1章 11話 1節 責任の取り方
警備兵の男は警戒心を増した。
真和組と言えば、憲兵のような役割も担っていると聞いた事があるからだ。
その証拠に、真和組の男は袴姿に、腰から刀と言われる
刀身の反った特殊な剣を携えている。
袴姿といういでたちはどうでもよかったが、
普段から武器の携帯が認められているという事は、
国家権力そのものであると言う事である。
警備の男は口をヒクつかせる。
「お見受けしたところ、真和組の隊員さんですかな?
こちらに何の御用でしょう?」
「失礼。
私は真和組のトワと申します。
何、こちらの宇宙港で、何やら性犯罪行為が行われるという噂を
耳にしましたのでね。
しかも宇宙港の警備員が無抵抗の市民に狼藉を働いているという。
念の為に、調査を。という次第です。」
「性犯罪?はて?
聞いた事がありませんね。
そのために、こちらに?
どこからそのような噂が流れたのやら・・・・・・。
職務に忠実な隊員たちへの中傷ですな。」
警備兵の男は大げさに両手を広げ、ジャスチャーを付けて
トワに応える。
トワは、その大げさな手振りを気にしていないかのように
少し首を捻った。
「それが、我が隊員の妻が被害にあった。と。
真和組の人間がそのような噂をでっち上げるハズもなく、
嘘をついているとも思えないのですよ。
・・・・・・。
ところで、後ろの女性は?」
トワは、後方でパンツ1枚で佇む少女に視線を投げる。
両手で胸を隠すわけでもなく、真っ直ぐに直立している彼女は
違和感だらけではあった。
だがあ、この場所に裸同然の女性がいる事自体が違和感なのである。
警備兵はクルリと振り向くと、モミジに向き直る。
「怪しい人物でして。
ほら、女性は隠す場所が沢山ありますから、
入念に調べませんとっ!」
警備兵の男は下品な事を言いつつ、再度、クルリと回転した。
右手は腰のホルダーへと伸び、トワの死角で銃を掴んだ。
振り向きざまに、銃を抜きにかかる。
彼は目の前の男が危険だと判断した。
何も不思議な事ではない。
性犯罪の被害者が、真和組の身内にいるのだ。
言うならば、証人のようなものである。
顔合わせでもしようものなら、彼が容疑者だとバレてしまうだろう。
真和組には、バックに国の実力者アサーテ侯爵がついている。
辺境の宇宙港の警備隊長如きでは、相手にならない大物であった。
例え無実や冤罪であっても、裁かれてしまうのがオチである。
しかも、これは冤罪ではない。
彼は好んで、若い美しい女性の身辺調査をやっていた。
女性を裸にし、弄んだ。
気の弱そうな相手なら、本番行為も実行した事がある。
言い逃れは出来ない。
「なぁに、どうせガイアントレイブ王国は落ち目。
真和組の隊員を殺し、他国に亡命するだけの話だ」
と彼は瞬時に考えた。
計画性もなく、ずさんにも見えるが、
そもそも要領のいい男であったならば、宇宙港の警備という職場で
性犯罪行為などやっていないだろう。
彼はそういう男だったのである。
だが、相手を油断させるために背中を向けた警備隊長であったが、
トワは彼の予想を上回った。
トワは警備の男が腰のホルダーへと手を伸ばした瞬間に、
前方へと跳び、一瞬にして距離を詰めた。
警備の男が振り向く時には、既に飛びかかれる位置までダッシュし、
自らの愛刀「巡り哀」の柄に手をかけていた。
男がホルダーから銃を抜き、時計回りに回転しつつある銃を持つ右手に、
トワは鞘から刀を抜く動作で、そのまま、柄を銃を持つ右手にぶち当てたのである。
「ぎゃっ!!」
刀剣の柄は、固くて重い。
固い柄の先端、頭の部分に思いっきり右手をぶつけられた男は
歪な声を上げ、右手から銃を取り落とした。
弾き飛ばされるように銃は地面に落ち、後方へとクルクル横回転しながら
床を滑っていく。
一瞬、何が起きたのか?理解できぬ男をトワは涼しげな顔で悟す。
「私にこれ以上、刀を抜かせないでいただきたい。
この刀は、強者を屠るために存在する名刀であり、
下衆な男を切るためのものではないのだ。」
トワの言葉通り、巡り哀の刀身の先っぽは、まだ鞘の中に残っていた。
トワは柄の部分で相手の右手を殴るためだけに
刀を8割ほど抜いていたが、完全に抜刀したわけではなかった。
だが、刀を抜きかけの状態で静止しており、
刀身を鞘の中に戻す素振りもない。
まるで抜刀の瞬間の静止画のようにトワの身体は止まっていた。
それは、いつでも刀を抜けるという態勢である。
鞘から8割ほど姿を現した眩いばかりの刀身の刃が、
キラリと光ると、警備兵の額には汗が滲むのだった。
「動けば、切られる。」
男は直感的にそう悟る。
これは脅しではない。
素人の警備兵でも判るほどに、トワの全身から殺気が漂っていった。
男の声が上擦るのも仕方がない。
「ちょっと待ってくれ。
交渉だ。交渉しないか?
俺はガイアントレイブに亡命する。
見逃してくれたら300万やろう。
約束する。
お前は事件を解決し、金も手に入る。
悪い話じゃないだろう?」
「・・・・・・。
お前には家族は居ないのか?」
「家族!?
親は健在だが?」
トワのその言葉を聞くと、そっと一度目を閉じる。
「身内に犯罪者がいても、家族には罰が与えられないが、
ガイアントレイブでは、亡命者の家族は死罪と決まっている。
貴様が亡命する!というのであれば、
その罪は親戚縁者にも及ぶだろう。
ここで罪を償ってもらうのが、一番ベストな選択だ。」
「ちょっとまっ・・・・・・はぐぅっ。」
男の台詞はそこで途絶えた。
2秒後、男の頭部が、首から切り離され床に落ちる。
ボトン・・・・・・。
モミジは一部始終を見ていたが、何が起ったのか?一瞬わからなかった。
首が転がり落ちた時、トワの刀は既に鞘に収まっていた。
刀を抜いたようには見えなかった。
だが、刀身が宙を舞ったようにも見えた。
刀身の残像が見えたような気がしたのである。
しかし、トワは刀を抜いた素振りがなかった。
矛盾したことを言っているように思えるが、
トワは、刀を抜かずに、刀を振るったように見えたのだった。
そう、まるで魔法のような・・・・・・。
モミジは身動きできないまま、ようやく床に大量の血が流れ出していた。




