3章 26話 4節
タクらの状況は最悪を極めていた。
1体のバイオソルジャーを倒したとは言え
19人の隊員の内、6人がやられている。
残り13人という状況で、8体のバイオソルジャーに
囲まれていたのだ。
明らかにオーバーキルである。
更にはデジタル機器の類が全てジャミングによって
使用不能にされ、通信機器も使えなくなっていた。
誰もが覚悟を決めた瞬間、女性の声がタクの耳に届く。
「こっちです!来て!」
声の主はヒナだった。
声のする方向を見ると、ヒナの姿の右半身が消え、
左半身のみが視界に入る。
視界に入る左半身の、左手で手招きしている状況だったが、
この光景は、この時代の人間であれば見慣れている光景である。
ティープがまず動いた。
「3D映像か!
皆!あそこへ!」
この言葉で全員が理解する。
ヒナの右半身は消えているのではない。
3Dホログラム映像で「景色を写している」場所に
ヒナは立っているのだ。
だから、映像に重なった右半身は消えているように見えて、
映像が彼女の半身を上書きして消しているだけである。
つまり、視界に入る景色は映像であり、
その裏には実際の別の地形が隠されているのだ。
この技術は隠し通路を隠す場合などに使われる常套手段である。
一般的な住宅でも、窓やドアを隠すのに使われていたりする。
窓を隠せば、中からは外が見えるのに対し、
恒星の明かりなども部屋の中に入って来るが、
外からは部屋の中は見えず、外壁にしか見えない。
建築業界ではありふれた技術だった。
タクはハルカの腕を掴んで走り出す。
迷っている暇はなかった。
タクと同時に次々と陸戦隊員はヒナのいた場所へと飛び込んでいき、
その空間に入ると視界から消えていった。
バイオソルジャーは知能がない生体兵器である。
今の状況を的確に判断は出来ない。
目の前から消えていく人間たちを見て、
驚きの咆哮をあげた。
「ぐおおおおおおおおお!」
離れていた位置でそれを見ていた謎の男、リュウドンゴンが
軽く舌打ちをする。
「あんな子供だましに対応できないとは!
知能がないのも、良し悪しだな。」
バイオソルジャーにはAIが組み込まれており、
ある程度は自律して動く事ができる。
しかし、ある程度に抑える必要があった。
兵器として強力であるため、完全に自律させるのは
危険だからである。
飼い主の手を噛むような兵器は必要ない。
従って、3Dホログラム映像で視覚を騙すといった
単純なシステムでも安易に引っかかるのである。
だが、男は冷静である。
「まぁいいでしょう。
ここで反重力スーツを脱いだという事は
外には逃げられないという事。
後は、追い詰めるだぁけ。」
男はヒナや陸戦隊員たちが消えた場所へと手を伸ばす。
右手を差し出すと、掌が視界から消える。
続けて、顔を突き出した。
映像の壁を抜け通り越して、実際の地形が視界に入る。
そこには小さな小道が木々の合間を縫って続いていた。
この脇道を3D映像で隠していたわけである。
「つまり、この先にクールン人の集落がある。と
いう事かな?
ま、行くぅかぁ。」
リュウドンゴンは、狼狽えているバイオソルジャーたちに
簡易の指示を出し、映像の壁を越えさせた。
バイオソルジャーは知能がない分、
簡単な指示には従うし、何かあったとしても
それをすぐ忘れてしまう生き物である。
命令によって目の前から、攻撃対象が消えたという事実は、
この異形の化け物たちは既に忘却し、
リュウドンゴンの指示に従うだけの存在になった。
この辺りは、過去を引き摺らないため使い勝手はいい。
一度狼狽したら使い物にならなくなるという事はなく、
新たな指示で上書きする事が出来るのである。
「さ。行くぞ。」
男は異形の化け物に、自分を肩の上に乗せるように命令すると、
バイオソルジャーは命令を忠実に実行し、
彼を広い肩幅の上に座わらせた。
バイオソルジャーは100mを6秒で走る事ができる。
走ると言うよりも飛び跳ねるに近い走り方であったが、
速度は出る。
追いかける立場ではあったが、彼には余裕があった。
対して、小道をヒナを先頭に走るタクらは必至だった。
正直、ヒナの後を付いて行っているが、
タクらに何か打開策があるわけではない。
彼らを誘うヒナに何か考えがあるのかも知れなかったが、
ヒナは中学生ぐらいの少女であったので、
それは淡い期待にしか過ぎなかった。
悲痛な面持ちで走る彼らの中で、ベイノ少将は
タクの隣を並走する。
「タク二等兵。
銃を撃つ手に迷いがあるように見えた。
人を殺すのは初めてか?
バイオソルジャーは元は人間だが、
既に人であった記憶はない。
ゾンビみたいなものだ。
引き金を引くのに躊躇はいらない。
判断の遅れは、死を迎えるぞ?」
ベイノは先ほどの射撃で、バイオソルジャーのこめかみを
見事撃ち抜いたほど、射撃の技術力は高い。
その彼は、タクの迷いを感じとっていた。
「はい!
ありがとうございます。
次は撃ちます!」
タクは迷いがある事を否定しなかった。
ハルカを守るため、タクは銃の引き金を引き、
弾はバイオソルジャーに命中した。
撃ってはいるが、殺す気で撃ったか?と言われれば
応えはノーである。
実際問題、彼は軍人ではあるが、
未だ人を殺した事はない。
ティープら大人たちが、そういう場面にタクが
遭遇しないように配慮していたのもあったが、
また人を殺すという行為に手を染めてはいなかった。
しかし今は、ハルカの身辺の警護を任務として拝命している。
それは、いざとなれば「前線」となるという事だった。
ハルカの身に何かあれば、そこは最前線である。
タクに決意はあったが、ボディガードという事もあり、
人に銃口を向ける覚悟が足りていなかったのは
間違いなかったのである。
素直なタクにベイノは深く頷いた。
「急所を狙うんだ。
そうでなくてはアレは止まらない。
お嬢ちゃんを守るんだろう?」
保護対象の名前を出す事で、
タクに固い決意が芽生える事を期待する。
タクはヒナの隣を走るハルカを見た。
銃口を向けられても動じなかった彼女が、
今は青ざめた表情で、必死に逃げる事だけを考えているようである。
異形の化け物の姿かたちに恐怖したのだろうか?
ふとタクはいつもの元気なハルカの姿を思い出す。
今とは全く違う11歳の少女の活発な日常。
そして彼女はよく笑う。
守るべきものを、改めて再認識するのだった。




