1章 4話 3節
ティープは、ウルスの友人ではあるが、
正確に言うと、ウルスの幼馴染の親友。というポジションである。
ティープは何故か、性格や人間性が正反対のゲイリと相性が良く、
2人は親友と言っても過言ではなかった。
今も偶に連絡を取り合う仲である。
ウルスはそのゲイリの幼馴染みであり、言うなれば、
ゲイリを介しての友人であった。
その微妙な関係の二人に、緊張感を孕んだ空気が流れる。
「わざわざ顔を出してもらってすまないな。
忙しい立場だろうに。」
ティープは素っ気無く返す。
何か思うところがあるようではあった。
その違和感に気付かないウルスではない。
「大丈夫か?
カレンディーナ少将の件は、俺も残念に思っている。
パラドラムの子どもたちの件は、キャスリンに特別政治顧問として
役職を与えた。
彼女なら、とりあえずは問題ないだろうが、
俺はお前が心配だよ。
後方勤務になるって言うんで、安心していたんだが。」
予定を変更して、前線に戻るというティープの心境を
ウルスは心配していた。
だが、ティープは右手を左右に軽く振る。
「止せよ。
ウルスやゲイリはまだ戦うってのに、
早々に戦場から離れようとしたのは、俺だ。
罰が当たったんだろう。」
ティープの拳が強く握られるのをウルスは見た。
彼なりに思うところはあるようだ。
「今回の件は、皇室としても重く捉えている。
軍の精鋭部隊を投入する用意もある。
わざわざ、お前が出なくとも・・・・・・。」
そこまで話したウルスをティープは右手を上げて制した。
「そこは決めた事だ。
悪いが、ここはわがままを言わさせてもらう。」
ここがティープとウルスが親友と呼べる存在ではない証であった。
ゲイリは、ティープが自分の手で解明すると宣言したとき、
一言も反対意見を言わなかった。
無条件に受け入れたわけであるが、それは
ティープの性格を熟知しているからであった。
一度決めた事を譲らないという性格なのではない。
ここで自分が動かなければ、ティープは一生後悔するだろう
という事を、ゲイリは知っていた。
だが、ウルスはそこまでティープを理解していない。
否、理解するつもりもない。
彼にとって、ティープは友人でしかなかった。
そして、優秀なFGパイロットであり、配下の一人でしかなかった。
冷たい男なのではない。
「友人との接し方」を知らないのだ。
ウルスにとって、気を許せるのは、
幼馴染みで兄弟同然に育ったゲイリと、実の妹のセリアしかおらず、
その2人以外は、「その他」だった。
「敵」か「味方」かの区別はあったが、
「知り合い」と「友人」の差はあまりなかったのである。
その事を、ティープはゲイリから聞いており知っていた。
今更、その事でウルスにクレームを入れるつもりはない。
つもりはないが、やり切れなさが残る。
そんなティープに、ウルスは困ったような顔を返した。
彼は単純に、一般的な感情でティープの身を心配していた。
結婚を目前に控えた婚約者が殺されたのである。
心配しないほうが不自然であろう。
だが、その感情に「気持ち」が流れていないのだ。
上辺だけの感情に、ティープは苛立った。
人工知能であるAIですら、ウルスよりも
気のきいた台詞を言えるのではないだろうか?
今までは流すことが出来た。
だが、一気に感情が込み上げてくる。
言葉を返えすことが出来ないウルスをティープは一気に畳み掛けた。
「ウルス。
おっかさんは死んだ。
戦闘で、戦争で、戦って死んだ。
この戦争は意味があるのか?
去年までの内戦は理解できる。
スノートールの理念であった専制政治と民主議会の融合だった
民主王政の礎が壊されようとしていた。
僕らはそれを守った。
それは命を賭けてもいいものだったからだ!
だが、今の戦争に意味はあるのか?
おっかさんが死んだのは何故なんだ?
クシャナダ女王に、戦争の責任を取らせるってのはわかる。
だが、そのためだけに戦争をして、
全く関係ない人たちが死んでいくのは正義なのか?
これがお前の正義なのか?
たった一人を裁判にかけるために、
いったい何人の犠牲が必要なんだ!?」
突然の糾弾に、周囲の空気が凍る。
咄嗟にウルスの背後に控えていた衛兵2名が前に出ようとするが
ゲイリが左手でそれを制す。
ティープの問いは、あながち的外れな意見ではない。
確かに女王クシャナダは、スノートール王国を2分する内戦を
引き起こした主犯の一人と考えられていた。
だが、彼女が裏で糸を引いていたとしても、実行したのは
スノートールの人間であって、彼女自身が内戦を先導したのではない。
彼女の責を問うために、暴力行為である戦争という
一手を打つのは是なのか?否なのか?
今、スノートール帝国の世論は戦争に賛成はしている。
内乱で勝利した勢いのままに、神聖ワルクワ王国との同盟もあって、
負ける可能性がないと思われる戦争に反対する国民は少ない。
しかし、本当に少数ながら、
この戦いの必要性を問う声は少なからずあった。
ウルスはティープの言葉を受け止める。
その質問は、常にウルス自身が常々考えている事でもあったのだ。
「この戦争は必要なんだ。
我々がこの戦いに参加しなくとも、ワルクワはガイアントレイブを攻める。
今は善戦しているが、ガイアントレイブは負けるだろう。
一緒に参戦しなかった場合、スノートールの戦後の立場は悪くなる。
戦後の国際秩序を考えた場合、
ここで高みの見物をするって選択肢はないんだ。
ワルクワが勝利して、この琥珀銀河で1強の存在になったら、
それこそ太刀打ちできなくなる。
この戦い、我々はワルクワと共にガイアントレイブを攻めているが、
ワルクワを勝たせすぎないようにしなきゃいけない。
傍観するわけにはいかないんだ。」
「味方の足を引っ張る戦いだって言うのかよ。」
「違う!
ガイアントレイブの勢力を我が軍に取り込む必要があるんだ。
そのためには、我が軍もガイアントレイブ領内へと進軍する必要がある。
ガイアントレイブの全てがワルクワの手に落ちたら
もうワルクワを止める事は出来ないぞ。
それこそ、カレンディーナ少将がやられた新兵器!
あれらの技術をワルクワに渡すわけにはいかないだろう?」
カレンディーナの名前が挙がった事で、ティープの動きが止まる。
「あんなもの!
渡してたまるかよっ!」
ティープは吐き捨てた。
ウルスは頷く。
そう。今までは曖昧だった戦争の意義が、
この場で明確に示された瞬間だった。
奇しくも、カレンディーナ少将の犠牲によって。
それはこの場にいる誰をも、納得させる内容だったのである。




