1章 1話 2節
カレンディーナの指示からわずか45秒で
出撃待機していたマーク隊の2機のFGルックが
巡洋艦プレイズの後方格納ハッチより宇宙に放出される。
2機はすぐさま体勢を整えると、ブースターの火を灯して
光源が発生したポイントへと直行した。
タクが見送る暇もなかった。
それは訓練された部隊の洗練された動きだった。
1分半後には、カレンディーナも自らの出撃準備を整える。
「艦長!
私も出るぞ!」
ブレイズの艦長はオットー大佐である。
階級はカレンディーナより低いが、搭乗員約600名の
命を預かる責任者として、カレンディーナは彼を立てている。
「少将、ブリッジでも状況は掴めていません。
情報収集よろしくお願いします。
総員第1種戦闘配備!
敵艦艇の姿は見えないが、油断はするなよ。
対空砲火スタンバイ!」
オットーの判断が早い事にカレンディーナは満足する。
彼女はこの船を去る予定であるが、
息子同然のタクはこの艦には残る。
指揮官が有能であるのは彼女にとっても心強い。
「マリー伍長!
先にタク二等兵と合流してくれ。
私もすぐ行く。」
ブレイズから3機目のルックが出た。
マリー伍長のルックである。
マリー伍長はブレイズの艦首で待機していたタクのFGポロンの横に
ルックをつけた。
「タク!聞こえてるね?
何か見えたか?」
「マリーさん。無理だよ。
真っ暗で何も見えない。
レーダーにも何も写ってないんだ。
軍曹の生体識別反応も・・・・・・」
マリーも周囲のレーダー反応を確認した。
タクの言うように何も写っていなかった。
「生体識別反応は自ら切る事だってある。
敵の攻撃を喰らったと時とかは、生体反応は切るんだ。
じゃないと、敵にも場所を察知されてしまうからね!」
マリーはそう答えたが、内容は楽観できる内容ではない。
生体識別レーダーの反応がなくなるというのは、
対象が死んでしまったか?敵の攻撃を受けたか?
の二択であることを言っていた。
光のない宇宙空間では、生体識別レーダーは
体内に備え付けられた命綱であり、
故障などは考えにくかった。
冗長性があり、リスクへの軽減が図られていたからである。
要は、反応がなくなるというのは、対象の死か
自らレーダーを切った場合に限られ、
そしてこの場合、どちらも喜ばしい事ではなかった。
マリー伍長は、内戦後にカレンディーナの下に付けられた部下である。
数少ない女性のFGパイロットであった。
少将の地位まで上がったカレンディーナは、
基本的に前線に出る事はない想定であり、
その僚機に同じ女性のマリーが配属された事は
マリーにとっては不本意な人事である。
男性が多い軍隊にあって、女性でも活躍出来ることを
証明したいと考えていたからであった。
同じ女性であったが、逞しい体格を持ち、
男性の中にあっても遜色がなかったカレンディーナは、
自分が女性であることをあまり意識しなかったが、
マリーは違う。
男性に負ける事を嫌っていた。
彼女はある意味、「女性」だった。
しかし、そんな彼女でも年下であるタクには優しい。
「とりあえず、軍曹の元へは
マーク隊が向かった。
任せるしかないよ。
今は周辺区域の警戒。
コンガラッソ軍曹が敵を見落としたとは思えない。
機器の故障に気付かないわけでもないでしょう。
敵の新兵器の可能性もあるからねっ。」
マリーは22歳であり、新兵である。
彼女には部下がいなかったが、少年兵のタクには
先輩面をする事が出来る。
同じFGパイロット同士であったが、兵士と作業員という
部隊の垣根を越えて二人は絡むことが多かった。
マリーにタクを任せたのも、
カレンディーナの名采配と言えるかも知れない。
通常であれば、作業員であるタクを邪魔者扱いする場面である。
だが、マリーはタクを一人のFGパイロットとして扱った。
戦場で作業員だからと敵が見逃してくれるはずもない。
マリーはタクに期待した。
それは、レーダー反応が全くない今の状況下では、
FGパイロットの目が何よりも重要だと判断しての選択だった。
マリーでなければ、タクを母船に引き返らせていただろう。
新兵のマリーだからこそ、タクを戦力として数えたのである。
「ゴクリ。」とタクの生唾を飲む音が聞こえる。
緊張感が戦場に走った。
いっその事、敵の姿が見えるほうがまだマシかも知れない。
だがその場合、コンガラッソ軍曹の生死は
絶望的という事になるのだが・・・・・・。
沈黙する2人に、ようやくカレンディーナが合流した。
「マリー、タク。
何か変化は?」
「変化はありません。
あと1分ほどでマーク隊が軍曹の居た空域に
到着します。
マーク少尉からも、特に何もないとの通信を受け取っています。」
マーク少尉と一緒に同伴したレルガー軍曹は、
2人ともゴンガラッソ軍曹と同様に、デットロイ攻略戦で生き残った
ベテランパイロットである。
だからこそ、先行して軍曹の捜索に向かわせたわけであるが、
コンガラッソの通信が途絶えたという事は
それほどの事態であるという認識があった。
新兵からの通信が途絶えたという訳ではない。
コンガラッソほどのベテラン兵からの通信が途絶えたのだ。
カレンディーナらが慎重になるのも無理はなかった。
そう、コンガラッソほどの歴戦の勇士が、何の信号もなく
いきなり忽然と消えるというのは、
控え目に言って「有り得ない」のである。
それは信号弾の1発も撃つ余裕もなかったという事である。
機器の故障などで、そこまで余裕がなくなる事態は考えられない。
コンガラッソが、攻撃されたという事さえも感じる間もなく、
一瞬にして敵に撃沈された。としか思えないのであった。
カレンディーナは神経を尖らせる。
「モルレフ隊は、若干先行して
マーク隊から何かあれば、急行出来るようにしてくれ。
ヒルン隊はこのままブレイズの護衛だよ。
マリー、タク。
私たちはブレイズの周辺を目視策敵する。
私が敵なら、コンガラッソへの攻撃は誘導で、
本命はやはり船だ。
タク、行けるね?」
タクは頷く。
タクは作業用FGであるポロンのパイロットだが、
戦闘用のFG訓練はカレンディーナらと共に実施している。
作業用とは言え、人型巨大ロボットであるポロンは
携帯用の武器を所持し使用する事が出来る。
FGポロンと兵器としてのFGルックとの性能差はそこまではなかった。
むしろ、全く別の機体であったなら整備などで困るだけである。
ポロンはルックの予備パーツとしての使い道もあったし、
パイロットも正規パイロットの代理として
戦場に出る事も考慮されていた。
もちろん、ポロンとルックが1対1のタイマンを張った場合は
100%と断言していいほどルックが勝つが、
戦闘行為に耐えられない設計ではなかったのである。
タクもその事は百も承知であった。
「バックアップならいけるよ母さん。」
心なしかタクの声が震えているのを感じる。
それでもやってもらわなければ困る。
逃げ出せば良いわけではない。
広大な宇宙空間で母船を失って、FG単騎で生き延びれるほど
宇宙は人に優しくなかった。
母船の撃沈は、死を意味する。
戦う事でしか生存の術はない。
カレンディーナは、ルックの腰にぶら下げてあった予備のライフルを
タクの乗るポロンに差し出した。
「持ってな。
射撃の訓練では好成績をあげていただろ?
撃てるね?」
返事をする代わりにタクはライフルを受け取った。
覚悟は出来ている。
後は実践するだけだった。