1章 5話 4節
ガルの言葉に、場の空気は少し和らいだように感じられた。
この場にいる5人の中で、ガル本人以外のスノートールの4人は、
このスノートール生まれの青年が、
敵か味方なのか?判断がつかないでいたところでの、
今回の発言である。
発言内容は、ワルクワ王国の内情をばらすような内容であったので、
彼は味方なのだと感じられたからである。
もちろん、発言の全てを信じられる訳ではない。
だが、緊張を和らげる効果はあった。
しかし、ゲイリは内容に突っ込む。
「で?ドメトス陛下は、どちらが勝って欲しいと思っているんだ?
状況次第では、戦略を練り直す必要がある。」
ガルは首を振った。
「どちらにも失敗して欲しいって考えているさ。
陛下は、カーナ姫の強い地盤をお望みだ。
後ろ盾には、公爵など力が強い貴族ではなく、
伯爵などカーナ姫の発言力が期待できる陣営に
周囲を囲ませたいと考えていらっしゃる。
強すぎる権力はないほうがいいからな。
だから現在の、第1軍、第2軍が足止めされている状況ってのは
陛下としては、願ったりの展開であったりする。
戦況が停滞しているのは、陛下の思惑通りというわけだ。」
「まさか、ガイアントレイブに情報を流している・・・・・・。
という事はないだろうな?
ドメトス陛下からすれば、我々スノートールも
公爵軍と同じように、勝たれすぎては困る存在だろ?
他人事ではない。」
ゲイリは単刀直入にガルに疑問をぶつけた。
通常であれば、あえて直接的に聞かず、
相手に気取られないように、真意を聞きだすのがセオリーであろうが、
ゲイリのやり方は、実はもっと狡猾である。
単刀直入に話題を切り出し、相手の反応を見て、
答えの真偽を見抜くのである。
ゲイリには、人間観察をするという趣味がある。
彼は実のところ、個人という個体には一切興味がない。
今回の場合、ガルやドメトス6世がどういう人物で
どういう価値観なのか?どのような性格なのか?
というのは、全くと言っていいほど興味がなかった。
だが、今はスノートールと同盟を組んでいる陣営の
トップが、何を考え、何を狙っているか?という事に関しては
戦略をたてる上では、知らなければならないことである。
一見、矛盾しているようであるが、
ガルが敵か味方か?
ではなく、
敵は誰で、味方は誰なのか?
に関心をもち、それを見抜くためには観察する必要があった。
例えば、明智光秀が本能寺の変を起こした。ではなく、
本能寺の変は、歴史的にどのような意味があるのか?
が、ゲイリの中では重要である。
一つ例を出せば、本能寺の変以前は、
織田信長という個体により、日本という国は
絶対王政や帝政に似た、一極集中の中央政権が樹立されようとしていたが、
本能寺の変により信長が倒れた事で、中央政権中心の権力者構造から、
地方領主の集合体である分散型の政権が樹立される流れに変わった。
「明智光秀」とは、本能寺の変を起こした人物、ではなく、
「本能寺の変の実行者」は、明智光秀という武将だった。
という思考である。
ゲイリの認識の中では、明智光秀という名詞が持つ意味は
その程度の認識でしかない。
だが、明智光秀自体は、安土桃山時代のキーパーソンである。
従って、彼を知ろうとする。
同じように同時代に生きるガルやドメトス6世も知る必要があった。
しかし、例えばガルが、宇宙船に乗って別の銀河へ旅立ったとしたら、
ゲイリの興味から、ガルという人物は消えてしまうだろう。
彼は一部の例外はあれど、基本的には人間個人には、
一切と言っていいほど興味がなかった。
それが、相手の感情を考慮せず、物事を直接的に言ったり、
単刀直入に疑問をぶつけたりする行為の源泉である。
それは結果的に敵を作りやすい性質のものであったが、
ゲイリという人物の本質であり、本人は変える意思はない。
その事は、付き合いの長いガルも知っていったため、
彼は、ゲイリの失礼な質問をさも当然のように聞き流す。
「さぁな。まさかそこまではやっていないと思うが、
陛下のお考えの全てを俺は知っているわけではない。」
完全に否定しない所が、ガルもまた狡猾な人物である。
彼ら4人の同級生たちは、学年のヒエラルキーのトップに
位置していた者たちである。
学年主席であり、全ての科目を高い次元で平均点以上にまとめたウルス。
学年次席であり、演習などのグループディスカッション的な科目以外の
個人能力に関してはウルスを凌ぐガル。
運動神経抜群で、フットコロというスポーツの星系代表にまで選ばれたティープ。
長い士官学校の歴史の中で、唯一3年間戦略シュミレーションで
無敗という記録を打ち立てたゲイリ。
彼らは多くの場合つるんでおり、その中心には
ウルスが居たと周囲には思われていたが、
実のところ、中心となる人物はウルスではない。
ウルスはゲイリと仲が良く、ゲイリはティープと仲がいい。
またガルもティープと仲が良く、グループの中心核はティープだったのである。
ティープを核として、このヒエラルキーのトップ集団は成立していた。
ガルから見たゲイリは、ウルスという恒星の周りを回る惑星に過ぎず、
評価は「ウルスの腰ぎんちゃく」であった。
ガルにとってのライバルは、学年主席であったウルスであり、
決してゲイリではない。
その腰ぎんちゃくに、戦略シミュレーションで一度も勝てた事がない。
というのが、ガルのプライドを刺激しており、
2人の関係形は微妙な距離間であったのである。
また、ガルにしても、ゲイリにしても、仲が良いティープが
「なんであんな野郎と仲がいいのか?」
とお互いに思っていた節もある。
嫉妬というまでではないが、やきもち的な感情もないとは言えなかった。
従って、ゲイリとガルの仲は良いとは言えず、
お互い歩み寄る機会もなかった。
今回も目に見えない駆け引きは、既に始まっていたと言えよう。
ゲイリもガルの返答を軽く流す。
「その辺りを煮詰めにきたんだ。
攻めるだけ攻めて、後ろから梯子を外された!のでは
たまったもんじゃないからな。」
帝国にとって、今回の目的は、
「ワルクワが行う、ロアーソン攻略に参加する」
事であり、それをワルクワ側に悟られないようにする必要がある。
その意味では、会議の進行はゲイリの思惑通りに進んでいるかのように見えたのだった。




