1章 8話 1節 始刻の狭
タクは一気に前に走り出した。
何故、走り出したのか?
走りだす前、タクの右手には拳銃が握られていった。
その銃を使って制圧すればいいだけの話である。
少なくとも、脅しにはなるだろう。
普通の人間相手ならば・・・・・・。
だが、既にティープやワルクワの兵士に銃口を突き付けられているにも
関わらず、ルカゼは動じる事がない。
つまりは、銃を恐れていないのだ。
それをタクは察した?
実のところ、彼はそこまで考えていない。
ただ、知り合い同士のケンカを止めるなら、
銃を使うべきではないと考えただけである。
タクは、走りながら銃を腰のホルスターに戻し、
全力で駆けた。
モミジに注意を払っていたルカゼは、反応が遅れるが、
突っ込んでくるタクに気付くと、すぐさまに念を込める。
「邪魔をするなー!」
ブン!と耳鳴りと共に、食堂に散らばったテーブルや椅子が宙に浮くと
即座にタクへ向かって飛翔した。
タクは笑う。
「へへッ。
やっぱりだ。
さっき、ワルクワの兵士を殺したように、
首をちょん切ればいいものを、
わざわざテーブルを飛ばしてくる!
怖いんだろ!?
びびってるんだろ!?
人を殺した事に!
そうさ!
お前は、人を殺せないヤツなんだ!」
「!!!!」
タクの叫びに、ルカゼは一瞬、後ろに後退した。
まるで、図星だと言わんばかりである。
だが、即座に表情を切り替える。
「うるさい!!!
お望みとあれば、殺してあげるよっ!」
ルカゼがそう叫んだ瞬間、タクに向かっていたテーブルと椅子が
力を失うと、高度を下げ地面に落ちる。
ルカゼが魔法の力を切り替えたからだった。
その動きを見て、タクは進行方向を変えると、
地面に墜落したテーブルの後ろに潜り込む。
タクはルカゼの動揺を誘い、見事、隠れる場所を手に入れた感である。
ルカゼは更に動揺する。
「こいつ!
コレを狙って!!!」
タクの動きを見たティープも驚きを隠せない。
「上手いっ!」
だが、二人の評価は過大評価である。
タクはここまでを計算した動いたわけではない。
ただし、状況の変化に即座に対応した判断力とスピードは本物である。
ルカゼはタクを見失うと、再び魔法の対象を切り替える。
タクが隠れたテーブルは、そもそもルカゼが動かしていたものである。
それを再度動かす事は難しい事ではない。
「それで隠れたつもりかぃ!
あんたが隠れた場所は、私の魔法の影響下にあるんだよっ!」
床に散らばったテーブルや椅子が再びユラユラと揺れると、
空中に浮かび上がった。
物陰に隠れていたタクは、テーブルが浮き上がることで
姿を現すはずである。
ルカゼはタクを探した。
それは直ぐに見つかるが、タクは目の前の遮蔽物が無くなるのを
予想していたように、空中に浮かび上がった下の隙間から
即座に再び前方へと駆け出していた。
「なっ!!!」
ルカゼからしてみれば、タクの反応が早すぎた。
まるで、こちらの行動を予測していたかのような動きに
心を読まれているかのような錯覚に陥る。
彼女らはクールン人である。
世の中の不可能を可能にする魔法を使う。
だからこそ、心が読まれているかも知れないという恐怖が
ルカゼを満たす。
「こいつも魔法をっ!!!!
スノートールも魔法を研究していたと言うのかっ!?」
その不安は、ルカゼの精神を乱した。
自分達だけが使える魔法。
であるからこそ、ルカゼは人類を支配下に置こうと考えたのである。
もし、他に魔法を使う種族がいたのだとしたら、
彼女の計画は白紙となってしまう。
その心の乱れは、ルカゼの魔法の制御の乱れに繋がった。
突進してくるタクに、反応が遅れる。
タクは一気にルカゼまでの距離を詰めると、
中央に鎮座するテーブルの上に飛び乗った。
ルカゼの目の前に、スッ!と着地したのである。
「捕まえた!」
仁王立ちで、ルカゼの眼前に立ち塞がる。
タクは、ルカゼとモミジの間に入り込んだため、ルカゼの視界から
モミジが消えた。
それは大きな問題であったが、ルカゼからしてみれば、
それ以前の話である。
もし、タクが魔法を使う事が出来るのであれば、
注意すべき対象が、モミジとタクの二人になる。
むしろ目の前の少年のほうが、危険人物である。
モミジから視線を切る事になったとしても、それは仕方ないと割り切った。
問題は目の前のタクである。
それまで大人たちをも、高い位置で見下ろしていたルカゼは、
同じ高さに立ったタクを見上げる姿勢になった。
モミジは145cmほどの小柄な少女であり、タクは14歳であったが、
170cmほどの身長がある。
顔一個分以上の高い位置からルカゼは見下ろされたのである。
見上げる形になった少女は、目の前の男が気に食わないが、
魔法を使うかもしれないという猜疑心も同時に感じていたため、
動く事が出来ない。
相手の魔法がわからない以上、下手に動く事は危険である。
動きの止まったルカゼに対して、
タクは右手の拳を顔の高さまであげ掲げると、
前方に振り下ろした。
ゴンッ!
拳がルカゼの頭に当たる。
ゲンコツで殴ったのだった。
勿論、全力で殴ったのではなく、まるで子どもを叱るかのような
微妙な力加減で繰り出されたゲンコツだった。
一瞬、場の空気が凍る。
時間が止まる。
この時代でも、体罰というのは容認されていない。
暴力は暴力であり、軍の兵士が暴力を振るうときは、
拷問にまで発展する。
子どもを叱るときでも、体罰が行われるのは一般社会では
タブーではあった。
しかし、孤児として育ったタクの人生では、
体罰は普通に行われていたし、そんな環境で育ったからこそ、
彼は国に保護されたのだ。
つまり、タクは育ちが良くなかった。
その彼が、ルカゼに対して選択したのがゲンコツだったのである。
彼は、この場面で一番効果的なものは、ゲンコツだと判断したのだ。
ルカゼは、初めは何が起きたの理解できないようなキョトン!とした表情をし、
次第に、頭の痛みと、殴られた屈辱で表情が歪む。
むしろ、殴られた痛みなどは大したことなかった。
「痛ったぁ!」と声を出す程度である。
大きかったのは、殴られたという事実だった。
屈辱と、殴られた自分に対して恥が、彼女の心を満たす。
その表情は大きく歪み、そして・・・・・・。
「グスン・・・・・・グスン・・・・・・
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
一気に瞳から涙が溢れ、そう、ルカゼは号泣した・・・・・・。




