1章 10話 6節
ロアーソンからの避難船を受け入れた惑星コントスの宇宙港は
人でごったがえしていた。
休戦協定の時期というのも相まって、他の惑星に移動しようという
一般客の動き。カウンター号を出迎えた軍の兵士、
そしてロアーソンの生存者の証言を得ようというメディア関係者。
喧騒の中、モミジは一人、宇宙港のロビーを歩く。
18歳になるモミジであったが、人生の大半を研究所の中で過ごした
クールン人のモミジは、見知らぬ人で溢れる場所を歩くのは初めてであったが、
心ここにあらず、フラフラとロビーの通路を歩んでいた。
彼女の耳に、人々の雑踏が聞こえる。
「チケットが取れない?どう言う事なんだ?
イマは停戦協定が結ばれ、星間旅行は解禁されているはずだが!?」
「父さん!テレビで見たことある人がいるよー!」
「あっちだ!東出口にタクシーが集まっているらしい。
避難民はそこから出るつもりだ!!」
「トワさーん!生存者に直接証言を聞けばいいじゃないですかー!?
まどろっこしいなぁ!もう。」
「ロアーソン崩壊の原因がわからないんじゃ、
どこに逃げればいいのか?」
走り回る人もいる。
モミジの中にロアーソンといワードが脳裡を駆け巡った。
【ロアーソンは星ごと崩壊した。
あの力はルカゼの力?
あんな巨大な魔法、ありえない。
でも、人々は魔法の力だと思うでしょう。
私たちの力だと。
3億。
ロアーソンには3億人が住んでいて、そのほどんとが被害者に。
亡くなったのよ・・・・・・。
人は、私たちを許さないわ。
私たちは社会に抹殺される。
あんなもの見せられて共存できるわけないじゃないっ!
ルカゼ・・・・・・あなたなんて事を・・・・・・・。
どうしてっ・・・・・・・。】
モミジは事の重大さを考えた。
元々、物事をネガティブ感じる性格なのも相まって、
彼女は悲愴な未来しか想像する事ができなかった。
しかし、宇宙港の中の人々は
誰もモミジの事を気にかける者はいないかのようである。
ここにロアーソンを崩壊させた。
人類3億人を死に追いやった元凶の仲間がいるというのに、
人はモミジに無関心であった。
ガット爺さんもグレイス婆さんも、
彼女に対して親身に接してくれた。
その行為が更にモミジの心を蝕んでいく。
罪悪感に苛まれる。
苦しい。
心が痛い。
フラフラとロビーを歩くモミジと
気にかけない社会が、彼女と世界の間に壁を打ち立てた。
だが、ロビーにいる警備兵の一人が
モミジの存在に気付く。
「おい、そこの女!
ちょっとこっちに来い!」
最初は無視していたモミジだったが、
流石に目の前に立ち塞がれると、警備兵の存在を意識した。
うつろな瞳で男性警備兵の顔を見る。
男はモミジの全身を上から観察した。
「怪しい女だ。
ちょっとこっちに来てもらおうか。」
少し威圧気味に言う。
魔法が使えるクールン人であるモミジに、威圧は通じない。
彼女は一般の男性一人ぐらいであれば、楽にあしらうことぐらい
造作のない事である。
しかし、彼女は被験者として、研究所でモルモット同然に生きてきた経験があり、
他人からの命令を聞く事自体は、素直に受け入れる土壌があった。
更に、惑星ロアーソンの崩壊という結果が、
彼女の意思を縛り付ける。
「今は、逆らってはならない」
と彼女の心に警告する。
無抵抗・無反応のルカゼを見て、男は口元に笑みを浮かべた。
「よし。
では、こちらに来い。
怪しい奴だからな。念入りに調べないとな。」
口調とは裏腹に、表情は笑っている。
男はモミジが無反応な事、そして一人で歩いていた事で、
抵抗の意思がないとタカを括っていた。
あからさまに、モミジを疑っているという表情を作る必要性など
この男は感じなかったのである。
警備兵に誘導され、モミジは別室へと案内された。
警備兵たちの仮眠室であろうか?
監視モニターと机と椅子と本棚。
そして、質素なベッドが存在感を主張する。
男は腰に釣り下げていた警棒を右手に持つと、
左手の掌にコンコンと叩きながら、まるでモミジを
品定めするように視線を全身へと巡らせた。
「ここには、誰も来ないように言ってある。
安心するといい。
では、服を脱いでもらおうか?
身体の隅々まで調べなくてはならん。」
男は言った。
この尋問は明らかにおかしい。
モミジの素性を確認する事もなく、いきなり脱げというのだ。
名前さえも、宇宙港に来た動機も確認せずにである。
普通に考えておかしい。
しかし、かなり手馴れた感じではあった。
こういうのは初めてではないという雰囲気だった。
モミジは黙って、上着を脱ぎ始める。
被験者であった彼女は、研究のために
素っ裸になった事は1度や2度ではない。
命令されて服を脱ぐのに抵抗はなかったが、
今は、研究目的ではない。
18歳のモミジは世間知らずではあったが、
これが何を意味するのかは理解していた。
しかし、これ以上、人間に害を与える事は躊躇われたのである。
彼女は、まるでロアーソンの悲劇を懺悔するかのように、
目の前の男の命令に従ったのである。
上着を脱ぎ、ブラジャーを取り、若々しい肉体が姿を現す。
彼女は胸を隠そうともせず、淡々を服を脱ぐ。
まったく抵抗がないのは、警備兵の男としては、
物足りなかったが、目的を済ませればそれで良かったため、
モミジの行動を満足げに見つめていた。
下半身のスカートを脱ぎ、今まさに下着に手をかけようとした瞬間、
部屋の外から声がする。
「お待ちください。
ここから先には、関係者以外立ち入り禁止となっております!!
どうかお引取りを!!」
警備兵の男は、その声が自分の部下の声であることを理解した。
誰かがこの部屋に入ってくるというのであろうか?
この宇宙港の警備隊の責任者である男は、
お楽しみの邪魔をされて、一気に機嫌が悪くなる。
ドアに向かって振り返った瞬間、ドアが開けられた。
鍵をかけていなかったのは、油断であったが、
呼ばれてもいない侵入者は、彼の知らない顔だった。
「どなた様かな?
不法に侵入してくるとは、行儀のよろしくない。
今、怪しい人物を調査中なのだ。
職務中なのだよ。
誰かは尋ねぬから、引き取っていただけるかな。」
しかし、その言葉を言い終える前に、男は自分の失態を把握する。
侵入者は、変わった格好をしていた。
見た事はある服である。
この時代、貴族に嗜まれるスポーツの一種に武道というものがあり、
その関係者は、ハカマと呼ばれる独特ないでたちをする事があった。
だが、それは競技の場などであって、
一般的にその服装で生活する事はない。
一部例外を除いて。
男は、ハッ!と我に返る。
心当たりがあった。
平時は武道の一種、剣術の大会から名を上げ、
戦時においてはFGパイロットとして武勲を積み上げた、
平民から貴族に叙された男が率いる集団がある事を思い出したのだ。
彼らは敗戦ムードのガイアントレイブ王国において、
唯一の明るい話題として、必要以上に祭り上げられていたからである。
今、その組織はガイアントレイブ王国のFG部隊の中枢として
軍とはまた違った独自の活動を行っている。
組織名は真和組。
その集団の制服である事に気付くのに、40秒ほどの時間を費やしたのだった。




