋の中には、死体が一体、見知らぬ女性が一人、そしてトワが立っている。
隊員は状況を把握した。
「またトワさん、独断で動いたんですね?
いくら憲兵としての裁量があるかって、やりすぎると
ナミナミさんに怒られますよ。全く。
お嬢さんにも、こんな現場見せて・・・・・。」
と言いつつ少女に視線を向けて、隊員はハッ!とする。
「トワさん・・・・・・。この娘。
写真のっ!!!」
明らかにモミジの事を知っている素振りだった。
だが、トワは首を振る。
「ソーイ。この子は違うさ。
探しているクールン人じゃない。」
「でも、写真のっ!!!」
トワは右手を挙げ、ソーイの言葉を封じる。
ソーイの瞳を見て、ゆっくりと頷いた。
「我々が探しているクールン人は、こんなに無気力な人物じゃない。
世界に絶望したような目をしていない。
生きていく気力を持っていないような、死人のような存在じゃない。
そんな存在なら、我々が手を下す必要はない。
我々が探しているのは、世界のバランスを崩すほどの力をもった存在だ。
世界に何の影響も与えないような存在であれば、我々がわざわざ
探す必要がないからな。」
モミジは下を向いた。
トワの指摘に反論出来なかった。
そうなのだ、トワはモミジの事を知っていた。
クールン人だと把握して、助けたのだと彼女は理解した。
コントス宇宙港での性犯罪を追っていたのではなく、
クールン人であるモミジを追っていたのだ。
それがたまたま、性犯罪の現場に遭遇したのだろう。
クールン人は、ガイアントレイブにとって国家機密レベルの案件である。
ロアーソンの悲劇があって、調査隊が派遣されても不思議ではなかった。
ましてや、憲兵としても活躍する真和組である。
辺境の宇宙港の性犯罪の調査などに派遣されるわけがなかった。
彼らは、クールン人を追っていたのだ。
モミジは顔を上げると、トワを見つめる。
「私はクールン人のモミジです。
貴方がたが探していただろうクールン人の一人です。
ロアーソンを崩壊に導いたであろう、クールン人の一人です。」
「だから何だと言うのだ?
そんな絶望したような目をして、
この世は地獄だと言わんばかりの表情で、
生きる意志も見せない態度で。
お前は我々が探しているクールン人ではない。
何処にでも行けばいい。
どこか静かな場所で、大人しく余生を過ごすがいい。
・・・・・・。
ソーイ、クールン人は三人居たはずだ。
他の二人を追うぞ。」
クルリとトワは踵を返す。
行動が早いのがトワの長所であるが、
真和組、副総長であるトワの決断と行動の早さに
ソーイは眉を上げた。
今回の真和組の任務は、クールン人の確保である。
しかも生死は問わないという条件であった。
その中に「見逃す」という選択肢はないのである。
だがトワはモミジの姿を見て、見逃すという決断をした。
「トワさんらしいや」とソーイは感じたのだった。
しかし、モミジはここに来て初めて感情が表に出る。
「待ってください!
何処かに行けと言われてもっ!
人類にケンカを売ったクールン人に行くアテなどあるのでしょうか?
身分を偽り、身を隠せたとしても、
常に同胞の罪に苛まされ、落ち着くことさえも出来ないでしょう!
18年間、人の手で管理され、
家畜同然に生きてきた私たちに、
罪を背負ったまま、自由に生きろ!というのは酷でございますっ!」
必死の叫びだった。
まるで助けを求めるかのような声だった。
モミジの叫びに、トワは歩き始めた足を止めた。
そして、再度彼女に振り返る。
「我々には理想がある!
真和組の隊員の内、一人として
時代に流されるような、自己で何も決定出来ないような隊員はいない!
道は自らの意思で切り開くものだ。
流された先に楽園など待っていない。
困難なら、困難なほど、自分自身の足で歩かなければならない。
それは人であろうが、クールン人であろうが変わりがない事であろう。
超常的な力をもっていたとしても、
己の意思が弱ければ意味がない。
世捨て人である事自体を否定はせぬが、
それならそれで、歴史の舞台のステージを見る事はおろか、
劇場に入る事さえも許されぬもの。
ひっそりと、場末の酒場の残飯を漁っているのがお似合いと言うものだ。」
トワの言葉に、ソーイは「厳しいなぁ・・・・・・。」と感想を抱くが、
ソーイがトワに惚れこむ理由でもある。
ソーイは口をへの字に曲げて、少女を見た。
モミジの表情に生気が戻ったと感じるほどに、表情に変化が現われている。
「無茶言わないでよ!
生まれて18年間、ずっと研究所の中に居たのよ!
外の世界を知らないし、これからどうしていいのかもわかんない!
私だって、人並みに生きてみたかったわよ!
そうさせなかったのは、あなた達ガイアントレイブの人間たちじゃない!
今更、自分で決めろ!だなんて勝手よ!
出会ったばかりのあなたに何がわかるっていうのよ・・・・・・。」
トワは更に突き放つ。
「人とて、自由ではない。
親は選べないし、周りの境遇、人とのしがらみ、己の能力と金銭。
様々な制約が付きまとう。
だが、クールン人には魔法という力があるのだろう?
恵まれているのだ。
それなのに、お前は自らの意思を捨てている。
まるで人形だ。
飾られた人形でありたいのならば、軍にでも出頭すればいい。
お前の望み通り、管理してくれるだろうさ。」
「そんな・・・・・・。
どうしろって言うのよぉ・・・・・・・。」
モミジは両手で顔を覆い隠すと、ヘタヘタと床に座り込んだ。
ソーイがゆっくりと近付くと、少女の肩に手をかける。
「自分で生き方を決めるんだよ。
トワさんの言葉は厳しいけど、君に決定権を与えてくれてるんだ。
君が決めるんだ。」
「うわぁぁぁぁぁん・・・・・・。」
モミジは泣いた。
今まで抑えきっていた感情が溢れるかのように、
大声で泣いていた。




