1章 4話 2節
星暦1002年4月19日
巡洋艦ブレイズはスノートール帝国本隊が駐留する
ノルシーナ星系へと到着した。
ノルシーナ星系はガイアントレイブ王国の国境より幾分
侵入した場所にあったが、開戦当初よりさほど侵攻したとは言えない。
理由としては、2国で宣戦布告したスノートール帝国と神聖ワルクワ王国であったが、
大まかに3方より大々的に進出したワルクワに比べ、
帝国は、内戦直後という事もあり本格参戦の時期が遅れた事が理由に挙げられる。
ワルクワ王国は開戦当初の勢いよろしく、一気にガイアントレイブの首都星まで
迫る勢いであったが、スノートール軍がガイアントレイブ領に侵入出来たのは、
進出したワルクワの補給線が、ジャックスワン元帥によって
ズタボロに切り裂かれている最中であったのである。
戦線を後退させたワルクワに対し、帝国はじっくりと
前線を押し上げた。
ワルクワの進出した3方よりも、比較的安定した戦線となったのである。
ノルシーナ星系へと到着したブレイズは、
参謀本部のある帝国の旗艦、巡洋艦ワルキューレへと接舷した。
旗艦という事もあり、皇帝ウルスが乗船する船である。
本来であれば接舷の許可は降りないところであるが、
ブレイズに乗艦するティープが、ウルスのご学友という事もあり、
特別に許可された感がある。
また、K作戦自体の存在を知る者は首脳部の一部であり、
ブレイズの合流は、婚約者を亡くした国民的英雄のティープを
労うのが目的であるとされた。
それほど、カレンディーナ少将の死は国民に大きな衝撃を与えたのである。
そんなティープを旗艦であるワルキューレに招待すると言う事実は
さほど違和感を感じさせなかった。
元々ワルキューレ専属のFG部隊の第一人者であったティープでもあり、
彼の来訪は、里帰り的な雰囲気で迎え入れられた。
その歓迎振りは、国賓レベルだったといえる。
通常、船から船への移動は小型宇宙連絡船を使うが、
国賓レベルの来客で、狭っくるしい小型船での移動は
相手に失礼にあたる。
そのため、船と船と桟橋で繋ぐ方法が取られた。
二つの船を桟橋で繋ぐというのは、船を完全に無重力空間で
停止させるなり、慣性の方向とスピードを合わせなければならない。
また、その時間は完全に無防備になるため、
理想的な方法ではなかったが、非合理だからこそ、
礼を尽くしているとも言え、来賓をお出迎えする場合には
この方法が取られた。
そして、今回のブレイズの接舷は、まさに
ワルキューレとブレイズを桟橋で繋いだのである。
国賓レベルのお出迎えという事である。
ティープらは船と船を繋いだ通路を歩き、ワルキューレに乗り込んだ。
人員は、ブレイズ艦長オットー大佐。FGパイロットのティープ大佐、マリー伍長、
タク二等兵の4人だけである。
ティープの僚機であったロニャード中尉は、既にFG部隊の実戦司令官として
前線に赴いていた。
マリーとタクが随伴できたのは、表向きは
2人ともカレンデーナ少将との縁が深かったからであったが、
K作戦の根幹ともいえる部分の主要人物だったからである。
タクは落ち着かない表情で、2隻を繋いだ廊下を歩いた。
我慢できずに口を開く。
「父さん、皇帝陛下ってどんな人?」
タクを含む、パラドラムの孤児たちは一時的にウルス軍に保護された事があり、
その際に巡洋艦ブレイズに乗艦した子どももいる。
タクもその一人であるが、皇帝ウルスと直接会ったわけではない。
また、当時は王太子ウルスであり、皇帝ではなかった。
皇帝と称するウルスという存在は、孤児らが保護された当時とは比べ物にもならない。
それはタク自身が軍属になり、ウルスの配下になったという立場の違いもあったが、
恐れ多いという感情が勝っていた。
しかしティープはその発言を一笑する。
「ウルスは、まぁなんだ。普通の男だよ。
欠点らしい欠点がなく、そこが唯一の欠点と思えるぐらいにな。」
欠点がない男が普通の男なのか?と問われれば、意見が分かれるところでろう。
ただし、欠点がない。とは、全ての面において、
一般的だという事でもある。
全てが一般的であれば、普通の男だと評しても不思議ではない。
今回の場合、タクの緊張感を解くために言った言葉ではあったが、
考えさせられる台詞ではあった。
ティープは話を続ける。
「それに、あいつは忙しい男だ。
モニター越しに挨拶はあるかも知れないが、
あってもその程度だろうぜ。」
少し寂しそうに呟いた表情をマリーは見逃さなかった。
確かに士官学校時代の同級生だとしても、
今は立場が違う。
2人の関係性は複雑なのだろうとマリーは察した。
軽い会話を終え、オットーが巡洋艦ワルキューレの
乗船扉のスイッチを押した。
プシューと音を立て、扉が開く。
扉の先には4人の男性が立っていた。
そこに立つ人物を見て、オットーとマリーが慌てて直立し、敬礼を返す。
目線は相手に合わせないように天井に向けた。
タクは呆然として動けなかった。
ティープも一瞬、驚いた顔を見せたが、直ぐに状況を把握する。
金色の髪を持ち、比類なき彫刻のような整った顔の美男子であり、
琥珀銀河の約3分の1を所有する帝国の皇帝。
「久しぶりだな。ウルス。
陛下。と呼んだほうが良かったか?」
そう言うと視線を、皇帝の隣に立つゲイリ中佐に合わせた。
この辺りの礼儀などを煩く言うのは、ゲイリのほうである。
だが、ティープの言葉にウルスは軽く笑うと、
全てを魅了するかのような笑顔で応えた。
「ウルスでいいよ。
今日は君の友人として、ここに来ている。」
何気ない会話のやり取りであったが、
マリーは、「これが普通の男?」と自問した。
彼女の思い込みかも知れないが、明らかに
この場は神聖な空間であるように感じられたからである。
それほどまでのオーラを、ティープを除く3人の来訪者は
感じていたのだった。




