1章 6話 4節
研究所内を突入したタクらは、誰も居ない空間を進んでいた。
時折、通路に面した部屋を確認するが、
直前まで人がいたであろう中身の入ったコーヒーカップなどが
見受けられる。
直前まで部屋でくつろいでいたという事は、
ワルクワ軍の侵攻は察知されていなかったという事がわかる。
ティープは首を傾げた。
「電波妨害はしていたが、
宇宙艦隊の接近に気付かない。というのはおかしい。
艦艇の数はごまかせても、電波妨害の痕跡は察知できるはずだ。
そもそもビリアン星系侵攻作戦自体は把握していたはずなのに、
ロアーソンには侵攻部隊が来ないとでも思っていたのか?」
独り言のように言うティープに、タクは言葉を続けられなかった。
そもそもこの疑問は、ティープがベテラン軍人だからこそ、
感じる疑問である。
新兵であるタクに、戦場の違和感はわかりにくい。
「父さん、敵に守らなきゃいけないものがあるんなら
抵抗してくるものじゃないのかな?
抵抗がないって事は、ここには何もないって事だと思う。」
タクは素直に思った事を口にした。
今回タクらの目的は、謎のキーワードであるクールン人の
真相を探る事である。
このキーワードが軍の機密事項であるのであれば、
それを守るために敵は防御を固めるはずであった。
それがない!ということは、ここに機密情報はないという事ではないのか?
「それは俺も考えた。」
とティープは前置きして、少し考えたように次の言葉を紡ぐ。
「だが、感じるんだ。
おっかさんが居た戦場に感じた異質な雰囲気を
ここでも感じる。」
「そう言えば、父さんは
かなり離れた距離から、敵のFGを狙い撃ちできたよね?
皆、父さんだからって深く考えてないけど、
レーダーの範囲外のあんなところから撃ち抜けるのは・・・・・・。
もしかして、あの時もレーダーに映らない何かを感じていたの?」
「・・・・・・。」
タクの言葉は意味が深い。
K作戦は、敵の新兵器の謎を追っているが、
仮にティープが、レーダーの範囲外から敵を撃ち抜いたというのであれば、
それこそが、常識を逸した謎の新兵器である。
例えバッカーの計算処理能力があったとしても、
それが出来る人間は、タクはティープ以外知らない。
その言葉の真理を二人は気付いていなかったが、
ティープは言葉を選びつつ答える。
「あの時は、感じたんだ。
凄く巨大な、猛烈な悪意?殺意?
撃たなきゃいけない感覚というのかな。
FG同士の戦闘の時だって、
引き金を引くのは躊躇する。
だが、あの時はためらいがなかった。」
「ふぅん。
チサ姉は、口は悪くて、直ぐに死ねとか殺すとか
言ってたけどさ。
戦場でなかったら、人も殴れない小心者だよ?
その言い方は可哀相かな。」
ティープの言葉に応えたのはタクではなかった。
女性の声。
それも、あの時の戦場で聞いた声ではないが、
若い、少女の声。
タクとティープは同時にその声が発せられた方向を向く。
同時にティープの銃口は、目で捉える間もなく照準を合わせていた。
「!!!子ども!!!」
ティープが思わず口にする。
声の主は、オレンジ色に近いショートのブロンドヘアが愛くるしい
女の子であった。
白衣を着ており、研究所の人間なのはわかる。
だが、年齢は10歳前後であろうか?
明らかにタクより若い少女が立っていた。
もちろん、武器の類は所持していない。
びっくりした表情から、タクは笑顔に変わる。
「なんだ。びっくりした。
驚かせないでよ。
こんな所で何してるんだい?
お父さんかお母さんがここで働いているのかな?
危ないから、どこかの部屋でじっとしてるといい。
大丈夫。
抵抗がなければ、僕らに攻撃の意思はないよ。」
タクは優しく言った。
彼は孤児として、集団生活の中で育った。
嫌いな大人たちは多かったが、自分より年下の
同じく孤児の子ども達の面倒を見てきた経験がある。
少年は、自分より小さき者には優しかったのである。
しかし、少女の瞳は、タクではなくティープに向けられていた。
ティープは相変わらず銃口を少女に向けている。
少女の姿を見ても、構えを崩す様子はなかった。
むしろ、狙いを更に定めているかのように見える。
「父さん?」
タクが余裕がなさそうに見える父に語りかけたが、
彼は続ける言葉を飲み込んだ。
ティープの威圧が、タクの言葉を封じたのである。
20秒ほどの沈黙と静止の時間。
まるで戦場のど真ん中にいるような緊張感が走る。
先に沈黙を破ったのは少女であった。
「そう・・・・・・。
あなたが、チサ姉を殺したんだ。
で、チサ姉に何かを聞いてここに来たんでしょ?」
「勝手にしゃべるな!
こっちの質問にだけ答えるんだ!
お前は何者だ?
ここで何をしている?」
ティープの、怒りに満ちたような声に
タクはたじろいだが、少女は気にもとめないようである。
「せっかちだなぁ。
おじさん、モテナイでしょ?
こんな子どもに銃を突きつけてサ。
大丈夫。
私は何もしないし、協力するのもやぶさかじゃないよ。
私は、世界の調停者になりし者にて、
魔法と奇跡を体現するクールン人。
名前は、ハルカ。
おじさん、私たちを探しに来たんでしょ?」
タクが、改めて少女を見る。
クールン人。
確かに戦場で相まみえたFGのパイロットも少女の声をしていた。
話し方だって子どもだった。
しかし、目の前の少女は10歳ぐらいの
か弱い女の子である。
もちろん、違和感はある。
ティープに銃口を向けられても、平然としているのは
違和感でしかなかった。
大人の軍人であっても、平常心ではいられない場面である。
しかし!と頭の中が混乱する。
対照的にティープは彼女が目的のクールン人だと知っているかのようだった。
「クールン人ってのは、なんだ!?
ここで何をしている?
お前は何者なんだ!?」
「クールン人はねぇ・・・・・。」
とハルカと名乗った少女は、右手を人差し指だけ立てて、
自分の顎に当てながら、視線を天井に向けた。




