1章 6話 6節
同時刻、先に研究施設内に突入していた焔騎士団の隊長
マイーザ大佐は別の問題に直面していた。
「ゲイリ中佐、陸戦隊の隊員に紛れて
突入部隊に参加するなんて、2度とやらないでください。
御身に何かあったら、陛下に顔向けが出来ません。」
マイーザは、施設内にノコノコとついて来た参謀本部の中佐に
苦言を呈した。
ゲイリは何食わぬ顔で返答を返す。
「大丈夫ですよ。大佐。
ウルスだって同じ状況なら、同じ事をしています。
あいつも私も、自分の目で見たものしか信じないタチですから。」
「陛下だったら進退をかけてお止めしていますっ!」
真顔で言うマイーザにゲイリは笑みを見せた。
大事に扱われると言うことは考えものだな。と思ったのである。
ウルスは元王太子の身分であったが、誰からも期待されていなかった。
だから、若いときは自由に動けたのである。
結果的にそれが良い方向に動いたわけだが、
権力を手中に収めてからのほうが、自由がないのは不条理だとも思う。
そんな2人に報告が入る。
「隊長!
資料室のようなものを見つけました。」
「でかした!」
マイーザはすぐにゲイリに向き直った。
「中佐、行きましょう。」
そう、ゲイリは資料室を探していたのである。
研究所を制圧したとして、この研究所は帝国の支配下ではなく、
ワルクワ王国の支配下に置かれる。
そうなれば、調べたい事も調べられなくなる恐れがあった。
従って、先にデータを奪う必要があった。
そのためにゲイリは、自分自身も降下部隊に参加し、
ピュッセルの目と言われる諜報部の腕利きハッカー軍団を
連れてきていた。
この作業は細心の注意が必要である。
研究所のデータを帝国が押収していたと
ワルクワに気取られてはならない。
入手したデータを消したいところであるが、
データを消したとなると、データベースを弄った痕跡がばれてしまう。
ゲイリらは、今後の外交関係を考えても、
データを漁った痕跡を残すことは出来ないのである。
従って、データ処理のプロが投入される事になったのであった。
資料室と思われる部屋にゲイリらは突入すると、
部屋の中にあるコンピュータを片っ端から調べ始める。
ものの30秒でハッカー軍団の一人が、ガッツポーズをした。
「ゲイリ中佐。
セキュリティ、暗号共にそこまで強力な奴じゃない。
ここで解析も出来るがどうする?」
「クールンというワードで引っかかる資料を
全部ダウンロードしてください。
複合化は帰ってからで大丈夫です。」
「クールンか。
かなりの量があるな。」
その言葉にゲイリは眉をしかめる。
この研究所はロアーソン星に元々居た微生物が対象の研究所であったはずであり、
他の星系であるクールン星のデータが大量にあるはずがない。
それがあると言うことは、やはりここには何かあると言う事である。
「抽出開始。
バッハ。推定時間は?」
「15分ってとこだな。」
ピュッセルの目の団員の会話にマイーザは表情を変えた。
「ワルクワの部隊も、この研究所に向かっているという情報もある。
ここでワルクワと戦闘になるわけにはいかない。
急いでくれ。
・・・・・・。
中佐。
他所に気を引くためにも、何処かで戦闘を起こさせるのがベストだ。
そっちに注意を引き付けよう。
地下に向かった部隊が、研究員たちが立て篭もっている場所を
特定したとの情報もある。
死者を出さない程度に、威嚇の戦闘を行うが良いか?」
マイーザの意見にゲイリは頭をかいた。
研究員を捕まえて、情報を得たいところであるが、
研究員を捕縛したら、ワルクワに怪しまれる可能性があった。
一番のベストは、研究員を何名か捕縛して、
残りの研究員は研究施設ごと爆破でもして、口封じが出来ればいいのだが、
ゲイリらはテロリストでも凶悪犯罪者でもなく、軍人である。
そんな事は出来るはずもなかった。
クールン人の情報がワルクワにも流れるのは仕方ないと割り切るしかない。
戦闘が激化するのであればまだしも、
軍人なら兎も角、研究員が玉砕を選ぶとも思えない。
「威嚇の攻撃は許可します。
あくまでも威嚇です。
死者は出したくない。」
ゲイリの判断は、軍関係者とは言え、武器を携帯しない研究員を
殺害したと言う汚名を被る事を回避するための決断である。
マイーザは頷く。
「承知した。」
マイーザの率いる焔騎士団とは、スノートール王国でも
最強の兵士を集めた陸戦部隊である。
二つ名が付けられているのが、彼らの実力の高さの証明だった。
ゲイリは彼らの仕事ぶりに疑いの念はもっていない。
だが、この研究所にガル自身が向かっているという情報も入手しており、
油断するわけにはいかなかった。
ワルクワ王国とは同盟関係ではあるが、
戦況を一変させるような兵器を、独占させるわけにはいかない。
残念ながら、クールン人を隠し通す事は難しくなったが、
少しでも優位な情報は入手しておきたい。
「クールン人と呼ばれているモノは見つかったのだろうか?
実は人ではなく、AIの類の可能性もあるが、
シロモノを押収できれば一番ベストなのだが・・・・・・。」
ゲイリは呟いた。
この時点でゲイリらは、クールン人がどのようなものか判っていない。
ティープは既にクールン人に出会っていたが、
焔騎士団とは別行動だったので、連絡を取り合う事を軽んじてしまっていた。
もちろん、忘れていたわけではなく、
もう少し、具体的な報告が出来るまで状況を見ていたのである。
この時点で、ゲイリにクールン人確保の連絡が入っていれば、
焔騎士団やティープは、早々に撤退していた可能性がある。
だが、歴史は人々を誘う。
より深く、更なる深淵へと。




