1章 6話 1節 ロアーソン侵攻戦
星暦1002年7月2日
ビリアン星系侵攻作戦は順調に推移し、
ワルクワ軍はロアーソンへと軍を進めた。
ガイアントレイブ軍も後方攪乱などの些細な抵抗を見せたが、
流石にドメトス6世率いるワルクワの本隊である、
補給線の防御は固く、進軍を止めるまでには至らなかった。
進軍スピードは遅かったものの、停滞はしなかったのである。
順調に戦線を押し上げたドメトス6世は、
本隊よりロアーソン攻略部隊を切り離して組織した。
惑星ロアーソンには、侵攻部隊として
巡洋艦3隻、駆逐艦15隻、惑星用強襲揚陸艦45隻、
そして巡洋艦ブレイズが差し向けられる。
この時期、宇宙から迫る宇宙艦隊から惑星を守る事は難しく、
同じく宇宙艦隊で待ち受けるか、要塞や軍事衛星などでの
防御手段しかなく、ロアーソンのように戦略的防衛価値のない
惑星は、ほとんど無防備であった。
従って、惑星に対し降伏勧告を行い、受け入れられれば
上陸部隊を降下させ、中枢を占拠するというのが一般的だったので、
戦闘艦18隻で十分と判断されたのである。
もちろん足りないようであれば、即座に増援を送る事が出来る。
仮に降伏勧告に応じなくても、衛星軌道上からの
戦闘艦の攻撃で地上の防衛施設は破壊される運命だった。
その後の上陸作戦以降は地上戦となるが、
制空権を有する宇宙艦隊が存在する限り、防衛隊の上陸部隊との戦いは
ゲリラ戦術と同レベルの小規模な抵抗しか出来ない。
そのような事が起こるのは、制空権を取り戻せる可能性がある場合、
つまり城郭の籠城戦術と同様、友軍の援軍が期待できる場面であり、
支援として他の星域から宇宙艦隊が防衛に向かっているなどなければ、
惑星上の陸上部隊の抵抗は、一切と言っていいほど無駄であった。
しかも、当地に差し向けられた戦力は戦闘艦18隻とブレイズとは言え、
ドメトス6世指揮する本隊は、万を超す大軍であり、
その戦力を無視して、ロアーソンに防衛に来る援軍があるとは思えない。
戦闘が発生していたとしても、散発的な戦闘で終わる可能性が高かった。
だからこそ、新型FGの重力下での運動性能のテストにはもってこいと言えたし、
重要な戦場でないからこそ、ワルクワ側もブレイズの同行を許したというのもある。
一つだけ誤算があるとすれば、このロアーソン攻略部隊に
ドメトス6世の側近であるガルも同伴したという事であろう。
彼は、新型機の性能を直に見たいという事で同行を申し出てきたが、
ゲイリはその理由を建前だと思っている。
「お目付け役というところだろうな。」
と言うゲイリだったが、その予測は当たっている。
ウルス陣営の人材を詳しく知るガルにとって、
ゲイリとティープという軍の中枢とも言える人材が二人も
この地に来ているのだ。
勘ぐりたくなるのも仕方ない事であろう。
ガルは鋭い人間である。
持前の嗅覚で何かを感じていた。
実際、ガルは「何もなければそれで良し。何かあるのであれば見逃せない。」
と言った心境でロアーソン攻略戦に参加していたのである。
しかし、何事も起きないはずのロアーソン攻略であったが、
開幕当初から司令部では、判断に迷う状況に遭遇した。
ロアーソンに出した降伏勧告の返答が一向に返ってこなかったのである。
単純に降伏勧告を無視した。と考えられない事もないが、
現実的にはそれはあり得なかった。
何故なら、降伏勧告の返答がない場合、宇宙艦隊は衛星軌道上から
地表に向けて攻撃を実施する可能性が高くなるからである。
ミサイル一発とか二発などの通常の攻撃ではない。
衛星軌道上からの攻撃は、今回の戦力であっても
十分に複数の主要都市を消滅させるほどの破壊力を持つ。
その攻撃を受ける覚悟で降伏勧告を無視するというのは
もはや進退窮まった逃げ道のないところまで追い詰められた場合か
上述しているように援軍を期待できる場面でしかないだろう。
ロアーソンの状況は、そのどちらでもない。
戦略的価値の乏しい惑星は、占領されたとて
一般人の生活が劇的に急に変わるということはなく、
戦争終結までは物資の供給の要請に応じるぐらいで、
デメリットというのはあまりない。
大昔の戦争のように、住人の強制移動やら奴隷として売れらるやら、
殺戮が行われるという事はなかった。
一時期、人類がまだ地上でしか生活圏をもたなかった頃は、
総力戦という軍人も民間人も関係ない
無差別戦争時代に突入した事もある。
それは奇しくも「民主主義」という制度が人類に浸透し、
戦争責任を国民自身が負うという皮肉が巻き起こした結果だった。
無差別に大量殺戮を産みだす総力戦を人類は忌諱した。
宇宙に進出した人類は、王政や貴族制度を復活させたが、
その結果、
1・戦争責任を王が負う事になった事
2・戦場が宇宙空間へ移行し、一般人が戦火に巻き込まれなくなった事
3・国民の生産力も宇宙への輸送という手段を挟む事で、
直接的兵力に関わらなくなった事
4・電磁バリアや対空射撃の正確さの向上で、戦争自体で死者が減った事
5・宇宙という戦場では、一般人のゲリラ戦術が不可能だった事
の5点によって、再び戦争は国民から距離を置いた。
つまり、ロアーソンが降伏勧告を無視する理由が見当たらないのだ。
一般惑星は、戦時中はAの陣営につき、戦後はBの陣営につく。
それでいいのだ。
旧体制に義理立てする必要はなかったのである。
従って、ロアーソンの降伏勧告無視は、異様な事だったのである。
更に言えば、降伏勧告を無視しているにも関わらず、
何の防衛陣も張ってなかった。
宇宙艦隊などの兵器がなくとも、宇宙偵察機などで
ワルクワの接近を察知しようという行為さえも一切なかった。
そう、まるで、
「ワルクワ軍が近付いている事さえも知らない」
かのように、降伏勧告も何かタチ悪い冗談かのように、無視していたのである。
ワルクワ将校であるガルは訝しんだ。
通常では考えられなかったからだ。
だが、ティープらスノートールの将校は、ある一つ予感が脳裡をよぎる。
そう彼らは既に、非現実的な摩訶不思議を経験している。
むしろ、その謎を解くためにここに来ているのだ。
だからこの場所で、不可解な事象が起きたとしても
不思議ではないと考えたのである。




