1章 4話 4節
タクらは、スノートール王国軍旗艦ワルキューレの
会議室へと案内された。
部屋の中には、階級の高い人物が何人か見える。
また、階級こそ低いものの、帝国軍の絶対的なエースである
ティープ大佐、そして皇帝ウルスの懐刀であり、
軍の頭脳と言われる参謀ゲイリ中佐が顔を揃えたこの会議は、
まさに帝国軍の中枢と言っても過言ではなかった。
小休止とはなったが、ウルスとティープは和解したわけではない。
ただ、2人の共通の目的が一致しただけである。
この件に関連して、ウルスは前にゲイリにティープと仲が良い理由を
聞いてみた事があった。
インドア派であり、陰気なタイプであるゲイリと
国民的スポーツであるフットコロで代表選手にまで招かれ、
陽気でアウトドアタイプの2人が仲がいいのは、ウルスにとって
意外な事であったからだ。
ゲイリの回答は興味深い。
「スポーツをやっている奴ってのは、
特に団体競技だな。
物事を受け入れる器がある。
まずはチーム内のレギューラー争いがあり、
試合の結果でも勝ち負けがある。
どうしても勝敗が明白な世界で、
負けを受け入れる事が日常になる。
そりゃ、エゴの強い奴も多いが、
負ける事が日常であるため、そのエゴは
敗北を受け入れてのエゴになるわけだ。
わかるか?
ただのエゴじゃないだ。
現実を全て受け入れて、その上で自らのエゴを解放する。
ティープはその典型さ。
おもしろいとは思わないか?」
この話を聞いたとき、ウルスはイマイチ、ゲイリの言ってる事が
理解できなかったが、
今ならなんとなくわかるような気がしていた。
ティープはカレンディーナの死を受け入れ、
そしてそこから更に自らがやらなければならない事を
明確に把握し、実行しようとしている。
戦争の是非なんてものは、とりあえず置いておいてだ。
「なるほど。確かに、おもしろい。」
ウルスはそう考えた。
判りやすいというか、はっきりしていると言うか。
ウルスの周りには居ないタイプの人間なのは間違いなかった。
会議室に一同が揃うと、一人の男が口を開く。
トメリスク中将である。
「それではこれより、K作戦の内容を説明したいと思います。」
トメリスクは、ウルスとの縁で彼の側近になり、
居場所を勝ち得た人物である。
ゲイリがウルス陣営の頭脳だとしたら、トメリスクは心臓に近い。
組織の細部に血液を送るポンプのような役割で、
若い世代が多いウルス陣営をまとめあげた手腕が光る。
中将という高い地位にあるが、彼はウルスの側近として
艦隊を率いることはなく、このような会議でも議長を務める事が多かった。
スノートールは前回の内戦で軍部が崩壊したため、
軍の階級は、一般的な階級制度とは若干異なる。
内戦後の再編成において、階級は能力によって見直された。
それまでの階級とは、立場を指していたが、
帝国での階級は、一般的には能力である。
トメリスクが中将なのも、議会の進行に必要だったからであり、
中将が議会の進行役をやるのではない。
スノートール黎明期の軍の階級は、のちの歴史学者を
混乱させる障害であったが、当の本人たちは
上手くやりくりしていたのだった。
「今回の件につきましては、謎が多く、
どこから手をつけるべきか?
この辺り、ゲイリ中佐と話しあった結果、
やはり、惑星ロアーソンであろうと思われます。」
トメリスクの説明に、ウルスが口を挟む。
「ロアーソンは、わが国で言う、エスカレッソ。ではないのか?」
惑星エスカレッソ。
帝国領内における治外法権の惑星である。
この時代、人は老いを克服している。
要は不老である。
遺伝子たるDNAを弄り、無機物を身体に組み込む事で
人は死を克服した。
もちろん、事故など外的要因では死んでしまうが、
何もなければ、死ぬことはなくなったのである。
食事は電力を充電するだけでよく、働く事さえも不要になった。
そして不老の人々は、死を恐れた。
事故や他人からの攻撃を極端に恐れたのである。
そして彼らは、人の世の中から離脱する事になる。
公正中立なAIが、不老人の全てをコントロールした。
不老になった人々は、自身の感情さえもAIが脳に信号を送る事で
コントロールされた。
喜ぶ事も、悲しむ事も、怒りさえも
コントロールされ、常に平常心で暮らす世界に身を置く事で
彼らは「安全」を手に入れたのである。
もちろん、恋愛感情さえも打ち消される。
否、思考さえもあるかどうかわからない世界が出来上がると、
果たしてそれは「生きている」と言えるのであろうか?
人は、人間として生きるのか、生命体として生きるのか?
選択を迫られた末に、人は世界を二つに分割した。
人々は、不老の人々を隔離したのである。
勿論、不老の人々もそれを望んだ結果だった。
惑星エスカレッソには、AIによって完全にコントロールされた
生命体がただ生き永らえるためだけの世界が構築されたのである。
現在でも、年に3万人ほどが不老を希望し、
惑星エスカレッソに受け入れられる。
エスカレッソでは不老で死なないのに、新規の不老者を受け入れる事に
違和感を感じるかもしれない。
何故なら、不老者は増える一方でしかないからだ。
いずれパイは飽和してしまう。
だが、長年不老者として生活した人々は、
AIの脳波コントロールによって、いづれ自我を失う。
自我を失うということは、生に執着しないという事である。
自我を失った固体とAIに識別された不老者は、
AIによって間引かれるのであった。
自我がない彼らはAIの指示に従い、あっさりと自死した。
この時代、不老者になるという事は、
苦しまずに、誰にも迷惑をかけずに、自殺するのと同義として
受け入れられていたのである。
こうしてエスカレッソの人口増加問題は解決されるのだった。
死にたくないという人類の切なる願いが適えられた結果が、
自死を促す世界を作り上げるとは、
まさに歴史の皮肉であると言えよう。
この世界には、惑星エスカレッソのように
人間の世界とは別の世界が同居していた。
ウルスは、ロアーソンも同じような特異な星なのではないか?と
トメリスクに聞いたのである。
しかし、トメリスクは首を振る。
「ロアーソンは、銀河内にある一般的な惑星でございますが、
都市があり、普通に一般国民が生活する惑星なのは
間違いありません。
裏も取ってあります。」
「うむ。やはり行かなければ、わからない・・・・・・か。」
ウルスの言葉に、参加者達は大きく頷いた。




